恩師と呼べる数少ない一人に、高校時代三年間担任だった国語科のS先生を挙げることができます。厳しさと柔軟さをもち合わせ、授業の良さに加えて容姿も格好の良い…当時を思い起こすとやや自信過剰の面もあったかもしれませんが、それでも説得力がありました。
振り返ると現役で志望大学に行けたのはS先生に倣う処があったからだとも思えるのです。
高校3年生の折、多分修学旅行だったと思います。移動途中の休憩時、誰の何を読めば良いのかを、S先生に訊ねていたクラスメイトの会話を私は彼の背後から聞いていました。
「漱石は『草枕』だけ読めばいい、他はしょうもないから」
そのコメントが不思議と印象深く、その後、漱石作品は様々読了するも『草枕』には触れられずにいたのです。
去る日、読書好きな姪の高校入学の記念に良書を贈ろうとふと思いついたのが『草枕』でした。
高校時代にS先生がこれを読めば良いと断言していた『草枕』を当時の自分に贈るような意味合いも込めて進呈しました。
この機会に乗じ『草枕』を読んでみたのですが、逆に今時分の年齢に合い過ぎるというか詩的かつ描写表現の精緻さの美しさが、まさに尋常ではない素晴らしさに驚嘆したのです。物語の良さも何処か紀行的私小説に進みつつ、展開は謎めいたものがあり、最終的なハッと思わせるくだりの流れまで構成が惹きつけて止まないものでした。
芸術性の高い文学作品として、『草枕』はその一つに挙げられるべきものだと理解します。
あの宮崎駿監督が映画化したいと熱望した理由も頷けるものがあります。
美的感覚や写実的表現を実写映画化するのも可能性を感じます。
映画『リング・ワンダリング』の金子雅和監督も漱石の中で一番好きだと話されていました。確かに金子監督が得意とする自然の中にいる人間の構図について、作品を想起させる要素を感じます。
多感な高校時代に『草枕』の物語世界観に触れる意義は大きいと思います。
主人公には俗世を離れながらも地方のドメスティックな現実を二律背反させていき、理性と欲求を浮き彫りにしていく構成の巧みさが白眉なのです。そして経過から垣間見る美の真理が示される一連…
無垢な状態にある高校時代にそうした見解を感じ取ることのできる子は創造性や国語力が恐らく優れているとみて間違いないと思います。
総じて、憶測の域は出ませんが
「まったく分からない」
「どういうことなんだろうか…」
と感じられるだけでも充分なのです。
想像の範疇に無いものに触れる機会こそ、後々興味のきっかけになる可能性があります。
習熟度に応じた文学作品傾向も理解できますが、それだけでは何か足りなくなるという疑問の視点は意外と重要なのではないかと考えます。
私の持論ですが、イマジネーションの根幹は文字からのヴィジュアライズに他なりません。特に若年時には必要な教育の一つではないかと推察します。
勿論放置されても不思議ではないのですが、姪から『草枕』を読んだという知らせは未だありません(笑)。
【インフォメーション】
下関名画座のご案内
■2023年2月25日(土)
■「男と女 人生最良の日々(2019フランス)」
■シーモール下関2階シーモールシアター
■監督 クロード・ルルーシュ
出演 アヌーク・エーメ
ジャン=ルイ・トランティニャン
音楽 フランシス・レイ
■①10時30分②13時③15時30分④19時30分
■前売1.100円 当日1.300円
シーモール1階インフォメーションカウンターにて発売中。
■問合せ 山中プロダクション(090-8247-4407)