車椅子の娘が、2年5組の子どもたちと大縄跳びを跳んだ日
「体育の授業なんですけど、生徒たちが、ゆうさんと一緒に大縄跳びをやりたいらしくて。」
「え?どうやって?」
学校に娘を迎えに行った時に、サラッと担任から言われた話に、私はびっくりした。
娘のゆうは先天性の難病で、歩くことも、寝返りさえもできない。
移動には車椅子を使っている。
そんな娘が、どうやって大縄跳びをするのだろう。
担任は、当日をお楽しみに、と言って、にっこり微笑んだ。
これは18年前、まだ娘が小学2年生だった頃のこと。
当時、娘は肢体不自由の特別支援学校に通っていた。
ほとんどの特別支援学校は、広い範囲の地域から生徒たちが通ってくる。
だから、居住地域の子どもとの関わりが極めて少ない。
「地域の子どもたちとの関わりも大切にしたい」という考えで、娘の学校には「交流」という授業があった。
それぞれの住んでいる学区の小学校へ行き、年に6日だけだが、地域の同級生たちと一緒に小学校で授業を受けられるのだ。
希望する生徒だけが交流をするスタイルで、望まないのならば無理にやらなくてもいい。
しかも、2時間だけとか、半日とか、給食も一緒にとか、その子の体力と相談して、小学校での滞在時間も設定できる。
私と夫は迷うことなく、娘が地域の学校へ交流に行くことを望んだ。
娘を、地域で生きている子として、地域の子どもたちと関わらせてやりたい、とずっと願ってきたからだ。
地元の小学校へは親が送迎し、交流の授業には特別支援学校の担任が付き添ってくださる。
小学校低学年の頃は、生徒たちもまだ幼くて人懐っこく、車椅子に座っている娘に興味津々だった。
取り合いで車椅子を押す係をしてくれたり。
休み時間になると、娘のまわりには取り巻きがいっぱいで、ほっぺを触りに来たり、手を握ったり。
付き添いの担任も、ゆうのことについて、小学校の生徒から質問攻めに遭っていたらしい。
娘はその日だけは、ちょっとした人気者になれた。
毎日一緒に学校で過ごすのではなく、あくまでも「お客さん」だから、娘がめずらしいのだろう。
それに、みんなより身体がひとまわり小さくて、アーアー言いながらニコニコしている車椅子の娘を、幼い子に対するような気持ちでお世話したくなる子もいたのだろう。
それはちゃんとわかっていた。
でも、子どもたちが娘に興味を持ってくれることや、娘を知ってくれることは、親としては、とても嬉しいことだった。
交流が終わる頃に小学校へ迎えに行くと、毎回、小学校の先生や娘の担任から、子どもたちとの関わりや授業の様子を聞かせてもらっていた。
娘が寂しい気持ちになっていないことに、いつもホッとしていた。
2月の寒い日だった。
愛用しているモコモコの赤いジャンバーを娘に着せて、底冷えする小学校へ向かった。
娘の体力を考慮して、2時間目と3時間目のふたつの授業だけ参加することに決めていた。
今日の授業は、2年5組の体育と、2年2組の音楽だ。
特別支援学校の担任が「大縄跳び」のことを話していたのは、今回の5組との交流の内容だった。
その頃、小学校では「縄跳び大会」に向けて、全校が大縄跳びに取り組んでいた。
だから、子どもたちの中から「交流で、ゆうちゃんと大縄跳びがしたい。」という声が出たようだった。
クラス担任は彼らのやりたい気持ちの芽を摘むことなく、どうやったら車椅子の娘が一緒にやれるのかを、子どもたちに考えさせてくれていたらしい。
当日、私はどうしても様子が気になり、体育の授業を参観させてもらうことにした。
体育館では、可愛らしい2年生に囲まれて、マスクをした車椅子の娘がニコニコ笑っていた。
言葉は理解できない娘だけど、「ゆうちゃん、ゆうちゃん」と名前を呼ばれて、とても嬉しそうだった。
チャイムとともに、授業が始まる。
並んでいた子どもたちが、先生の指示で、大縄跳びができる場所に動き出した。
縄の両端には、縄をまわす係の子が2人、縄の端を持って立っている。
長い縄に沿って、クラス全員がぎゅっとコンパクトに並んだ。
娘は真ん中あたりにいた。
よく娘に話しかけてくれる優しい雰囲気の女の子が、車椅子の手押しハンドルを握っている。
縄を持つ2人の「せーの!」で、縄がふわっと宙に浮き、クルリとみんなの上を通過して、そのまま床にパチっと当たった。
一瞬、縄の動きが止まる。
そしてスルスルと、縄は床を這うようにゆっくり動いた。
その縄を、全員がまたぐ。
娘の車椅子も、カタンコトンと縄を踏みながら、またぐ。
「いーーーち!」
と、全員が叫んだ。
また、縄がふわりと上がり、そのまま床に落ちる。
そして、両サイドの2人が同じスピードで、ゆっくりと床を滑らせるように縄を動かしていく。
またそれを全員がまたぐ。
「にーーーっ!」
と、大声で子どもたちが数を数える。
なんて優しい縄跳びだろう。
誰も引っかからないし、車椅子の娘も縄を踏み越えながら、みんなと一緒に大縄跳びができている。
娘はマスクがすっかり顎まで下がり、ケケケケと笑っている顔が見えた。
子どもたちもゲラゲラ笑っている。
全員がちゃんと、大縄跳びを楽しんでいる。
一見シュールに見える、この「縄またぎ」や「縄踏み」を、体育館の隅っこでじっと見ていた私は、クスクス笑いながらポロポロと泣いてしまった。
娘が縄跳びをするなんて、想像したこともなかった。
2年5組の子どもたちが考えてくれた優しい優しい大縄跳びが、私はとっても嬉しかった。
できないと決めつけず、誰もができるようなルールを考えて、娘と一緒に大縄跳びを跳んでくれた、柔らかい心の子どもたち。
あの日の、車椅子の女の子との小さな関わりが、彼らの胸の奥で、優しさの灯として残ってくれていたらいいな、と思っている。
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