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千利休は田中さん?

千利休という名前を聞いたことのある方は多いと思うのですが、この名前は生まれた時の名前ではありません。生まれた時のお名前は田中与四郎(たなか よしろう)だったそうです。私が初めてこのことを知った時には『田中さんのところの与四郎くん』という言葉が思い浮かび、一瞬で見え方が変わりました。



利休はもともと町人でしたが、その身分では参内できないので、当時の正親町天王(おおぎまちてんのう)から頂いた居士号(こじごう)が【利休】だったとか。



と言っても、利休自身はその人生のほとんどは宗易(そうえき)と名乗っていたそうなのですが。ちなみに「千」という姓は祖父の田中千阿弥に由来すると伝わっています。



私の旧姓は画数が多い漢字で、活字にするとほぼ真っ黒で、しかも読み難いので、小学校の時から読み間違いや書き間違いをされることが多くありました。中学に入ると名前のはんこに予めふりがながついていたので、読み間違いはなくなりましたが、他の人よりその分だけ名簿の中で嵩が高いのが気になっていました。



学校を出てからはもちろんまたまた読み間違いの日々に逆戻りです。例えば病院。違う名前が呼ばれているけれど、もしかしてこれは自分のことだろうか…… そう思いながら、恐る恐る名乗り出て、間違いなく自分だったら、そこで訂正する。この一連の動きを毎回ちょっと面倒だなと思っていました。なのに結婚して名字が変わるとき、慣れ親しんだものと離れる言葉にならない寂しさのようなものを感じたのは自分でも不思議でした。



ふと祖父母が父や母のことを「ちゃん」づけしていた時や、叔母や母がお互いを「ちゃん」づけで呼び合っていることを思い出しました。私が毎日ちゃんづけで呼んでいるのは鉢植え。水やりをしながら声をかけているのでちょっと怪しげな景色かも知れませんが。



名前が変わると同じ人なのにまるで違う人のように見えたり。はたまた同じ言葉でも漢字、ひらがな、カタカナ、と書き方を変えると印象が変わって、見える景色も変わるような、そんな気がするのです。



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光森ちづこ@茶道家/仏語翻訳家
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