
角川『短歌』2025年2月号
①月見草咲いてゐたはずはつ夏の未明の事件をきつと見たはず 大口玲子 冤罪が晴れることを雪冤ということを本連作のタイトルで初めて知った。雪冤は喜ばしいが、起こった犯罪は未解決のまま、被害者は無念のままだ。月見草しかそれを見たものがいなかったのだ。
②誰がいくら謝つたとして日常は一日も返し得ず冬の虹 大口玲子 奪われた命、奪われた時間、どちらも帰って来ない。日常が理不尽に奪われ、事件に巻き込まれた人々の時間が不毛に費されていく。現れてすぐ消えて行く冬の虹が、失った時間を象徴するようだ。
③今野寿美「新時代の歌の出自」
〈「亡国の音」では和歌の恋歌を排撃した鉄幹だが、北村透谷の恋愛観などに刺激されたものか、一転して新時代の〈恋愛〉を導入し、「明星」ではその担い手である女性歌人の優先的な育成を意識して編集した。〉
鉄幹の主張はかなり変化したというか、矛盾してるとさえ見えるが、そこに北村透谷などの影響があったと考えると理解しやすい。「恋愛」そのものが明治の観念だから、和歌に表されたものとは違うという考えだったのかもしれない。短歌史だけを見ていては分からないことだと思った。
鉄幹の詩歌集『東西南北』が〈日本で初の活版印刷による個人の歌集出版だった。〉ということもメモっておきたい。
④今野寿美
〈「明星」の多彩な紙面(…)のうちの佐々醒雪による「端唄講釈」が第五号で取り上げたのが、元禄時代の歌謡集『松の葉』の「みだれ髪」であった。端唄は上方の三味線歌謡をいう。〉
〈実際、晶子は数々の散文のなかで幼少期からの三味線への親しみを語っている。意味もわからぬ端唄の詞章(歌詞)さえ身の内に、その韻律とともにしっかりと収めていたらしい。〉
安田純生も、晶子が摂取した和歌短歌以外の影響について述べていた。 現代短歌にポップスの歌詞が影響を与えるのと同じだが、時代が変わると指摘が難しい。
⑤今野寿美
〈『みだれ髪』の刊行後、晶子の歌に熱中して模倣したのは多く青年歌人だった。同時に、彼らはその時代、圧倒的な人気を誇っていた娘義太夫(人形を使わず、寄席などで三味線伴奏によって若い娘が語る浄瑠璃)をたいそう好んでいた。啄木も、杢太郎も、白秋も。〉
NHKドラマ「坂の上の雲」の最初の放送時(2009年)、香川照之演じる正岡子規が娘義太夫に熱狂する場面を見た。アイドルのコンサートで盛り上がる青年といった感じ。そういった芸能からの短歌や俳句への影響もあるのだろうな。
⑥山田吉郎「明治四十年代の変革と模索」
〈短歌史の視点で言えば、明治末から大正期へかけてアララギ派歌人と自然主義的潮流が接点をもち、「「写生」のベースに自然主義のリアリズムを包含したことによって、ほかならぬ「アララギ」の方法が拡充され」たとする篠弘前掲書の立論が注目される。自然主義は明治四十年代の暗い時代相の反映のもとに生起したが、アララギに代表される写生短歌は、そのような自然主義と接点をもちつつ、生活や人生を捉え、写実と主観を融合させる歌境の形成へと向かい、広汎な歌人層の受容を示すようになった(…)〉
巧みにまとめられていて、とても分かりやすい。勉強になる。読めばそうそう、と肯くのだが、自分ではなかなかここまでまとめられないものだ。
⑦加藤孝男「西行の「あはれ」と大正期「アララギ」の美意識」
〈こうした(大正期の)アララギの極点は、韻律と個人の境涯のイメージとが一首のなかで合致するわけで、立派な芸術的な境地をさししめしているといえるのである。
アララギだから万葉調というのみならず中世あたりの「あはれ」の色調をともなった人生の悲哀が、中年にさしかかろうとしているアララギの同人たちにもみえはじめていたのであった。〉
茂吉の西行論から書き起こして大正期のアララギ同人の歌について考察した論。アララギの一面をわかりやすく論じていて勉強になる。
⑧難波優輝「ぐうたら者のための短歌批評:詩の現代美学入門」
〈たとえば、「詩の語り手は誰か」という問いがある。(…)そこに文字がある以上、私たち人間はその文字を発話する何かを想定してしまう。(…)その発話する何かは「詩的ペルソナ」と呼ばれる。〉
〈そもそも詩一般は歌詞のように誰もが口ずさむことができる。口ずさんでいる間、その人は部分的にせよその詩の詩的ペルソナに成り代わる。〉
面白い論だった。特にこの「詩的ペルソナ」という部分。ぜひ原文で読んでほしい文だ。
⑨「言霊の短歌史 狂歌と言霊」
笹公人〈多くの場合、江戸の狂歌本の出版には企画の段階から本屋が積極的に関わっていました。天明期は、今年のNHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公、蔦屋重三郎(蔦重)が活躍しました。〉
鎌田東二〈狂歌は、和歌の余技のような位置付けから見事に脱け出し、枠や身分を越えた会を催したり、本としての出版活動にまで発展を残した功績は大きいと思いますね。〉
いよいよ短歌の世界でも狂歌が語られ出した。和歌短歌史は狂歌を含んだものになっていくべきではないのかな。
今回のこの「言霊の短歌史」は全面的に狂歌を論じていて、とても興味深かった。ここまで狂歌にスポットを当てた総合誌の記事は初めて見るかもしれない。
大河ドラマでも早く狂歌が出て来てほしい。(狂歌やメディア論目当てで見出したけど、それ以前に「べらぼう」面白いよね…。)
⑩くちびるは内臓だからラベンダー色のグロスで湿らせている 川本千栄 「zebra crossing」12首が掲載されています。ぜひお読み下さい!
zebra crossing=「横断歩道」、zebra zone=「導流帯」だそうだ。今回検索して知った。結構びっくりした。
2025.2.22.~25. Twitterより編集再掲