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【読書】世界「民族」全史 ――衝突と融合の人類5000年史

  • タイトル:世界「民族」全史 ――衝突と融合の人類5000年史

  • 著者:宇山卓栄

  • 出版社 ‏ : ‎ 日本実業出版社 (2023/1/20)

  • 単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 744ページ

売れ筋ランキング第1位「民族研究」

 元予備校講師で著述家の宇山卓栄の渾身の一冊。
 700ページ超の大作で力作だ。宇山の強みは、世界中を旅して自分の目と耳で確かめ肌感覚を持っていることだろう。著者はさまざまな媒体で著述し、時事解説も行なっている。深い歴史への造詣があればこそ、わかりやすく「あ、この人は偏りのない立場で発言しているのだな」と納得感がある。Amazonの売れ筋ランキング1位であることにも(2024年2月22日現在)。

 本書はもちろん、最初から最後までというような通常の読み方も楽しめるが、その後には、手元に置いて、何か世界的な事件が起こるたびに、その背景にどんなことがあるのか、歴史的な経緯はどうなっているのか、辞書のように使うことを勧めたい。歴史を紐解くことで、「現在の状況」が深く理解できるようになる。そのことが身をもって実感できるのではないだろうか?

そうして…この本が素晴らしいことは、間違いないのではあるが、『ロマ』(以前の呼び方はジプシー)の記載が私には見つけられなかった。見つけた方がいたら、もしよかったら、コメントに記載ページなど書いていただけたらうれしいです。よろしくお願いいたします。

本記事の目次です。ご参考までに。



著者の意欲と覚悟

 本書にかける宇山の意欲は、

国家や社会よりも先に、「民族」が存在します。歴史は「民族」という原初的な単位によってはじめて真相が見えてくるのであり、こうした巨視的な文脈の中で、「現在」もまた浮かび上がってきます。その意味で、「民族」を知ることは、いまを生きるわれわれにとって、必須の教養といえます。

世界「民族」全史 ――衝突と融合の人類5000年史 はじめに より

また、

民族の「血の記憶」、それぞれの民族が触れられたくないものもあるでしょうが、本書は、そのような秘められた禁忌に対し、徹底的にメスを入れるべく、世界の民族の歴史とその全貌を明らかにすることを目的にしています。…学校の歴史教育などでは、こうした禁忌を避けるため、意図的に「民族」を教えず、「国民」という表象にのみ依拠して思考する習慣を身につけさせます。われわれは知らずしらずのうちに、隠微な混濁の中に真の歴史を置き去りにしているのです。

世界「民族」全史 ――衝突と融合の人類5000年史 p16-p17

などから、熱くズドンと伝わってくる。
民族の「血の記憶」…の秘められた禁忌に徹底的にメスをいれ、世界の民族の歴史とその全貌を明らかにする」「学校の歴史教育では、「国民」という表象にのみ依拠し、隠微な混濁の中に真の歴史を置き去りにしている」。なんとある種の覚悟を持った物言いだろう。

現在起きていることを深く理解する、それが歴史を学ぶ意義である

 「民族」という切り口で歴史を俯瞰する意義。それを宇山は「歴史は「民族」という原初的な単位によってはじめて真相が見えてくるのであり、こうした巨視的な文脈の中で、「現在」もまた浮かび上がってくる」と述べている(本書 はじめに より)。
 ここ数年起きていることは、どう見ても人類的な危機の連続、だ。C国武漢に始まり全世界を巻き込んだコロナ騒動。ロシアによるウクライナ侵攻、パレスチナによる軍事テロと引き続くイスラエルによる粛清(のように見えてしまう)、火事場泥棒よろしくWHOパンデミック条約締結によるワクチンビジネス網の構築への思惑。日本人として忘れてはならないのは尖閣諸島へのC国による領海侵犯や北朝鮮によるミサイル実験…。
 こうしたことから、距離を取りたい、と思っても、どうしても日々の生活は世界的な出来事に左右されざるを得ない…。

実例:プーチン史観vsウクライナからの視点

 「現在起きていることを深く理解する、それが歴史を学ぶ意義である」。この表題通りのことが最近起きた。そしてそれは宇山の見識の深さとある種の信念の揺るぎなさがよくわかる一例でもある。元米国フォックステレビの名司会者タッカー・カールソンプーチン大統領への電撃インタビュー(2024年2月8日配信)に対する宇山の解説動画(2024年2月21日配信)だ。

