#37【劇評・絶賛】中村鶴松「野崎村」お光(猿若祭二月大歌舞伎)(後編)
読んでくださっている方、本当にありがとうございます。
やっと今日「後編」で終わりにたどり着きました。
「歴史の風雪を耐えてきた」という事実が教えてくれること
くらたが歌舞伎を楽しめるのは、「歴史の遺産」としてみている部分が大きいと思います。「なぜかしら歴史の風雪を耐えてきた」という事実自体が、現代に生まれた文化からは得られない感慨や気付きを与えてくれます。
例えば「野崎村」は初演が1780年ですから、理由はどうあれ、日本の人々はこの物語を240年も享受し続けているということは紛れもない事実です。
「240年前はひどい時代だったのだなあ」でも「実際に起きた事件について、事情が知りたいとあれこれと想像するのは昔も今もかわらないよね」でもいいのです。
それはすべて、240年前に書かれてこれまで受け継がれてきたからこそ、私たちが今得られる知見なのです。
夜の部も観に行く予定です。そろそろ貯金がからっぽになりそうです。
夜の部は、勘太郎の初役の猿若、長三郎の連獅子……中村勘三郎の血筋の、受け継がれていく様を目撃しに行く、という意味合いが強いです。
昼は血筋でない役者によって歌舞伎の現代性が広がっていくさまを見せ、夜は血筋の継承の最先端を見せる。昼も夜も、巧みに組み立てられたプログラムであると、舌を巻く猿若祭なのでした。
補遺:くらた的「初めてさんにおすすめの演目」
今回の昼の部は初めてさんにはおすすめしません
昼の部はくらたにとってはすばらしい経験だったことは大前提として。
くらたの席の前に若いカップルがいらっしゃいましたが、昼の部最後の演目『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』ごろになるとお嬢さんがもうなんか態度がグデグデになっていました。気持ちはわかる、わかるよ。また、終演後、帰りながら「お話の価値観が古いからねえ…」という奥様もいらっしゃいました。奥様、わたしもわかります。
日本の古典文学にもなじみのない方が初めて観に行く歌舞伎なら、くらたはこの昼の部は勧めません。これまで語ってきたとおりの『野崎村』、その後の『釣女(つりおんな)』『籠釣瓶花街酔醒』もルッキズム、フェミニズムなどの現代的価値観にそぐわない作品だからです。『釣女』はおそらく『籠釣瓶』合わせで選んだのでは(醜女と醜男でそろえた)と愚考しますが。
『釣女』
大名とその家来の太郎冠者が恵比寿様に嫁が欲しいと祈願したところ釣り竿を授けられ、大名は美しい妻を釣り上げ、太郎冠者が釣り上げたのは醜女(しこめ)だった、という話。中村獅童さんの太郎冠者と中村芝翫さんの醜女の名演技に笑いましたが、ケンコバが「今日日ブスいじりはもうできない」と言ったのは何年前の「絵心ない芸人」であったことか。
ただ、醜女役のふるまいには、くらたの愛するYoutuber「ブリアナ・ギガンテ」さんのような愛らしさも感じられました。もし今後この演目に新しい命を吹き込むとしたら、ブリちゃんや『デブとラブと過ちと!』(ままかり/スフレコミックス)の主人公夢子のような、ルッキズムの呪いを解く解釈の演出ができれば、一気に現代的な魅力を持った作品になる可能性を秘めていると思いました。
『籠釣瓶花街酔醒』
大金持ちで人柄がいいが顔中あばただらけの田舎の豪商・佐野次郎左衛門(中村勘九郎)が、江戸吉原の花魁・八ツ橋(中村七之助)に惚れこみ、大枚をはたいて馴染みになって、身請けの話も持ち上がっている。間夫・栄之丞(片岡仁左衛門)に縁を切ると脅された八ツ橋は、やむなく衆目の中で次郎左衛門を袖にする。恥をかかされ恨んだ次郎左衛門は、伊勢の名工・村正(むらまさ)作の名刀「籠釣瓶」で八ツ橋を惨殺する。ラストシーンの次郎左衛門の台詞「籠釣瓶は、よく切れるなぁ」は有名です。
これで若いお嬢さんはグデグデになってました。そうですね胸糞話です。これだって主役の勘九郎さん・七之助さんに、脇を固める花魁役で大好きな中村芝のぶさま、件の鶴松さんが出ていなかったら、まずくらたも観ません。
以前シネマ歌舞伎で、故・勘三郎さんと玉三郎さんが演じた『籠釣瓶』を観ました。わたしは玉様大好きですが、この演目は今回の七之助さんのほうが現代的で好きだったかな。八ツ橋が、やむなく次郎左衛門を袖にはするが、申し訳なさすぎてひそかに扉にすがって嘆くシーンなど、共感できる取りつく島があってよかったです。まさに七之助さんが媒介となって古典の世界に現代人くらたをコミットさせてくださった。
あるいは、観劇の解像度を爆上げしてくれる「イヤホンガイド」のおかげかもしれませんが。観に行かれる方、とくに初心者の方はイヤホンガイドは絶対おすすめです。あるとないとじゃ観劇体験が全く違います。
くらたのおすすめ作品 歌舞伎入門編
下記のような、朗らかで華やかで見た目にも楽しい演目がおすすめです。
今回の夜の部の『猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)』
『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』
『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』
『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)川連法眼館の場(かわつらほうげんやかたのば)』
踊り……『吉野山』『神田祭』など
三島由紀夫作『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』
スーパー歌舞伎などの近年の新作はもっと気楽に入れると思います。
くらたは三島由紀夫作『鰯賣戀曳網』大好きです。わかりやすくて明るくて他愛なくてハッピーな物語です。
『義経千本桜川連法眼館の場』は通称「狐忠信」、市川猿之助さんの奇抜な演出が大好きでした。猿之助さんまた見たいなあ……。
また、『助六』も名作です。團十郎襲名興行ではチケットが取れませんでした。玉三郎さんが演じた「揚巻」観たかったです……。
最初は避けたほうがいいかも作品リスト※個人の見解ですすみません
逆に最初は避けた方がいいかなと思うのは、時代物の名作のうち、生首が出てきたり子どもが殺されたりする場面があるもの。くらたも元気があるときじゃないと行きません。例えば、下記などです。
ただ、名作と言われたびたび上演されている演目ですので、慣れてきたらぜひ一度ご見物ください。
『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』
『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』
『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)のすし屋の場』
『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)熊谷陣屋』
『近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)盛綱陣屋』