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先輩から教えてもらった大切なこと


「じゃあちょっと考えてみよう」
先輩はにこやかにそう言い、私は冷や汗をかく。それがいつもの光景だった。



新卒で入った会社で初めてできた先輩はAさんという人だった。
彼は、同じプロジェクトに配属され、私の世話役的なポジションについてくれた。右も左もわからないぺーぺーの世話役というのは、本当に大変な役回りだったと思う。


プロジェクトでは各々任される担当が決まっていて、先輩と私のタスクは重複する部分もあれば、一部異なるところもあった。始めの頃は、各種業務を頑張って自分で対処しようとしていたが、それでも新人私が考えられるコトはとても少ない。
課長にも「なにかわからないことがあれば、まずはAに聞け」と言われていので、いつも困ったら、A先輩に助けを求めにいった。


ある時、顧客にお願いのメールを出す必要があった。私は初めてのお客様へのメールで、なかなかうまく文章を作ることができなかった。更に顧客のお偉いさんへ重要な依頼をしなければいけないため、丁寧に言葉を選んで連絡をする必要がある。私はA先輩に助けを求めに行った。
依頼メールについて先輩に話をすると、先輩はこう言った。

「OK、じゃあちょっと考えてみよう。出来上がったら一旦、こっちに送ってみて」


私は過去に先輩方が出したメールの履歴などを見直して、うんうん悩みながら1時間以上かけてそれっぽいメールを作成し、先輩に送付した。先輩は、それを添削して私に返す。そのメールには「ここはこうした方がいい」という指摘の言葉が添えられていた。もう一度修正し、返送する。そのやりとりが2回ほど続いて、先輩からOKが出た。



またある時は、顧客向けの説明資料を作る必要があった。資料作成は初めてで、かなり難航した。こういう時は早めに相談した方がいいと課長に言われていたので、A先輩に相談する。
そうすると「じゃあちょっと考えてみよう。半分出来上がったら一旦見せて」と言ってきた。私は、どうにかこうにかして資料を練り上げ、先輩の元へ持っていく。


先輩は私の隣でひとつひとつ資料を見ながら「ここをこうしよう」と指摘を言っていく。私はそれをメモして、修正をする。修正ができたらまた先輩のところに持っていく。それを繰り返して日が暮れていった。最後は、「仕上げは自分がするから」と、先輩は私ができなかった部分を高速で仕上げて完成させた。





A先輩は「まずは考えてみよう」と、私が「考える」ことをサポートしてくれた。


最初の方は、そう言われるたびに冷や汗が出ていた。考えるったってどうしたら…と生意気にも思う瞬間もあった。しかし、そのやりとりを重ねていくうちに、先輩の意図がわかってきた。

私はなんでも「なぜこうするのか」と理由を知りたがるタイプだった。「自分が納得するものを作りたい」とこだわりが強い人間だったからこそ、まずは自分で考える機会を持つことで、自分なりの意味合いを見出していくことができた。先輩はそこを理解して、「まずは考えて欲しい」ことを伝えてくれていたんだと思う。


なにより先輩は、私が考え、自分で納得できるものになるまで辛抱強く待ち、必要なタイミングで手助けをしてくれた。その作業は、先輩自身でやることよりも何倍も時間がかかり、かつ大変だったと思う。
しかしそのアプローチのおかげで、まずは「自分で考えて、試行錯誤すること」を大切にすることができた。


そして私の業務を最後まで見届けてくれ、「お疲れ」と言ってくれるのも先輩だった。うまくいかないことがあっても、最後はフォローアップしてくれる。その安心感もあり、業務の中で自分なりに沢山チャレンジができたと思う。



そこから数年たち、私も「先輩」と言われる立場になった。
後輩と一緒に仕事をしながら、日々A先輩の偉大さを感じている。タスクを振るのも、アドバイスをするのも、本当に難しい。私のように自分で考えたい人もいれば、ある程度道筋を示してくれる方がいいという人もいる。私がいた環境は、振り返るととても特別なものだったということに改めて気付いた。


私がA先輩から教えてもらったことは、「その人が挑戦する場を目一杯サポートすること」だ。わからないなりに挑戦しようと思う人がいるならそれを後押しし、最後はしっかりフォローアップする。その環境こそが、私が作り出したいものだ。


勿論、それはとても難しいことだ。まだまだ先輩としてはぺーぺーな自分は、いつも冷や汗をかきながらうんうんと悩んでいる。

そんな時は、いつも心にA先輩の顔を思い浮かべるのだ。「じゃあちょっと考えてみよう」私の心の中で、そう唱えてくれる。自分なりに試行錯誤しながら、A先輩のようになれるよう努力をし続けようと思う。

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