「虎に翼」法律の事はハードルが高いけど書かずにはいられない
朝ドラ「虎に翼」がとうとう終わりました。
ずっと見続けてはいましたが、法律の事に疎すぎて掘り下げることが難しく、なかなか感想文が書けずにいましたが、最終回まで見終えた今、やはり悶々とするので自分なりに思いつくままに記しておきます。
まず最初に、タイトルの「虎に翼」の意味は、中国の法家である韓非の著書「韓非子」にある言葉で、「強い者に、さらに強さが加わる」という意味であり「鬼に金棒」と同義です。
◇◇◇
そもそも。
法律とは誰のためのものなのか?
人が人を裁くために必要な倫理はどういうものか?
一貫してそれを模索し続けたストーリーだったのではないでしょうか?
伊藤沙莉さんが主演なので、お笑い要素が強いのかと思ったらとんでもない。
実際に起きた「原爆裁判」(1955~63年)や栃木の「尊属殺重罰事件」(1968年)、少年法改定などを採り入れ、人としての尊厳に迫るなかなか考えさせられる内容でした。
視聴されていない人には解りづらいかもしれませんが、なるべく内容を要約しながらお伝えいたします。
ただし私には法律の知識はありません。
あくまでもドラマを見た感想であり、間違った解釈かもしれないことはご容赦ください。
なぜ、殺人がいけない事なのか
どうして人を殺しちゃいけないの?
未成年者からこんな質問をされたら何と答えますか?
主人公・東京家庭裁判所少年部部長の佐田寅子(伊藤沙莉)は、友達に売春や窃盗をさせた事で補導された並木美雪(片岡凜)からのこの質問をされ、「わからない」と答えた後、
「理由がわからないからやっていいのではなく、わからないからこそやらない、奪う側にならない努力をすべきだ」
と答えます。
実は偶然にも並木美雪の母・森口美佐江(片岡凜)と20年前に出会っていて同じ質問をされた経緯があり、その時の寅子は美佐江に恐ろしさを感じ、向き合うことをしなかった事を悔い、それ以後ずっと自問自答していたことでした。
そして、美佐江は苦悩の末、美雪を産んで間もなく自死してたと知り、なおさらその娘の美雪には同じ轍は踏むまいという強い信念を持っていたのです。
それにしてもこの寅子の答えには、正直なところガッカリしました。
もう少し深いセリフを期待したのですが、一瞬「ん??なんやそれ。」と突っ込んだのは私だけでしょうか?
この緊迫したシチュエーションで、このセリフはあまりにも弱い。
殺人は究極の人権侵害
殺人がなぜいけないことなのか?
この質問には、おそらく私も言葉に詰まってしまい、とっさには要約して答えられないでしょう。
普通に考えれば、自分が殺される側の立場になればわかる事であり、自分がされたくないことを人にするものではないというのが根底にある一般的道徳のはずなのです。
しかし。
まれに殺してほしいと頼まれて実行する同意殺人、自殺を手助けする自殺幇助ももちろん同じくNGなのです。
そして何より、殺人は人の未来の可能性をすべて奪ってしまう究極の人権侵害だと言えます。
誰にも他者の人権を侵害する権利などはない。
死ぬのも生きるのも、第三者の他人が決めることではなく、さらには自分で決めることでもないと思います。
~天寿をまっとうする~
これが、人間、いやあらゆる生物としての当然の権利なのです。
尊属殺重罰規定は違憲
昭和25年(1950)、14歳の頃から実父から暴力的・性的虐待に遭い続け、夫婦同様の生活を強いられ、2人の子まで産まされてきた被告人・美位子(石橋菜津美)が、耐え切れずに実父を絞殺した事件。
判決文の意味が解らなかった
そして23年後、
昭和48年(1973)、桂場等一郎(松山ケンイチ)による判決文は以下の通りでした。
私はこれは正当防衛だと思っていたので、冒頭の「懲役2年6月に処する」に驚き、あとの文面が頭に入ってこず、実刑だと即座に思ってしまいました。
一度、さらっと聞いただけでは理解が追いつきませんでしたが、後々によく聞いてみると、尊属殺に関する刑法200条が差別的であり憲法に違反しているので無効だと言っているではありませんか。憲法の方が間違いだと言っているのです。(コメント欄でご指摘をいただきましたので、打消し線を引いています)
これは長い歳月をかけて憲法上の歴史が塗り替えられた瞬間でもありました。
なにもこんなややこしい言い方しなくても良いのではないか?
前年に寅子の友人の弁護士・山田よね(土居志央梨)が、尊属殺の重罰規定が憲法違反だと断言し、
「無力な憲法を、無力な司法を無力なこの社会を嘆かざるをえない! 著しく正義に反した原判決は破棄されるべきです」
15人の最高裁判事たちの前で目を逸らすことなく堂々と言い放ったよねの姿には感動せずにはいられませんでした。
このシーンはこのドラマ一番のヤマ場であり胸アツのシーンでしょう。
私、人を殺したんですよ?
