すごく安くて、傍につく女の子たちも可愛くて、飲み放題かつ食べ放題の店があるとの情報を、居酒屋の隣の席に座った茂から聞いた私は、レシートの裏に書かれた地図を頼りにスナック街を歩いていた。私はすでに酩酊状態にあり、看板が七色の糸を放つ発光体のように見えた。胃は溶鉱炉のように熱く、今にも内容物を吐き出しそうになっていた。終電はもうとっくに過ぎ、タクシーも姿を見せない。私の履いているサンダルの音しかしない静かな夜だ。街灯が途中で途切れ、真っ暗な中足を進めた。夜目に見えるものは、すっ
とりたてて何がある訳でもなかった俺の町に、ある日ゾンビが大量に出現した。吊り橋がかかる渓谷の下でゾンビは発見された。数は百体ほどで、橋から眺めることができる。全国版のニュースで連日とりあげられたことにより、多くの観光客が町に集まった。行政は町おこしの起爆剤として、ゾンビを観光業に活用しようと躍起になり、土産物やツアーを大々的に宣伝して、それが成功した。何もなかった町にはゾンビをモチーフにした垂れ幕やポスターで溢れかえり、俺の知っている町の風景はどんどんと変わっていった。
美空ひばりの『リンゴ追分』が流れているからといって必ずしもそこが青森ではないように、阿波踊りをしている人がいるからといってここは徳島ではない。 ここは青森県南津軽郡。我ぁは一人阿波踊りを踊っている。明け方の薄暗い部屋の中で、我ぁは徳島に思いをはせて阿波踊りを踊っている。映像では見たことがあるが、所詮は素人芸のため本場・徳島の方々からすれば未熟も未熟、噴飯ものであろう。ところで先程から一人称として使われている「我ぁ」という言葉だが、「わぁ」と読んでほしい。「我ぁ」は津軽弁
何の前触れもなく息子が帰って来た。息子は三十になっていたはずだった。ずいぶん太っていて、無精ひげが生えている。しかし小さな二重の目は変わっていない。スポーツバッグを手に持って、二階に上がっていく。一週間で帰ると言った。しかし一週間経っても帰る気配はなかった。 何故家に戻って来たか。何があったのか。いろいろ訊ねても息子は「疲れている」と言って具体的なことは答えなかった。私は心療内科の受診を勧めたが、息子は首を縦に振らなかった。 妻は二年前に他界した。葬儀に来るように息子に何
本編①、②、③はこちら。本編①https://note.mu/carnofsilver/n/n95c1ef50fff1 本編②https://note.mu/carnofsilver/n/n197d4bfea2e3/edit 本編③https://note.mu/carnofsilver/n/n1c29679214b1/edit 深夜、電話が鳴った。僕は病院へと向かった。医者と看護婦に囲まれて、妻は僕を待っていた。人工呼吸器をつけた妻は、呼吸する度に身体を持ち上げ、
本編①、②はこちら。本編①https://note.mu/carnofsilver/n/n95c1ef50fff1 本編②https://note.mu/carnofsilver/n/n197d4bfea2e3/edit 僕は彼女の病室にいた。彼女は点滴を打たれ、拘束ベルトに繋がれて眠っていた。僕は彼女の顔を近づいて見た。黒く艶やかな長い髪からは乳脂の香りがした。頬を触ると、まるで何か白磁器のようにさらさらとしてきめが細かく、いつまでも触っていたかった。僕は彼女の左腕を
本編①はこちらから。https://note.mu/carnofsilver/n/n95c1ef50fff1 妻が喀血したのは僕が見舞いに行った帰りのことで、午後三時十二分だったという。 「急いで来て下さい。奥さんが血を吐きました」 と携帯電話越しに聞こえる冷静な看護婦の声に、僕は何だか無性に腹が立った。もっと慌てろ。この世の終わりが来たと思え。そう言ってやりたかった。しかし、そんな言葉を出す前に、僕は病院目がけて自転車を漕いでいた。苦しそうにしている妻の顔が脳味噌を
どうも。お読みいただきありがとうございます。百歩蛇です。 「ジャムおじさんを殺したい」……何とも物騒なタイトルですが、 別にジャムおじさんを憎んでいるわけではないです。念のために。 この作品は僕の中で一つのターニングポイントになっています。 「ジャムおじさん~」を書いてから自分の中で明らかに何かが違ってきました。思い入れの強い作品です。 初めて小説を書いてから一年半経って、ふと「同じ人を殺し続けたらそこに愛が芽生えるのではないか」と思い、一気に書き上げました。
熱帯の夜空に、九官鳥が三羽飛んでいない。そんな光景を見たことがない。僕は目殺をするために、日本の東北地方のとある民家の窓辺で双眼鏡を覗いていた。そしたら茶雌が現れたから僕は目殺しようと思った。茶雌をじっと睨み、頭の中からショットガンを取り出す。このショットガンは今まで数々の命を木端微塵にしてきた。しかし、このショットガンを手にした者は全員銃口を口に咥え、足の指で引き金を引き、自らの頭をぶち抜いているという。正にいわくつきのショットガンだ。だが、僕はそんな馬鹿な奴らとは違う。
はじめまして。百歩蛇といいます。以後お見知りおきを。 「駐車場裏の汚ねえ紐」を書いたのはもう何年も前のことです。「馬鹿馬鹿しいけど何かすごい」というコンセプトで書き始めたのを覚えています。文体も従来の自分の小説のものとは変えて文学賞に挑んだのですが、結果は一次選考も通りませんでした。その時は「審査員何考えてんだ!」と激高しましたが、改めて読み返してみると、まだまだ至らない点がいくつもあって気恥ずかしさを感じました。でも自分としては気に入っている作品の一つです。馬馬馬なんて読
前編はこちらから。 https://note.mu/carnofsilver/n/nd5b3d0c17177 13 自分はいつものように(という言葉が正しくなっていることに驚くが)紐をみつめていた。ほんの十数秒のことだったと思うが、肩をたたかれた。 「オメ、そごでなにやっちゃんだ?」上司の木村だった。 「あ、いえ。ちょっと考えごとを……」 「なんがじーっと見でらんでねえが? ん? 紐あるな。オメ、紐見でなにしてらんだ?」 「いえ、なんにもしてないです。本当に考
1 尼さんの頭ほどのおおきな石。 そのそばには髭を蓄えた巨体の中年男性がたっている。 「今からこの石を動かすからね」 群集は固唾を飲んでそれを凝視。 気球にのった天麩羅屋、虚空より出現。 「天麩羅屋さんだ!」 群集はたちどころに中年男性の前から消える。 砂埃舞うなかひとりの少年だけがぽつねんと荒野に佇立。 中年男性は口を開く。 「ごらんのように意思(石)が動きました」 「爆ぜろ」 中年男性爆死。 少年はおおきな石を携え荒野を歩く。 少年の名は馬馬