百年と1日|柴崎友香 著
柴崎友香『百年と1日』ちくま文庫
私はこれまで短編小説にはあまり興味を引かれませんでした。
それは、物語の世界にどっぷり浸りたいので、長編を好んできたからです。
ただ、立ち寄った本屋さんの店先で、謎めいた装丁とタイトルに目に留まり、思わずこの本に手が伸びました。
読みはじめたら止まらない。
作品の世界に引きづり込まれました。
聞いたことがある、見たことがある、どこか懐かしさと既視感を感じながらも知らない情景。
終わりもなく、オチもなく、でも読んだ後に続く不思議な余韻。
私の語彙力・表現力では正しくお伝えできませんが、
うっかり踏み込んだら底なし沼。
どっぷり沈んでしまいました。
***
柴崎友香さんによる34の短編。
いずれもタイトルが長い。
タイトルというかあらすじ・・・
主人公「一年一組一番」は「二組一番」と知り合うが高校卒業後、人生の時々に近づきながらなかなか会うことはない。運命的なものを感じさせながら、距離感を保ちつつ人生を歩んでいく。時にテレビの中に見つけたりしながら。そして結局、本人たちは会えないままなのだが…
でも友人ってこんなものかなと思いました。
昔、高校時代の友人は「一生の友達になる」と言われました。確かにそうです。
でも、今は全国バラバラに暮らす私たちは、日頃会うことは滅多にありません。
どこかに存在を感じながら、別の空の下で日々過ごしています。
会えないでもどこか繋がりを感じる。
人の縁とは不思議なもんだな。
そんなことをふと思い出せてくれた物語でした。
とりわけ私にはこの物語が心に残りました。
再開発地の中にある古びたトタン屋根のラーメン屋。周囲が立ち退きをしていく中、「地上げ屋」の嫌がらせにも耐え凌ぎ、結局このラーメン屋だけが取り残される。そして、先行きの明るさが見えないこの店に、跡継ぎとなる青年が現れて店は続いていく…
壁に染みつく油の匂いも感じるような巧みな描写で、目の前に物語の情景が立ち上がる。
そして、変わりゆくもの残るもの。
過去・現在・未来が、同じ空間を別の時間軸で進むような不思議な体験は、過去を宿したたまま未来で収束する。
時間が止まったような空間にもしっかりと未来に向かっての時間が動いている。
なんだか私の好きな京都や奈良のまちに通じるものを感じました。
そして、栄えるはずのものが廃れ、落ちこぼれに見えたものが最後は幸せを手にいれる。
勝てる者の過度の増長が目に余る今の世に、一筋の救いの光が差し込む物語に思えました。
さまざまな市井の人々の人生や日常を淡々と描く作品の数々。
私も主役になれるかも?
ちょっと人生が愛おしくなる。
そんなことを感じる一冊でした。