先に述べた美雪は「どうして人を殺してはいけないのか?」と質問したものの、殺人は犯していません。
しかし後者の美位子は確実に殺人を犯しています。
しかも実父です。
実刑ではなく執行猶予がついてすぐに社会復帰する事に、外ならぬ本人が疑問を投げかけるのです。
とはいえ状況的には異常な現状に追い詰められての行動であり、そうせざるを得なかった精神状態には同情しかありません。
実父のした事の方が重罪であり、普遍であるはずの道徳原理を完全に欠いた所業だったのですから。
それなのに美位子は父親の首を絞めた時の感覚が今だに手に残り、毎晩夢にうなされるという。
私には、それだけで十分に重い十字架を背負った人生だとしか思えず、一番の被害者だと思えるのですが、どんな理由にせよ殺人を犯しておきながら、のうのうと社会復帰していたいいのか?という後ろめたさを感じずにはいられないのもわかる気がします。
娘にこんな思いをさせてしまった実父だけでなく、一人で逃げた実母の責任も、同じようにあまりにも重いものだと思いました。
実母は娘の罪の軽減を望み、実父との間にできた2人の子供も養育するとは言っても、罪を犯してしまった娘・美位子の失った時間は取り戻せないのです。
こんな悲劇を生んだ元々の原因はもちろん父親の異常さですが、その妻である母親も、娘を見捨てた事にかわりなく、私には夫婦そろっての虐待にしか映りませんでした。
少年法は時代とともに変化している
元々の少年法とは、
「少年」としての定義は18歳未満で、死刑適用限界年齢は16歳以上として、大正11年(1922)に制定されたものです。
そして現在の少年法は終戦間もない昭和23年(1947)に、GHQの管理下で制定されたものが原型です。
当時は終戦後の混乱の中、親のいない子が急増し、生きるためにやむなく罪を犯す少年少女らが多く存在していました。
だからこそ。犯罪者が未成年の場合は刑罰を科すのではなく、彼らを保護した上、再教育して更生させるという内容に改定されました。
この時点で家庭裁判所が発足し、彼らの受け皿となったのです。
少年法改定までの長い道のり
しかし、終戦後の混乱を脱して日本が豊かになっていくと、凶悪な少年犯罪が横行するようになり、状況は一変します。
社会秩序のために、少年法の厳罰化を求める声が高まる中、寅子ら家庭裁判所などはその強硬なやり方に反発し、少年法改正の厳罰化と反対派との間に、長年にわたり議論が繰り広げられていく事になりました。
そこで昭和45年(1970)、「法制審議会少年法部会」が設置され、寅子もその委員となり、さらに議論を重ね続け、そこからなんと半世紀以上も経った令和4年(2022)年、民法の改正に伴い少年法も改正されたのです。
18~19歳の少年少女は「特定少年」として、従来の未成年とも、成人とも異なる扱いを受けることになりました。
「特定少年」という概念が生まれただけ大きな進歩なのです。
”きれいごと”では済まされない
極悪な少年犯罪
寅子やその上司・多岐川(滝藤賢一)は一貫して少年たちに「愛を持て」ということが繰り返し語られていました。
私にはこれは甘いと感じました。
というのも、少年による過去の2つの極悪事件が忘れられないからです。
・昭和63年(1988年)女子高生コンクリート詰め殺人事件
・平成9年(1997)神戸連続児童殺傷事件
前者は私はまだ独身でしたので、自分の身に置き換えて想像してしまい、被害者の絶望と無念を考えると眠れなかったのを覚えています。
そして後者は、すでに子を持つ母親だったので、ご両親の怒りを思うとやはり眠れませんでした。
これだけの凶悪犯罪が未成年によるものだというだけで、実名を公表されないまま保護され再育成されて、いずれの犯人も今では刑期を終えて社会復帰しているのです。
一方、被害者は実名を明かされてプライベートをさらされ、家族もろとも人生に大きな弊害がでています。
これはおかしいのではないか?
とても不公平に感じてしまいました。
いくら「愛」を持って青少年に対応しても、道徳的観念を欠いた非道な殺人を、そんな”きれいごと”では済まされていよいのでしょうか。
今週も寅子が、
「愛について語り合いませんか?」と笑顔で言った時、冷めた感覚がよみがえり、なんともやるせない思いになりました。
さらに現在では青少年の犯罪はますます複雑化し、今後も少年法に関しては新たな論点が生まれ、議論され続けることでしょう。
法律は最強のアイテム
どうでもよい雑感
桂場等一郎役の松山ケンイチと星航一役の岡田将生のツーショットは大河ドラマ「平清盛」(2012年)を彷彿とさせるものがありました。
まるで清盛と源頼朝ではないかと思いながらガン見してしまいました。
それにしても岡田将生がイケメンすぎて、白髪もオサレなメッシュのように見えてしまうのは私だけでしょうか(笑)
背もスラリと高いので、寅子と並んだ時の身長差もあり過ぎました。
出来すぎの創作ドラマだが…
寅子の同期たちが、それぞれうまく再会を果たし、いざという時には法律に関して切磋琢磨していました。
確かにこうならないとドラマとしては面白くないのかもしれませんが、リアルな話、ありえないことです。
取り上げた事件を含む交友関係も寅子のモデルとなった三淵嘉子さんの史実と違うところも多いようです。
彼女に兄はいない代わりに弟が3人いましたし、娘ではなく息子が一人いたそうです。
それらはうまくすり替えられて、まったく別のストーリーとして、それなりによく最後はまとまっていました。
さて、最終回まで見終えて私が感じたこのドラマが言いたかった事をまとめて簡単に言うと、
あらゆる不平等を乗り越えて生き抜いた女性法律家の人生を通して、法律とは全ての人にとって公平に味方であることを、「虎に翼」の翼のような誰にでも寄り添ってくれる最強のアイテムであるということなのでしょう。
※トップ画像はACよりDLしCanvaで作成
【参考】
NHK虎に翼