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社員戦隊ホウセキ V・第2部/第7話;いろいろ回想する
前回
六月十二日の土曜日。
光里と十縷は喫茶店にて掛鈴と対話し、光里と掛鈴との間の蟠りは一先ず解消された。
対話の後、十縷と光里はサイドカーで、二人っきりの帰路に就くことになったが、これに関して光里は「電車賃をケチりたいから十縷のサイドカーに乗せて貰う」と、少々悲しいことを言っていた。
それでいて、コインパーキングの駐車料金を半分払うという謎の行動をみせた光里だが、十縷はその一貫性の無さに気付いていなかった。
かくして寮への道をサイドカーは走る。最初の信号に引っ掛かった時、ふと光里は十縷に訊ねた。
「ジュールはネットに出回ってる私の画像を見たの? 昨日、掛鈴さんとそのことで喋ったんでしょう?」
光里は唐突に、直球で妙な質問をしてきた。十縷は跳び上がりそうなくらい驚いた。信号待ちでなかったら、確実に事故を起こしていただろう。
「いや、見てないって! これは信じて。光里ちゃんが晒しものにされてて、腹立ったくらいだから。ああいうので喜ぶ奴、相手の気持ちを考えてないよ」
十縷が真面目な意見を述べたのが滑稽に思えたのか、光里は堪らず吹き出した。
「あんたが言う? ゲジョーのスカートが捲れたら喜んで、お姐さんの下着姿見たら発狂して。エモいのを直す為にワットさんに弟子入りしたのに、全然変わんないし」
これまでの十縷を振り返り、光里は彼の痛い所を突きまくった。十縷はタジタジになり、そのせいで気付けなかった。話している光里の表情に。
「私と初対面の時も、『ファンです』で止めとけばいいのに、『顔が好き』とか言いだしてさ。本当、エモいよね」
光里は過去をほじくり返し、十縷を攻撃する。しかし、決して批難してるような口調ではない。むしろ、これまでを振り返って懐かしんでいるようだ。対する十縷は弁明を考えていて、光里の表情に頓着する余裕が無かった。
「確かに僕は女好きだし、偶然エモいのが見えたら喜ぶけど…。何て言うか、自分から積極的に見に行ったり触ったりするのは駄目と思ってるって言うか…。そういう目でばっかり、女の人を見るのは駄目だとも思ってて…」
歯切れの悪い口調ながら、十縷は持論を語った。隣の光里は、頷きながらそれを聞いていた。表情を見ると、納得しているように思えた。
「やっぱ、そうなんだね。この前、私がお姐さんに勧められて買った凄い短いスカート穿いた時も、私の太腿ばっか見てたけど捲ったり触ったりはしなかったもんね。もしかしたら、突風が吹いて欲しいとか思ってたかもしれないけど」
光里は先と同様に、過去の十縷の行動を掘り返す。「突風が吹いて欲しい」という点については、十縷は懸命に否定した。そんな彼を見て、光里は悪戯っぽく笑う。
「長割肝司だっけ? 変態の兵隊。あんた、あいつに本気で怒ってたよね。あいつが私の肩を抱き寄せて、変なトコに手ぇ伸ばした時」
光里が掘り出す過去は、時系列に沿っておらず不規則だ。それでも全て、十縷は正確に思い出せた。長割肝司に関して、十縷は良い感情を持っていないので自ずと顔に苛立ちが見られた。しかし、取り乱すレベルではない。
「あれは犯罪レベルだから。ああなったら駄目だし、あいつのやってたことを許しても駄目だよ。やっぱ、悪いものには悪いって言わなきゃ」
真剣さを顔に滲ませつつ、十縷は語った。光里の表情は、悪戯っぽい笑いから純粋な喜びに変わった。
(長割肝司に触られそうになった時、守ってくれたの本当に嬉しかったよ。迷惑しちゃね)
光里は心の中でだけそう言い、肉声では別の言葉を伝えた。
「今日さ。副社長に言っちゃったんだ。ジュールは偶然スカートが捲れたら喜ぶだけで、自分からは捲らないって。想像で言ったけど、その通りだってことで良いね」
午前中に光里が自信満々で副社長に言った内容は、実を言うと想像に過ぎなかった。だから、今になって確認したくなったようだ。十縷は光里に認められた気がしたのか、自信満々で「そこまでエモくないから」と言った。しかし、光里は吹き出してしまう。
「充分エモいよ。木曜の戦いの後、気絶しながら寝言で太腿とか、そんなことばっか言ってたんだからね、あんた。私、そんなの延々聞かされて。殴ってやろうかと、何度思ったことか…。本当もう、エモいトコしか見ないんだから」
猛烈に痛いところを突かれて、十縷は項垂れた。指摘した光里の方は、終始笑っていた。そこには批難の感情は無さそうだった。
(木曜は、あんたが居なかったら確実に負けてたからね。ご褒美って名目にしとくよ!)
