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月曜日の抹茶カフェ|青山美智子 著

青山美智子『月曜日の抹茶カフェ』宝島社文庫


桜並木の先にポツンと佇む小さなお店「マーブル・カフェ」を軸に、そこに居合わせた人々の物語でつないでいく短編集。
一杯の抹茶から始まったご縁が、1年をかけて東京と京都を往復しながら未来へとつながっていきます。

私にとって初めてとなる青山美智子さんの作品。
出会いは本屋さんの棚で、大好きなミニュチュア写真家・見立て作家の田中達也さんによる装丁が目に止まり、手に取りました。

一言で表現すると「優しさに心ほぐれる物語」
お日様を浴びてふっくらとした羽毛布団に包まれたような…

あまりの暖かさと心地良さにうっとりとしながら、
あっと言う間に読み終えてしまいました。

真冬の朝にお布団から出たくない感じ。
それがこの本の読後感です。


物語は、都内の携帯ショップに勤めるメカ好きの26歳・美保と、京都の老舗お茶問屋「福居堂」の若旦那・吉平との出会いから始まります。

美保は、お正月も仕事でようやく迎えた非番の日を勘違い、しかも早番で出勤してしまう。
朝寝坊できたのに…
そんな失意を覆そうと、狙っていたダウンジャケットを買いに洋服店に向かうも売り切れ。
さらにファーストフードショップでは、ニットの袖にケチャップをこぼし、洗い流すもハンカチも忘れているなど、ツイてない1日。

彼女はその後、お気に入りの「マーブル・カフェ」に向かうも定休日。
意気消沈して引き返そうとしたが、
その日はたまたま定休日を利用して、
上京中の吉平が、1日限りの「抹茶カフェ」をやっていた。

抹茶スイーツを期待するも、メニューは濃茶と薄茶のみ。
美保は良くわからず濃茶を注文するが、あまりの“えぐみ”に苦行にしか思えなかった。

どこまでもツイてない美保だったが、
使い始めたばかりのスマホが手に負えない吉平を助けることになる。

そこから、火が付いたようにスマホ愛を熱く語ることになった美保は、吉平から「あなたに愛されてスマホも幸せ」と言われ、自分の中に潜んでいた幸せに気づいていく。


やがて物語の舞台は京都へ。

東京で暮らす光都みとの実家は、京都で300年続く和菓子屋「橋野屋」。吉平とは家同士で昔から付き合いがある。
口うるさい祖母・タズを疎ましく思い、進学を機に上京。
卒業後も東京で暮らし、久しぶりに京都に帰省するもタズとは衝突してしまう。

私が全12話の中で最も心に残ったのは、ここから続くタズのストーリーです。

タズは、橋野屋の前女将で、息子とその妻に代替わりし隠居暮らし。
上・中・下京区以外は「京都」じゃないと言い切る「京都原理主義者」。

多忙な息子夫婦に代わって孫・光都を一生懸命育ててきた。

店を譲った息子の妻(現女将)は、やり手の元広告プランナー。
メディアへの露出やネットショップの開店などで、傾いていた家業を立て直した功労者である。
しかし、タズは自分が心血を注いで守り抜いてきた店の伝統を安売りしていると、そのやり方を良く思っていない。

夏越なごしの祓《はらえ》(6月30日)。
タズは「水無月」を買いにデパ地下に入っている橋野屋に向かう。
そこには、東京からの出張ついでに「水無月」を買いにきた若いサラリーマンがいた。

タズは、そのお客さんが話すエピソードから、現女将が橋野屋のお菓子をいかに大切に思っているのかを知る。

自分が大事にしてきた誇りと心意気が、きちんと受け継がれていた。

そのことを知ったタズは、時代の変化に心を開いていく。
最初は不快に思えた店員のピアスさえも愛おしく思えるようになる。


私は仕事で、京都の伝統界隈の方とお話しする機会があります。
とりわけ若手の中には、年々お客さんも受け継ぐ人も減っていく現状に危機感を持って、新たな商品開発やコラボレーションなどに挑戦されている方がたくさんいらっしゃいます。

時代の変化があまりに慌ただしく、
伝統を守る方々には、これまでにないご苦労があるように思います。

しかし、そんな中でも、先祖代々受け継がれてきた精神や心意気、本質を決して曲げることはありません。

伝統と葛藤。

そこに京都の芯の強さを感じますし、
だからこそ京都は“京都”であり続けているのだと感じます。

この物語で描かれたのは、そんな伝統を見送る側のストーリー。

偏屈なタズの心にある純粋な想いと、重ねてきた苦労、その人生に思いが至る時、その思いが受け継がれたこと、そして報われたことへの安堵と温もりが広がります。

タズがそのことに気づいた瞬間の一文に、
私は強く胸を打たれ、じんわりと込み上げてくるものがありました。


物語は、「福居堂」東京店の開店に至り、
店長を任された吉平と、開店を知った美保は再会します。

1話ごとの主人公が、
様々な出会いで、
身近すぎて見過ごしていた幸せに気づき、
新たな1歩を歩み始める。

12話の短編がつながって、長編を読み終えたような不思議な感覚になります。

人生はいろんな苦労や苦難の連続ですが、
何かのきっかけに心の向きを変えることができる。

そして、人は人を思いやることができる。
人は誰でも優しさを持っている。
その大切さとそのことへの信頼。

心に暖かな希望の光が差し込んでくる作品でした。

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