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文句なしの大名演、井上道義/NHK交響楽団のショスタコーヴィチ(第2004回 定期公演 Aプログラム)

今日(2/3)は渋谷のNHKホールで、NHK交響楽団の定期公演 Aプログラムの初日を聴いた。

曲目は前半が軽め。
ヨハン・シュトラウスII世/ポルカ「クラップフェンの森で」作品336
ショスタコーヴィチ/舞台管弦楽のための組曲 第1番
-「行進曲」「リリック・ワルツ」「小さなポルカ」「ワルツ第2番」

後半は激重。
ショスタコーヴィチ/交響曲 第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」

指揮:井上道義
バス:アレクセイ・ティホミーロフ(後半のみ)
男声合唱:オルフェイ・ドレンガル男声合唱団(後半のみ)

1曲目のヨハン・シュトラウスII世のポルカはそれ以外の曲と全く脈絡が無いように思えるが、この曲は元々帝政ロシア時代のサンクトペテルブルク郊外の避暑地を題材に作曲されたもので、当初のタイトルは「パヴロフスクの森で」。それを翌年ウィーンの聴衆向けに改題したものだそうな。知らんかった。
井上道義が指揮するプログラムでは、前半にワルツやポルカが含まれることが割とよくある。元々バレエを志していた本人の趣味もあると思うが、
今回は

帝政ロシア時代の優雅で平和な曲

旧ソ連時代の映画音楽=外向けの顔

旧ソ連時代の暗黒面、そして現在起きている戦争への想起

という構成か。
※交響曲のタイトルである「バビ・ヤール」は、ウクライナ・キーウ郊外の渓谷バビ・ヤールを指し、第2次世界大戦中のナチスによるユダヤ人大量虐殺の告発が題材である。

今年末の引退を表明している井上道義の、得意のショスタコーヴィチ、かつN響定期への最後の出演ということで、まず確実にオケ共々気合の入った良い演奏になるとは予想していたが、予想を上回る凄さだった。

前半2曲は演奏時間合計で正味20分弱程度の小品(実際は拍手や楽器やメンバーの入れ替えがあってもう少しかかった)だが、これだけでも既に演奏の充実っぷりが伝わってくる。
踊るような指揮で、曲自体も遊び心があって楽しくノリノリの演奏。
井上道義はこういう曲でオケを乗せるのが実に上手い。
客席も沸く。

そして後半は、緊張感漂う冒頭から最後まで、文句のつけようがない凄み溢れる名演。
合唱団とソリストが加わっているが、いずれも理想的。全く力んでいるように見えないのに、深い響きが朗々と出て余裕があり、表現の幅がある。
そこに本気になったオケが加わり、歌と楽器が密接に結びつき、一体となったショスタコーヴィチの音楽はそのまま現在進行形で起きていることへと結びつく。
井上の演奏は、要所要所で普通なら目立たないような箇所にスポットライトを当てるようにして浮き立たせたり、楽器同士のバランスを変えて曲に異なる表情を見せたり、ということが多いと感じている。ショスタコーヴィチの場合はそれが特に効果的で、ことごとくハマっていく。

井上とN響は2022年10月にも同じくショスタコーヴィチの「交響曲第10番」で共演しており、その演奏もとても素晴らしかったが、明らかに今回はそれを超えていた。
直近だと、2023年10月に群馬交響楽団と神懸かり的な「交響曲第4番」の演奏を行っているのだが、それに匹敵するレベル。
井上道義自身にとっても会心の出来だったのではないかと思う。

カーテンコールはブラボーが飛び交い、とても盛り上がった。
最後は多数の聴衆がスタンディング・オベーション。

冒頭の写真はカーテンコール時の井上道義とアレクセイ・ティホミーロフ。

下の写真は、ステージ後方がオルフェイ・ドレンガル男声合唱団、ステージ上手の前にいるのがそのリーダー(?)さん。

本当は明日(2/4)の2日目の演奏も聴きたい。
というのも、大抵どこのオーケストラもそうだが、同プログラムで複数回のコンサートがある場合、後の日程のほうが初日よりも更にこなれていて素晴らしいことが多いからだ。
特にNHK交響楽団の定期演奏会は、初日にカメラが入って放送用の録音・録画が行われる分、初日はやや緊張感が強めとなる。一方2日目の演奏のほうは初日の結果を元に指揮者もオケも修正をかけてこなれており、かつ緊張感も適度に解けている。また、初日で聴衆の反応が良いと、2日目は更に自信を持って演奏する。
ただし、当然ながら2日目は通常は録音・録画されないのでそちらはアーカイブに残らない。連続で聴いた人の「2日目のほうが更に素晴らしかった・・・」という噂が残るのみ。
今日の初日の演奏が文句なしの大名演で聴衆の熱狂も凄かっただけに、明日は熱量が上がって更に素晴らしい演奏になると思われる。

が、残念ながら新国立劇場の「ドン・パスクワーレ」と被っているのでパスなのだ・・・。

無念。

ともあれ、今回のコンサートの満足度は比類が無い。
明日(2024/02/04)は14:00開演。
都合がつく人なら、まだ当日券はあると思うので、是非NHKホールで体験してきてほしい。



それにしても、こうやって聴くと、やはりショスタコーヴィチはオペラの人でもあったんだなぁ、と思う。
歌劇「ムツェンクス郡のマクベス夫人」を初めて視聴した時、交響曲第4番との類似に驚いたが、「バビ・ヤール」は詩を付けた交響曲でありつつも、テキストと密接に関連した音造りは明らかにオペラを強く想像させる。


そういえば「バビ・ヤール」はインバル/都響という、これまた理想的な組み合わせの公演が2025年2月にある。
インバルもショスタコーヴィチのスペシャリスト。
どんな演奏になるのか、そちらも非常に楽しみだ。

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