区切り~小説『冬のひまわり』~
スタンドのはずれの、鈴鹿の海が見える場所。
毎年7月の終わりに、年に一度、耐久レースの日、その場所で会う二人。
先週の記事で紹介させて頂いた短編漫画『冬のひまわり』と、タイトルは同じだが、違う作者の別作品。
小説『冬のひまわり』は、夏に鈴鹿サーキットで出会った主人公の女子高生(遠野 麻子)と二十歳の大学生(森谷 透)の20年間の関係に、どのように区切りをつけるかを追っていくお話。
初めて出会った日、鈴鹿から麻子の自宅近くまで、透のオートバイに同乗した、二人にとって忘れられない晩。
その後、いつまで経っても消えない想い。
結ばれもせず、絶ちきれもせず、ただ時間だけが過ぎていく。
一度は別れ、麻子は結婚し、会えない夏があったにも関わらず、切れない糸のように、また繋がる二人。
二人が会う場所は、いつも鈴鹿サーキットのメイン・スタンドの端。
そこは、何十万の観客のいる熱気の中、二人だけで向き合っていられるような気がする場所。
いい加減、この関係に今年で区切りをつけなければ…と迎える、二人が出会ってから20年目の夏。
麻子は1つの計画を立てる。
耐久レースの始まる11:30から、終了する19:30まで、炎天下のあの場所で、8時間以上も彼が自分をずっと待ち続けてくれたなら、彼の前に姿を現し、何もかも捨ててついて行こうと。
けれど、彼が途中でいなくなってしまったら、今後は鈴鹿へは行かず、ずっと夫のそばで生きていこうと。
そして始まる耐久レース。
真夏の日差しが照りつけるあの場所で、レースの2時間以上も前から、麻子が来ると信じ、その場から一歩も動かずに済むよう、朝から何も食べずに立ち続ける透。
そんな透を、メイン・スタンドと反対側に位置するピットの屋上から見つめる麻子。そこは、透からは見えない場所。彼女も、彼と同じように一歩も動かず、激しい陽射しの中で立ち尽くす。
2人の運命を賭けたレースが始まる。
暑さで2人とも、何度も倒れそうになりながら、レース終了まで、あと1時間ほどに迫るが…
絶ちきれない恋人への想いと、そんな自分を大切にしてくれる夫との間で悩む麻子。
外国に行ったり、他の女性と付き合ったりしているうちに、何となく独身のまま、年を重ねた透。
他の男性に想いを寄せている麻子のすべてを受け入れて結婚し、恋愛と結婚は違うと言う、器の大きい麻子の夫。
二人の関係を、時にイライラし、からかいながらも、手を貸してくれる中学時代からの麻子の友人。
決して2人だけの世界ではない恋愛。
作者は『百寺巡礼』『親鸞』等の作品が有名な作家。
作中にも『親鸞』『蓮如』の単語がチラッと登場する。
つかず離れず、細い糸のように長く、いつ果てるとも知れない二人の恋愛を、真夏の耐久レースに重ねて描かれている物語。
この先生の作品と言えば、エッセイが真っ先に思い浮かび、恋愛小説のイメージがあまりなかったので、意外な一面を見たような気がした作品。
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