項垂れている十縷の横顔を見上げつつ、光里は心の中でのみそう言った。その直後くらいに信号は青になり、サイドカーは走り出した。
かくしてエンジン音が優勢となり、また会話は途切れた。
(エモいままでも許すから、今のジュールで居て。ゲジョーやリヨモちゃんのこと、自分のことみたいに怒ったり泣いたりできる、そういうジュールで居て。間違えそうになったら、私が止めるから)
走行中、光里はまた振り返っていた。
自分を助けようとしたゲジョーに八つ当たり的な攻撃をした念力ゾウオに憤怒した十縷、そしてリヨモの過去を聞いて涙した十縷……。
この共感性の高さが危険な方向に進むこともあった。それでも、光里はこの点を十縷の魅力と思っている。
光里だけでない。和都も伊禰も時雨もその筈。だから、十縷に変わって欲しくない。誤りそうになったら、自分が止める。光里は心の中で、強くそう思っていた。
そんなことを考えていると、いつしか二度目の赤信号に引っ掛かった。
「さっきの話。偶然見えたのを喜ぶのは、辛うじて許す。だけど積極的に見ようとしたり、触ろうとしたりしたら怒る。私に対しても、他の女の人に対しても。絶対に守って」
サイドカーが止まると、光里は十縷に真剣な眼差しを向けながらそう言った。これは先までに、いろいろと考えて纏めたことだ。と言っても、犯罪レベルは駄目という程度の内容。そこに含まれた光里の真意を十縷は察しかねて、「勿論」と返しはしたが首を捻っていた。
(この話、何なの? この子が改めて解からない…)
悩む十縷の顔を見上げて、光里は幸せそうに微笑む。十縷は気付いていなかったが、光里はこの時間を存分に満喫していた。
独特な雰囲気で同じサイドカーに乗る十縷と光里。
この状況を作った掛鈴は、異様な満面の笑みを浮かべて電車に揺られていた。乗客の中には彼が少し奇妙だと思った者も居たのか、時折不審な視線を浴びていた。しかし、掛鈴は気にしない。
(なんか、めっちゃ嬉しいなぁ。ジュール君と神明さん、あのまま結婚して! 他人のことなのに、本当に凄く嬉しい!)
どちらかと言えば、漫画やドラマを観ているような感覚か? ところで、掛鈴がここまで十縷と光里をくっつけたいと思うことには、それなりの理由があった。
(やっぱり神明さんはジュール君が好きだよ。間違いはない!)
そう思いながら、掛鈴は一ヶ月ほど前の記憶を振り返っていた。
五月十五日の土曜日。爆発ゾウオが撃破された二日後、即ち剛腕ゾウオが出現する八日前のことである。
その日、佐々木公園にて短距離走部の練習が行われた。光里がこれに参加していたのは勿論、この日は掛鈴も参加していた。この練習が終わった頃、一人の人物が公園に姿を見せた。
「光里! お疲れ!」
その人物は光里より長身で、肩より下まで伸びた長い髪をうねらせている女性。清楚に、黒系のワンピースを着こなしていた。
「モネ! 会いたかった! 二か月ぶり? 髪、伸びたね! 可愛い!」
その人物が姿を見せると、光里は競技着のまま喜んで彼女に駆け寄っていった。
この人物は薬師寺最音子。光里とは高校時代、同じ陸上部で共に汗を流した仲間で、リレーでは最音子が第一走者、光里が第二走者を務めた。最近では、光里は和都作のピアスを彼女にプレゼントした。以前にゲジョーが光里の部屋を訪れた時に光里がゲジョーに語っていたモネコは、この人だ。
「ワットさんのピアスだ! やっぱり写真より綺麗」
満面の笑みの光里が気付いた通り、最音子はピアスを装着していた。アクアマリンの小さな石で花弁を表現した、和都の作品であるピアスを。
「一度は生で見せたくてね。あと、優勝おめでとう。怪物が近くに出たって聞いた時は焦ったけど、悪い事にならなくて本当に良かった」
最音子が語っているのは、GWに行われた全日本実業団陸上大会のこと。この大会の女子100 mで、確かに光里は優勝した。しかしその優勝は、付近に出た念力ゾウオへの対応を犠牲にして得たものだ。そのことを思い出し、光里の表情は僅かに曇った。
しかし、それは一瞬の話。光里の笑顔は、最音子の一言で簡単に戻った。
「そう言えばジュール君は最近どうなの?」
その言葉を聞いた時、掛鈴は軽く驚いた。
(ジュールって、伊勢の後輩の子だよな? 社員戦隊の五人目に選ばれた。神明さん、あの子の話を友達にしてるの?)
最音子は十縷を知っているのは、光里が喋ったから。そうとしか考えられない。当時の掛鈴にとって、それは意外なことだった。そんな掛鈴の驚きを他所に、光里は最音子の話に合わせて喋る。
「あいつ、変態過ぎてさ。この前、医務室のお姐さんに『エモい』とか言われたんだ。エロくてキモいを略して…。なんか私、そのエモいがツボって…」
まだ誕生して二日目だった【エモい】という単語を、光里は笑いながら最音子に紹介していた。ここまでだと十縷の陰口とも捉えられるが、よくよく聞いているとそんな雰囲気は一切無かった。
「だけど、あいつなりに頑張ってるよ。鬼軍曹みたいな先輩にシゴかれてるけど、頑張って食いついてる。鬼軍曹は、あいつが凄いデザイナーになるって見込んでて…」
このままの流れで、光里は最音子に十縷のことを喋り続けていた。その内容の大半は、彼を誉めるものだった。それを聞いて、掛鈴は確信した。
(神明さん、ジュール君のことが好きなの? いや、これは確実だな)
この時から、掛鈴は十縷と光里をカップルとして認識するようになり、彼らの恋愛成就を陰ながら願うようになった。
果たして、この掛鈴の見立ては何処まで正しいのか?
それが判るのは、まだ後の話だった。
次回へ続く!
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