マガジンのカバー画像

家族のおはなし

111
大切な子どもたちのこと、夫のこと、親のこと。
運営しているクリエイター

#創作大賞2024

父への詫び状「洗濯機で洗ってしまってごめんなさい」

父への詫び状「洗濯機で洗ってしまってごめんなさい」

こんなにも、自分の行いを恥じたことはない。
まさに、忸怩たる思い。
約1年半前のあの日、どうか夢でありますように、とどれほど願ったことだろうか。

シンクに置き去りだった朝食の食器を洗いながら、慌ただしかったこの数日や、さっきまでの黒い儀式を、私はぼんやりと目の奥の方で思い返していた。
最後に見た父の姿がどうしても頭から離れず、蛇口を強くひねる。
冷たい3月の水が手に刺さるが、これが生きているって

もっとみる
十人十色が良き時代

十人十色が良き時代

長女から毎日送られてくる孫の写真を見ながら、夕飯を食べる夫。

「あらっ、私も今、同じ写真見てるー!可愛いよね、このぼたもちみたいなほっぺ。」と、自分のスマホ画面を夫に見せる私。

「あかん、可愛すぎてオレ、射抜かれたわ。」と胸を押さえる夫。

それぞれがそれぞれのスマホをお茶碗の横に置き、時々、写真の孫に話しかけたりしながら、毎晩、私たちおじいちゃんおばあちゃんは夕飯をご機嫌に食べている。

もっとみる
父の愛した「天女の羽衣」

父の愛した「天女の羽衣」

昨年の春、約4年間の自宅での闘病生活の末に、父は帰らぬ人となった。

これは父の最期の日、昏睡状態の父と私が2人きりになった時に、父の手を握りながら、溢れる気持ちを書き留めたもの。

この日の前夜も、父が苦しそうだと母から連絡があり、私は実家へ急いだ。
その時は、父はなんとか起き上がり、ひとり、ベッドで夕飯を食べられていた。

ほとんど食べ残していた牛肉のみぞれ煮を

「母さんに悪いから、お前、食

もっとみる
ずっと夫になりたかった

ずっと夫になりたかった

夫は、還暦前のおじさん。
涙もろくて、「はじめてのおつかい」を見た日には、大きいタオルが必要なくらいに、涙腺ゆるゆるなおじさん。

中肉中背、自称身長168センチだけど、ほんとうは167.3センチの、ちょっとタレ目のおじさん。

お世辞にも、モテモテタイプとは言いがたい。
出会った頃から10キロは太ったし、顔のお肉も垂れ下がった。
強いて言えば、おっきな口を開けて笑うところだけは昔から変わっていな

もっとみる
日曜日のカップ焼きそばと、きょうだい3人の隠しごと

日曜日のカップ焼きそばと、きょうだい3人の隠しごと

ざく切りキャベツをビニール袋へガサっと入れて、ごま油と塩昆布を混ぜてモミモミするだけ。

この簡単な一品を、わりと夫が喜んでくれる。
最近、我が家の料理に塩昆布が登場するのは、この副菜を作る時くらいだ。子どもたちが巣立ち、おにぎりを握る機会が減って、塩昆布をあまり使わなくなった。
焼き海苔やふりかけも、お弁当を作らなくなったので活躍の場がほとんどない。

それでもそれらを常備しているのは、おそらく

もっとみる
殿方は座って用を足してください

殿方は座って用を足してください

近所のケーキ屋さんはチーズケーキが人気で、私もお気に入りだ。でもプリンが好きな母のために、プリンを2つ買って実家へ急いだ。

おしゃべりしたくてたまらなかった母は、私が椅子に座る前から、堰を切ったように話し始めた。

息継ぎも忘れて話し続ける母。

話の内容が入ってこないくらいに、母の独り暮らしの淋しさがズシンと胃に重い。持っていったプリンを、箱から出せなくなった。

元々、母はおしゃべり好きで、

もっとみる
娘の夫くんが、私の息子になったな、と感じたとき

娘の夫くんが、私の息子になったな、と感じたとき

あんなに緊張していたのに、なんだろ、この息子感は。

結婚の挨拶の時、あまりの緊張で、お互いにケーキの上に乗っているイチゴのヘタを出せずに、飲み込んだ仲だった長女の夫くん。

あの日から約2年。

彼はほんとに息子になったんだな、と最近感じている。

長女と夫くんが結婚してからも、やっぱり私も夫くんも「よそいき」だった。
彼が来る日は、少しだけきちんとした格好をして。
ちょっとお互いに遠慮しながら

もっとみる
夫のスーツを30年ぶりに新調する

夫のスーツを30年ぶりに新調する

「いつまでその男子トイレのマークみたいな肩パッドのスーツを着るの?」

「これでいい、着る機会もほとんどないし、俺は全然困ってないんやから。」

そう言って、約30年前に結婚した際、オーダーメイドで作った深緑色のスーツを着て、その日も夫は出かけようとしていた。

どう見てもシルエットがブカブカしていて古くさい。
肩パッドがバリバリで、フロントボタンが2列ついたダブルの上着。
スラックスはツータック

もっとみる
車椅子の娘が、2年5組の子どもたちと大縄跳びを跳んだ日

車椅子の娘が、2年5組の子どもたちと大縄跳びを跳んだ日

「体育の授業なんですけど、生徒たちが、ゆうさんと一緒に大縄跳びをやりたいらしくて。」

「え?どうやって?」

学校に娘を迎えに行った時に、サラッと担任から言われた話に、私はびっくりした。

娘のゆうは先天性の難病で、歩くことも、寝返りさえもできない。
移動には車椅子を使っている。

そんな娘が、どうやって大縄跳びをするのだろう。

担任は、当日をお楽しみに、と言って、にっこり微笑んだ。

これは

もっとみる