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「ゴキゲンな私」でいなくても、あなたは既に誰かを救っている。

はじめに ― ショパンとOggi ―

YouTubeでショパンを聴いていた。
ショパンはCis-mollのワルツが好き。

よく、モーツァルトの曲は神が作曲した、と言われるけど、ショパンもそう感じることがある。(ベートーヴェンの曲はベートーヴェン本人が作曲したそうです)

作曲科の同期にも「降りてくる」タイプの作曲家がいて、そういう人は神(音楽という概念、と言い換えても良い)と繋がって作曲しているのだろうなと思う。
私は半々だ。降りてくるのはアイデアだけで形にするのは自分ということが多い気がする。けっこー頑張ります。

カフェで動画のショパンを聴きながらOggi(女性向け雑誌)の記事を読んでいたら、この文章のアイデアがふと降りてきた。
いつも詩は短めだが、今日は長いと感じたのでエッセイにしてみました。

「いつでもゴキゲンでいましょう」って誰が決めたの?

Oggiの記事には、「社会や学校から決められた価値観」を疑問視する方の半生が書かれていた。
(記事紹介のリンクでも貼れればよかったのだけど、Webでは見当たらなかったので、ぜひ雑誌を読んでみてください。冒頭の方の連載です)
その方はそれらの価値観を疑問視し大学で研究するも、いざ社会に出てみたらそれらの価値観に飲まれてしまった自分に気付いた、とのこと。
いつの間にか「頑張る」とか「競争」とか「選ばれる自分でいなさい」とかそういった「社会の常識」「一般的な価値観」の渦の中に巻き込まれてしまっていたのだとか。

「いつでもゴキゲンでいる」なんて土台無理な話。
その方はそうおっしゃっていた。

私の周りにも、「いつでもゴキゲンでいましょう」だけでなく様々な価値観が文章や音声となって溢れている。
「自分の機嫌は自分で取りましょう」
「お金を稼ぐために仕事しない。お金は後からついてくるもの」
「コミュ力大事」
「いつでもどんな場所でもリラックスして楽しんでいましょう」
それこそnoteにだって溢れている。
そういう類のHow toやアドバイス、コメント。
「ああしましょう、こうしましょう、こうあるべき、これが好ましい」という言葉。
※この文章もそうかもしれない。

……それらは、確かに好ましいし、それができる人はよりよい未来を掴むのかも知れない。

……でも、「こうでなきゃいけない」ということはない。
「こうであったら何よりですね」というだけのお話だ。

世の中に溢れているのは、他人の言葉だ。
ゴキゲンな私というのは、世の中が作り出した偶像で他人軸の基準にすぎない。
他人の考えなのだから自分の考えと違って当たり前だ。
他人の考えなのだからとらわれすぎなくていい。
自分の言い分もあるはずなのだ、よくよく自分の声に耳を澄ましたら。

その自分の声を聴くことは、自分の弱い・ダメな部分の声を聴くことかも知れない。
「いつでもゴキゲンでいましょう」
という他人のもっともらしい言葉に対して、自分の声は
「そんなの無理! ムカつくときはムカつくし落ち込むときは落ち込む! 私をコントロールしようとしないで!」
と反論してくるかも知れない。
それでもあなただけは、あなた自身の声を聴いてあげてほしい。
「そうだよね、ムカつくし落ち込むよね。そういうことだっていくらでもあるよね」
と、同意してあげてほしいのだ。少なくともいったんは。

「いつでもゴキゲンでいましょう」
なんて、他人の言葉であり他人の基準だ。
他人の基準に従わなくたっていい。
あなたはあなた自身の基準を、言葉を大事にしてあげてほしい。

そうして自分の声を聴き、自分に同意してあげた上で。
それでもなおその他人の言葉に惹かれるのなら。
自分の意志でその他人の言葉を選べばいい。

誰の言葉や意見を採用するか、誰に影響を受けるかは自分で決めることができる。
他人のアドバイスは他人の基準だから他人の世界のこと、それを自分の世界に取り入れるかどうかは自分次第なのだ。

「どうしたらいいか」を誰かに決めてもらうのではなく自分で決めるのだ。
自分の意志で、他人の言葉を取り入れると選択するのだ。

まずは、世の中に溢れる他人の言葉、他人の基準に対して、違和感を覚えていないか気付くのが大事。
気付けたならおめでとう、それが第一歩だ。
次はその基準を採用するかしないかを自分で決める。自分で選ぶ。

私のこの記事も私の基準であってあなたの基準ではないから、採用するかしないかはあなたが決めてね。
ぜひとも、この記事を読んであなたの内側に違和感が出てこないか、気付いてあげてほしい。気付けたならそれが第一歩だ。
違和感が出てこなかったら、あなたは私と同じor似た意見なのかもしれない。

ただ自分の役割を全うしているだけでいい

今もこの記事を書きながら、冒頭のピアニストYouTuberさんの動画を聴いている。
(今はラヴェルです。ラヴェルやドビュッシーも好き)

このピアニストさんの動画、特にショパンを聴いていると、いつも不思議な感覚になる。
何かをやりたいという衝動。そして救われるような感じ。私のエゴやネガティブが洗い流されていく感じ。

この動画のピアニストさんは前田勝則さんというそう。
私は寡聞にして存じ上げなかったが、しょっちゅう聴かせて頂いています。

私はいつもこのピアニストさんの動画に救われていることになる。
そして、別の見方をするなら……
このピアニストさんはピアノを演奏しているだけで、見ず知らずの私を救っているということになる。
すごいことだな。

それと同じで、あなたもただあなたのことをしているだけで誰かを救っているかもしれない。
会ったこともない誰かかもしれないし、身近な誰かかもしれない。
別にゴキゲンでいなくたっていい。ムカついたり落ち込んだりしていたっていい。
ただあなたがあなたのことをしているだけで、いや、あなたがあなたとして居るだけで、あなたは既に誰かを救っているかもしれない。

「あなたのこと」って何だろう?
学校に行くことかもしれない。母親業かもしれない。お仕事かもしれないし、ご飯を食べることかもしれない。
もしかしたら「ただ何もせずそこに居ること」かもしれない。

私だったら、作曲かもしれないし編曲かもしれないし文章を書くことかもしれない。
もしかしたら「ただ誰かからやさしくされること」かもしれない。

その「あなたのこと」をしているだけで、あなたは既に誰かを救っているかもしれない。
どうか、それを忘れないで。

おわりに

今日はショパンとOggiのおかげでずいぶん長い文章が書けました。
冒頭動画のピアニスト前田勝則さんと、Oggiの記事の方(お名前忘れてしまった~~!!)に感謝を。
私は彼らに救われました。この記事もまた誰かを救います。多分。しらんけど。

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