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【ショートショート】水底に棲む私たち
ぷくぷく・・・、ぽこぽこ・・・。
深夜0時。
ベッドに横たわる私の鼓膜をそんな微かな音が揺らした。
こぽ・・・、こぽこぽこぽこぽ・・・。
まるで、水底に沈んでいく音みたいだ。
すぐにそれは雨の音だって分かったけれど、私は目を閉じて誘われるまま水底へと沈む。
ひんやりと冷たくて、暗くて、静かなそこはとても心地良かった。
体も心もふわふわする。
私の身体を数匹の魚がつついた。
混沌とした日常から離れた私はぼんやりとしていた。
静かだ。
誰の声もしない。
水が動く音も、泡が爆ぜる音も、耳鳴りすら聞こえない。
もちろん、波の音さえも。
何もないから、端から期待もない。
絶望もないから、希望もない。
満たされないから、空虚もない。
そんなここは水底。
眠りに落ちる瞬間の浮遊感と脱力感が、ずっと続いているような感覚が妙に気持ちよかった。
不意に声がした。
音が無いはずのこの場所で。
その声ははるか水上から、聞こえきているようだった。
夢見ごごちで水中を彷徨っていた私は、その声が少しうっとおしくて、でも少し魅力的に思えてついつい耳を傾けてしまった。
「そんな冷たい所にいないでさ。こっちにおいでよ。」
それは君の声だった。
幾度となく聞いた君の声。
私、ここにいたいの。もう戻りたくない。
そう思ったのに、その声をそばで聴きたいとほんの少しだけ、ほんの僅かだけ思ってしまった。
そんな私は、浮いたり沈んだりを繰り返しながらゆっくりと君の声に近づいていく。
でも、だんだんと重くなる心身と聞こえてくる喧騒に怯えてまた水底に戻った。
こっちの世界が正解なんだって。
間違っているのは君なんだよ。
そう思っていたらしばらくして、
「迎えにきたよ。一緒に戻ろう。」
と水底にいる私の元まで泳いできた君は言う。
「戻ろう。」
君の言葉に私は首を横に振る。
相反する2人の意思は、揉み合いへと発展した。
無数のあぶくが水中を舞う。
そんな私たちを見兼ねたワカメは、そっと私を引き離し君の身体をきつく海底へと繋ぎ止めてくれた。
君は苦しそうにもがきながら、「戻ろう、戻ろう」と戯言のように繰り返している。
私は静かに首を横に振った。
「私はもう、光をみつけたくない。
悲嘆も、空虚も、孤独も何もかもない無色なこの場所にいたいの。
もう、光を見せないで。」
私の言葉に君はもがくことをやめ、絶望の表情を見せる。
「そんな・・・、だって君なら・・・。」
苦しそうに言葉を紡ぐ君に、私は目を伏せ再び首を横に振った。
君に浮かぶ絶望の色が濃くなる。
「本当は、私、あなたにここに閉じ込めてもらいたかった。あなたにこうしてもらいたかったの。」
やっとこワカメに解放された君は訳が分からないと言ったように、うなだれて首を横に振った。
ずっと、ずっと一緒。
光のないこの場所で。
私は君の手首を掴む。
激しく抵抗し始めた君を、ワカメと共に繋ぎ止めた。
君はそのうち私への罵詈雑言を吐き始める。
私はそんな君に微笑むと、静かに目を閉じた。
深い眠りにつくために。
冷たい雨の降る深夜に実話と創作の間を書きました。
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よづき
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