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読了本感想⑤『灯台へ』/ヴァージニア・ウルフ

 新訳が新潮文庫から出るとのことでかなり話題になっていましたので、購入しようかと思ったのですが、家に岩波文庫のものを積ん読しているのを思い出してしまいました。ですので、今回はそちらを読んでみることにしました。
 岩波文庫や講談社文芸文庫にはどうしても憧れの気持ちがあるもので、気になるものが目に入るとついつい買ってしまうのです。そして、結局、でも、やっぱり難しそうだな、と積ん読してしまうのです。反省です。

 ヴァージニア・ウルフは難解だ、との評判を以前から聞いていましたので、かなり身構えて読んだのですが、決してそんなことはなかったです。「意識の流れ」といわれる独特な内面表現が読んでいて非常に心地良く、比喩表現なども繊細で、他の作品も読んでみたくなりました。

 俗になのか正式な言い方なのかは知りませんが、小説における三人称のことを、「神の視点」などと言ったりしますが、地の文と登場人物の心情が溶け合っているような本作の独特な書き方は、通常の「神の視点」とは随分と受ける印象が違いました。
 通常の、かっちりとした三人称における神が、登場人物たちのことを真上から見下ろす「一神教」的な神だとすれば、本作の神は「アニミズム」的、あるいは、「汎神論」的な神、という印象でした。
 世界のあらゆる場所に遍在する神。あるいは、世界のあらゆる場所に入り込むことが出来る、流動的で、不定形な、日常の中に潜む神です。
 我々と同じ地平に住むその神は、それ故に、家の中にも、登場人物たちの心の中にも、何処へでもスルスルと入って行けるのです。そして、そこから丹念に人々のことを見つめるのです。それこそ、島の別荘を吹き抜ける風や、灯台からの光のように。

 きっとこの作品が出た当初、通常の三人称しか読んだことのなかった当時の読者は、かなりびっくりしたのではないでしょうか。だいぶ戸惑ったのではないでしょうか。その時の戸惑い混じりの評判が何年経っても尾を引いて、それで、未だに、ヴァージニア・ウルフは難解だ、という印象が残っているのかもしれません。(いえ、他の作品は本当に難解なのかもしれませんが)

 文学史に残るようなそういった出来事にリアルタイムで立ち会えた当時の小説好きたちは、本当に幸福だったと思います。
 私が生きているうちに、そういった出来事が再び起こることはあるでしょうか? 文学の歴史を一変するような革新的な作品に、出合うことはあるでしょうか? 
 人称の工夫やメタ構造など、文学上のあらゆる実験は既にやり尽くされており、難しいのかもしれません。戸惑いや反発を感じるほどの全く新しい作品に出会うことは、もうないのかもしれません。

 ですが、それでもやはり期待しながら、我々は今日も本を読むのです。時間を掛けて読むのです。世界中のあらゆる情報がスマホ一つで手に入るようになった現代においても、小説の内容を理解し吟味するためには、最初から最後まで自分の目で読み通さなければどうにもならないことだけは、幸か不幸か、ヴァージニア・ウルフの時代と何一つ変わっていないのです。

 とにかく面白かったです。あと、ラムジー氏が自分の父親だったら面倒臭くてマジで嫌だな、と思いました。

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