🤱【あなたの為を思って】1mものさし
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父と一緒に過ごした想い出はあまりない。
朝は早くて帰りは遅いサラリーマン。
週に一度の休日は、付き合いゴルフか資格取得の勉強、たまに日曜大工。
学校行事にも殆ど来なかったし、学校のことを自分から話したこともない。
頑固で理屈っぽい父には、母とは違う怖さを感じて自分から馴染もうとしなかった。
日曜日の朝、父の布団の中に潜り込んでいく妹のことを、信じられない気持ちで眺めていた。
勉強のことをとやかく言うことはなかったけれど、行儀や姿勢については厳しかった。
特に食事中に肘をついたり、脇が開いていたりすると食器が飛び上がるほどの勢いで、黙ってテーブルを叩いたりした。
そのせいか、父がいないときには母が、行儀や姿勢に口うるさくなった。
弟と並んで宿題をしているとき、姿勢が悪いと母から怒られた。
そのときには背筋を伸ばしても、宿題に気を取られているうちに姿勢が崩れてしまう。
繰り返すうちに母の声が段々とヒートアップし、1m長さの竹製のものさしを持ってくるのが見えた。
「殴られる‼︎」と構えたけれど、殴られることはなかった。
「ものさし」と「定規」が別物だと知ったのは、これを書き始めてから。
ものさしは長さを測るもので、目盛りが端から刻まれている。
定規は線を引いたりカッターで切ったりするときに使うもので、目盛りは端から刻まれているとは限らない。
因みに当地ではものさしのことを単に「さし」と言うけれど、どこでも通じる訳ではない方言。
母は1mの竹製ものさしを私の背中に、ぐいーっと差し込み「このままでやりなさいっ‼︎」と言い放った。
ものさしは座高より長いから、頭を下げたり前屈みになるのを邪魔した。
背筋は伸びるけれど、読み書きするにはとても苦痛だった。
1mものさしは1本しかないから、その後も弟の背中に差し込まれることはなかった。
一回おきに弟と交互にすれば良いのに、毎回私の背中に差し込まれた。
母が認知症になる前、「ちゃりれれちゃんは姿勢が良いのね」と真顔で言うものだから「子どもの頃、お母さんにものさしを差し込まれたから」と言ってみた。
「へぇ、そんなことあったかしら?」と、更に真顔で言われて拍子抜けしたことがある。
やられた方は忘れない。
セロリと牡蠣がどうしても食べられない時期があった。
セロリは香りが牡蠣は食感が苦手だった。
母は米粒ひとつ残すことも許さなかったので、噛まないように丸のみしていた。
丸のみする私に気づいた母は「もっと小さいときは食べてたのに、どうして食べられないのっ‼︎」と怒った。
母が言う「もっと小さいとき」がいつを指すのか判らないけれど、セロリや牡蠣なんて食べられなくても困らない。
妹には「末っ子だから我儘ね」と偏食を許す母も、私には目こぼしなんかしない。
今ではセロリの香りの良さは解るし、生牡蠣だって食べられる。
今では母には面会どころか、電話もメールも手紙も寄越さない弟だけど、当時は自分が母から可愛がられている自覚は充分にあったと思う。
いつも母が高く配点しているところを掻っ攫っていく。
酵素を飲んで断食をする健康法にも、家族の中でただひとりだけ母に付き合った。
大人になってからも弟を贔屓する母に、「私達は断食に付き合わなかったから仕方ないよねぇ」と、妹とよく慰め合った。
「末っ子だからって我儘だからって、甘やかされていたんだよ」と妹のことも羨んでいた。
口が裂けたら痛いから、妹には言わない。
ここに書いちゃったけどね。
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