川島結佳子歌集『感傷ストーブ』
三三五首を収めた第一歌集。醒めた自意識が際立つ。自分の人生には何も起こらない、そしてそんな人生をそのまま受けとめるという意志を感じさせる歌が多い。実際には色々な出来事が起こっているが、作者は決して心を動かされない。心に一枚膜を張って、それを隔てて全てを眺めているかのようだ。
「あっ、雪」で皆空を見る客引きについて行くなと谺する街
「芸人になりたい」と言ったラジオネーム感傷ストーブは今何してる
モヒカンの男が育てる朝顔が咲いたのを知るTwitterにて
雪を告げる心躍るような声、夢を語るラジオのリスナー、朝顔を育ててツイッターで報告する男。描かれる人や物はどこか前向きな要素があるが、作者は強い反応をしない。雪よりもいつもの街の騒音を意識する。簡単には芸人になどなれない現実を、消息の無いリスナーに重ねる。モヒカンの男と朝顔はツイッターで流れて来るから見るだけだ。
四月からベトナムですね歩く時ヒールが右に傾くあなたは
ベランダで部長が育てた青紫蘇は回覧板のように私へ
「三カ月、更新しましょう」派遣元の声聴く春の陽射しのない部屋
職場の歌も眺める要素が強い。ベトナム赴任が決まった女性に対してヒールの片減りを観察する。部長の育てた紫蘇は誰も欲しくないらしく、「私」に回ってくる。また、同僚たちに対してだけでなく、派遣という立場の自分に対しても、寒々とした視線を投げている。
くりほうじ茶ホットを買ったこの国は欲しいものすぐ手に入る国
楽しかった。「た」の音 私は舌先で上顎強く強く叩いて
「くりほうじ茶」というやや凝った商品もすぐ手に入る。作者が欲しかったものは、簡単に手に入った途端、欲しいものではなくなってしまう。楽しかった、と強く発音するのは、楽しくなかったからだろう。
ただ生きてゆくことだけを意識して生きる折り畳み傘を持たずに
雨に備えて折り畳み傘を持つことをしない生き方は清々しいとも取れるが、濡れても別に、というつぶやきにも聞こえる。私は私、周りがどうあっても変わらない、そんな意志表示を感じるのである。
2020.1.角川『短歌』