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ギリシャ文明におけるチーズと南地中海交易(文化の読書会:キンステッド『チーズと文明』(4)「ギリシャ、チーズ、地中海の奇跡」)

Cheese and Culture: A History of Cheese and its Place in Western Civilization
By Paul Kindstedt

今回は第4章「Greece, Cheese, and the Mediterranean Miracle(ギリシャ、チーズ、地中海の奇跡)」を読んでいきます。

ギリシャの宗教文化において重要な役割を果たしていたチーズ。
そのチーズを巡り、地中海で交易が発達していく。
ギリシャを舞台にチーズの文明はどのように発展していくのだろうか。

※二重丸は章の3行まとめ

Greek Civilization Resurrected:ギリシャ文明の復興

◎鉄が主要産業として貿易を牽引し、ギリシャの経済が復興し、ギリシャ植民地が広がっていく。一方ポリスでは都市と農業地帯で構成され、宗教儀式と神々が生活の中心となる。

ギリシャは鉄を豊富に有していたため、鉄製品や武具の生産が主要産業となり、貿易の拡大をもたらした。

これが、ひいてはギリシャ本島やエーゲ海の島々の経済を復興させることになる。

以降、ギリシャ植民地のネットワークが構築されていく。東は黒海沿岸から北アフリカ、シチリア、南イタリア、フランス、西はスペインまで広がっていた。
中でも、カターニア、シラクーザ、マルセイユなどはチーズの貿易の重要な拠点になっていった。

BC8世紀半ーBC7世紀半、ギリシャ文明は東方の影響を受けて発展していく。

ポリスは近東の都市国家のように、都市とそれを囲む農業地帯によって構成される自治組織となる。

ポリスのアイデンティティの中心は、宗教儀式と神々。それらが生活全般を支配し、コミュニティを作っていた。

Cheese in Greek Religion:ギリシャ宗教におけるチーズ

◎チーズはギリシャ宗教の中で無血の犠牲に供されるものとして重要な地位を占め、神話にも多く登場する

動物の犠牲はギリシャの宗教的礼拝の中心儀式だった。
チーズは無血の犠牲として供され、古代からの礼拝の中心にあった。

この時期のアテネは過去の記憶に憧憬の念を抱く傾向にあり、チーズは日々の生活と宗教慣習の中心にあったシンプルな時代のシンボルとなっていた。

アテネは輸入チーズを好んでいた。アテネの女性聖職者はフレッシュチーズには触れてはならず、外国のチーズのみ彼女たちの前に出された。アテネに限らず、ギリシャは輸入チーズの需要が高い市場として知られていた。

plakous/plakountaというハチミツ、山羊や羊のチーズでできた軽いケーキは、デーメーテールとアポロ女神の好物であった。
phthoisという小麦、チーズ、ハチミツでできたケーキはヘスティアやゼウス、アポロ、アスクレピオスに捧げられた。

アスクレピオスという医術の神は、ギリシャ宗教の中で特にチーズとの関係が深いようである。ケーキの捧げ物、特にチーズの詰まったケーキはアスクレピオスの祭儀の中で中心となった。

Cheese in Daily Life and Commerce:日常生活や商業におけるチーズ

◎日常の食生活でもチーズは主菜、副菜において重要な役割を果たした。その後、ギリシャ、そしてシチリアで発達した羊や山羊の擦りおろしチーズは高明な交易製品となり、この技術はシチリアを通してのちにイタリアに広まっていく

宗教的な儀式、饗宴や宴会はギリシャ世界における最も重要なエンターテイメントの1つであり、神への祈りや献酒が行われた。

宴会はシンプルな食事から始まる。ここでは食べ物が供され、ワインは出されない。

食事が終わると、客たちは手を洗い、ワインと「セカンド・テーブル」やデザートのコースが出される。デザートのコースには、砂糖菓子、卵、ナッツ、生・ドライフルーツ、チーズ、ケーキなどが含まれており、この中にplakous/plakountaもある。

饗宴におけるチーズは、神と世俗の両方に役割をもつ。というのもギリシャの生活においてはこの2つは一体化しているからだ。

チーズは日常のギリシャの食生活の重要な要素であり、2つのカテゴリーを構成する。シトス(主菜)とオプソン(副菜)である。
シトスは食事のメインであり、穀物のポリッジやパンや小麦のケーキ、豆類があった。オプソンには、山羊や羊のチーズ、鳥、野菜、そして酢漬けや塩漬けにされた魚がある。肉はめったにない。