 本書と宇山の良さや強みがわかる解説動画になっているので、野暮だと思われるかもしれないが、この解説動画を少し解説しよう。その前提であるカールソンとプーチンの動画についてまず説明しよう。
 西側メディアが初めて行ったプーチンへのインタビューは2時間超という長さにも関わらず、世界中で数億回以上再生されている(そのことを知っている日本人がどれほどいるのだろう?)(閉ざされた言語空間そのものがまだ続いているかのようだ)。カールソンがプーチンのプロパガンダ作戦に乗せられた、という見方ももちろんあるだろう。しかしながら相手が何を考えているか分からなければ、停戦などしようがない。また当然戦い方にも影響が出る。相手を責め立てるだけでは交渉ごとはうまく運ばないのだ(戦争は極端に力に偏った交渉ごと、だ)。私などがいうまでもなく。
この戦争をプーチンが「早く終わらせたがっていた/いる」ことやそれを当時の英首相ボリス・ジョンソンなどが潰したこと、NATO に入りたいとロシア側が申し出た際に米大統領はいったん「興味深い、検討する」と持ち帰ったにも関わらず、その日のうちに断ってきたなど、私をはじめ多くの西側諸国に住む人々にとって知らない内容が満載のインタビューだった。ロシアから見れば『ロシア=悪』の2極構造を西側こそが喧伝し維持しようとたきたのだ、そういうロシア側の主張がよくわかる内容となっている。ロシアが何を思ってこの戦争を始めたのか、どう決着させたいのか、というロシア側の視点がよくわかる。そしてそのベースとなっているのがプーチン大統領の歴史観と国家観だ。ロシアの歴史とウクライナがいかにロシアであるか、を約1000年前にさかのぼって滔々とうとうと述べている。40分かけて。日本の首相にこういうことができるだろうか?

 宇山の解説動画では、このインタビューの歴史的意義と、プーチン氏の主張に対するウクライナ視点での反論も述べられていて、平和を希求するのであれば、深い歴史観と国家観が重要であること、一方のみの主張ではなく、双方の主張を聞く重要性善悪二元論では解決はおぼつかないこと、など、どれも当たり前のことではあるが、改めてよくわかる。(プーチン氏はいかにウクライナがロシアなのかについて述べたが、ウクライナから見れば「これでもか」というくらいロシアに踏みつけられ蔑ろにされてきた歴史がある)。これらは『国家』や『国民』ではなく『民族』という切り口で観てこそ、よりよく理解できるのだ。本書の有用性や意義が示される一例となった。

現在を読み解く良質な辞書として

 宇山は多数の本を執筆しているが、この本が私にとって初めて読む著者の本だ。『民族』という切り口で歴史や世界を眺めることが現在を深く理解することに役立つ。その感触を得ることができたのは有意義なことだった。
 そして、この本は「読者自身が考える」ための素材に徹しているように感じた。700ページ超と分厚い本ではあるが、活字はまあまあ大きめだし、世界中の民族がどのような歴史を持ちどんな場所で、どんなふうに暮らしを紡いできたのか。そういうことに興味があれば、思ったほどは時間がかからず、あっという間に読めるのでは、と思う。ますます流動的になり、混迷を深める世界情勢。今後の世界に、一人の人として、日本人としてどう向き合うのか。そのヒントを提供してくれる本である。

本書の特徴

 本書の特徴は、なんといっても世界の歴史が民族別に網羅的に記述されているところだろう。また最新の科学情報(DNAなど)を踏まえて「民族とは何か」を、最初に定義している。現在の言論空間は『民族』という言葉を嫌うらしい。著者 宇山によると、本書の出版をいくつもの出版社に断られたとのこと。『民族』と書名にあり、内容が『民族』に関わる、ということで。『国家』や『国民』で包んでしまって『民族』を見えなくさせる。そういう圧力が働いている、ということなのだろうか。

民族の定義

コトバンクによれば、民族とは、

〘名〙同じ文化を共有し、生活様態を一にする人間集団。起源・文化的伝統・歴史をともにすると信ずることから強い連帯感をもつ。形質を主とする人種とは別。

コトバンク より  民族(読み)みんぞく

だが、著者 宇山はこうした明示的な定義を採用していない。いくつかキーになる要素を提示しp10-p21、彼が現在、重要視している概念を挙げている。それはY染色体ハプログループと、言語学の『語族』に話者を含ませた語派という概念である。
言語はその形成過程を追うことが可能であり、引いては民族のルーツを探ることが可能だからであるp11。またY染色体ハプログループにはそれぞれの民族に対応する特徴的な型がある、というp18-19。そして「各民族の遺伝子解析の結果、語派のルーツと遺伝子のルーツが一致して推移していることが判明しており、民族のルーツにさらなる確かな根拠を与える要因になっている」p17。
 こうした分野はこれからさらなる研究が進んでいくことだろう。「民族とは」といういわば静的で言語的な定義ではなく、「民族のルーツを探る」ことそのものが民族とは何かを解き明かすことになるという、いわば手続き的な定義を採用した、ということなのかもしれない。あるいは宇山が「新しく『手続き的な定義』を生み出した」ということなのだろうか?そうだとすれば、非常に妥当で新しい定義を生み出したのではないか?(このことについては、もう少し時間をかけながら自分なりに整理を続けてみたい)

歴史観を養う素材

 私にとっては『民族』云々うんぬんだけではなくて、本書は、何か他の歴史の本や、文化文明論とは全く違う何か、全く違う価値を与えてくれるものとなった。先にも書いたように、本書は「読者自身が考える」ための素材に徹しているように感じられる。何か世界で出来事が起きるたびに辞典のように本を紐解き『民族』という視点で事象を眺める身近に置いて、そんなハンドブック的な使い方が相応しいように思われるのだ。

 まず、民族の定義があり、日本から始まり、日本から地理的、DNA的に近い場所や民族から、遠くなる方向へ、ページが進んでいく。辞書として非常に使いやすい。

あえて他書との比較

 例えば、私の中では本書は、梅棹忠夫著『文明の生態史観』とかサミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』などと、本書は全く違う読み方、位置付けになる。

 私の力量で、説明できるだろうか?

 すごく簡単な例えでしか、伝えることができないので、申し訳ないが、私がこれから家を建てるとする。この家というのは私なりの歴史観、だ。「自分なりの歴史観を打ち立てる」というとだいぶ大上段に構えた、大袈裟な物言いに聞こえるかもしれない。だが、人間は自分の周り(自分が『自分以外』と認識する何がしか)について常にある期待や予測、解釈を持つ生き物なのだ。そうやって『決断』という非常にコストのかかる脳内処理を大幅に節約している。朝起きたら体が勝手に自動的に行う行動。行動のルーチン化。これなしには現代生活は成り立たない。古代生活であったとしても、そうだったろう。熟練とは、そうしたものだ。期待や予測、解釈、ルーチン化からわざとハズレてみることを「マインドフルネス」などともてはやしてはいるが、一般人にとってそれは、所詮「休みの日」であったり「休み時間」に「たまに」だからできることにすぎない。たまにするから気づきがある(ずっとこれをしようとすれば、たちまち1日が立ち行かなくなる。そして日常に本格的に導入しようとすれば、必ず指導者のもとで行う必要がある)。
 何が言いたいか、というと、「自分なりの歴史観を打ち立てる」というのは、現代を生きる人であれば、いろいろなものに影響を受け、情報を取り込みながら、ごく自然に日常的に行っている作業なのだ。期待や予測をして日々の決断のコストを減らす、ごく自然な営みの一つなのである。

 そうして、本書はその「自分なりの家を建てる=自分なりの歴史観を持つ」ための素晴らしいパーツを提供してくれる。
 例に出した『文明の生態史観』はいわば建築様式、あるいは建築物の土台とか骨組み構造を提供してくれる。この建築様式あるいは骨組み構造は多分千年は使い続けられるものだろう。他にもあるかもしれないが、私はまだ、代替となるような適切なものを知らない。
 これも例に出した『文明の衝突』。いわば出来上がった家、モデルハウスである。このような家を建ててもいいし、参考にしながら、まったく別の自分の家を建ててもいい。モデルハウスは他にいくつもある。(例えば、ジャレド・ダイアモンド著「銃・病原菌・鉄」などは非常に面白いモデルハウスの一つだと思う。他にもあるだろう)。大抵の歴史書はモデルハウスだ、教科書も。書いた人の歴史観が反映されている。だが建築様式の提示(『文明の生態史観』)上質な素材パーツの提供に特化した本(本書『世界「民族」全史』)に、寡聞にして、まだ他に出会ったことがない。(ここに書いた比喩は個人的なもので、何かを貶めようとしたり、逆に過度に賞賛する意図は、ない)。

 その意味で本書は私にとって貴重な本であるし、他の読者にとっても、読者一人一人にとって意味のある貴重な本となり得るのではないだろうか。
 著者 宇山の意欲と覚悟と、読者の情報を求める力と宇山の意欲と覚悟に応える力幸せな出会いが、アマゾンの「民族研究」売れ筋ランキング第1位に現れているのではないだろうか?

再度になるが、手元に置いて、ことが起きるたびに辞書のように活用したい、本書は、そんな書物なのである。

引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。


おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。

著者 宇山卓栄の本





noteにお祝いしていただきました。よかったら読んでみてください。


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