アテネのアゴラの市場にはフレッシュチーズの売り場があった。他のギリシャのポリスでも、都市を囲む周辺の農業地帯の地元の生産者からチーズがもたらされていた。

ギリシャでは、特徴的な小規模混合農業における羊の牧畜とチーズ生産が行われ、チーズ生産は商業的な重要性も高かった。

Cythnian cheese(?あとで調べる・聞く)は質が良いと評判で、広く輸出されていた。Rhenaea島やChioas島もチーズの輸出で知られていた。

ギリシャのチーズは日常生活のオプソンとして出されるシンプルなフレッシュチーズから、ハイエンドなグルメまで含むようになっていく。

ちなみに、レンネットについては、ホメロスはFig sapをレネットにして凝乳していたと記述している。
BC350年頃のアリストテレスの動物史で、ギリシャ文学に出てくるチーズ生産における動物レンネットの利用が記載されている。

Cyclopsの洞窟のチーズ台は、羊と山羊のチーズが長期間の熟成に適した温度と湿度に保たれている。そのようなチーズは、イタリアで今でも作られるPecorino Bagnolese and Caprino d’Aspromonteのような伝統的な羊と山羊のチーズに通じている。その技術は、熟成期間が長く擦りおろすのに適した現在のハードチーズにも生かされているのだ。

擦りおろしチーズはギリシャやシチリアの食の重要な要素であり、これらの地域は擦りおろしチーズで有名になった。

BC5世紀の終わり頃までには、シチリアのチーズの評判はさらに高くなっていた。Hermippusはアテネに輸入されたラグジュアリー商品のリストにシラクーザのチーズを含めていたし、katane or catana はシチリア方言で「チーズおろし」という意味だ。

BC4世紀のシチリアは非常に繁栄し、ラグジュアリーな料理文化も発展していく。
チーズに関するBC4世紀の料理本では、Mithaikosがチーズとオリーブオイルの魚のソースへの使い方を記し、Herakleidesはアニス、チーズ、オリーブオイルで味付けされたパン(フォカッチャのような食べ物)について書いている。

シチリアのArchestratosは「西洋ガストロノミーの父」と言われる。
例えば、チーズソースの「smother fish」については、硬くて質の良くない魚に適していると言い、他の魚(シビレエイ)などはチーズは不要、塩とオリーブオイルだけで良いと書いている。

料理に熱心なものたちは地中海中からやって来てArchestratosのようなシチリアの料理人のもとで学んだ。シチリアのシェフはギリシャ世界で需要が高かったのである。

擦りおろしチーズはギリシャ文化の中で特別な位置を占める。万能薬エリクサーとして治療効果もあり、ワインに擦りおろしチーズを入れるのはギリシャ戦士の饗宴の名物だった。
こうした慣習は7BCに南イタリアのギリシャ植民を通してイタリアへ広まっていった。

感想

いよいよチーズのダイナミックな歴史が動く、大変興味深い章であった。
そして、イタリアがDNAを受け継ぐギリシャ文明のつぶさな一面が見れて好奇心をそそられた。

食の歴史家の卵としては、コモディティから文化史を研究するアプローチ方法として、チーズの宗教的意味(無血の犠牲)、日常生活での位置付け(主菜と副菜)による人々の食史とともに、主要商品として高明なチーズが南地中海交易を牽引し、人や物を動かす交易史がとても勉強になった。

料理家としての想像を膨らませるのは、チーズの伝播と料理の発展である。コモディティとしてチーズが交易されたところで、ローカルな宗教とそれにまつわる食習慣、他の組み合わせる食材が異なるため、食べられ方も異なるはずであり、それに合わせてどう料理が発展したのか、具体事例をもとに掘り下げてみたい。

1つ驚いたのは、魚にチーズを使うことである。
これは一般的に今のイタリア料理ではタブーだ。紀元前4世紀のシチリアのギリシャ人Mithaikosはチーズとオリーブオイルで魚のソースを作っているようだし、Archestratosは魚のチーズソース焼きなるものを記している。フレンチやノルマン料理では魚料理にバターやチーズといった乳製品が使われることが多いのだが、それはオリーブオイルがないからであり、コテコテのオリーブオイル文化圏で、オリーブオイルとチーズと魚の共演がなされていた点に驚いた。

もう1つ気になる点は、ハードチーズの技術的貢献の範囲だ。例えば、この紀元前4世紀のシチリアのハードチーズが、現在のチーズの王様、我がエミリア州が誇るパルミジャーノ・レッジャーノに繋がるのだろうか。だとしたら、ローマ帝国がブリッジしてくれたのか、どのような政治・経済的つながりから中世のエミリアまで来たのか、疑問が湧く。

イタリアの生みの親がギリシャ、というのは本当のようで、「西洋ガストロノミーの父」と言われるシチリアのArchestratosの本や、MithaikosやHerakleidesの本を読んでみたい。のだが、古代ギリシャ語、、><

明日からギリシャに行くので、現地視察してきます!!!

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