見出し画像

邪道作家三巻 聖者の愛を売り捌け 分割版その1 続話リンク付き

新規用一巻横書き記事

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事


テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


簡易あらすじ

聖人は金になるか? 答えはイエスだ。

いや、別にかけるつもりは無かったが───まあいい。大工手伝いに興味は無い。さて、このたびは偉業を成した聖人候補、その素晴らしい精神性はそれはそれとして作者取材に丁度良いという訳だ。

聖女など、表紙に貼り付けるだけで金になりそうだしな──────いいものだ。

無論神も仏も「個人的に私を嫌っているのは間違い無い!!」と断言出来る私にはどうでもいい。大体、生まれついての悪だからって差別して恥ずかしくならないのか?

差別主義者め、地獄へ堕ちろ!!!

愛? 相手が良ければそれで良いだと?

ならばその頬を殴らせろ!! これはそういう物語だ。違っても特に反省も保証もしないが、別に構わないだろう?

無銭通読に人権無し!!

以上だ。大体が読んで判断しろそんなもの。



 その女は悪魔だった。
 人を惑わすわけではない。
 人を騙すわけでもない。
 ひたすらに健気で、神を愛し、それでいて脇目もふらず、好意を向ける男にさえ目もくれなかった。
 その女は悪魔だった。
 というのも、その女は人間を愛していたからだ・・・・・・これ以上の悪はどこにもない。そう思えるほど女は人間を愛していた。
 女は許した。
 罪も悪も背徳さえも、これ以上気高い聖人はいないと、誰もがそう思っていた。
 許されることで人々は自分たちの罪を忘れ、女に罪を告白することで、自分たちの罪を無かったことにしようとしたのだ。
 何という滑稽な喜劇だ。
 これを笑わずして何を笑う。
 問題は、その女に自覚が足り無かったところにある・・・・・・これは愛の物語。
 つまり嘘八百であり、馬鹿馬鹿しい虚像の物語だ。読者ども、騙されるな。
 愛など幻想だということを。
 

   0

 女の話をしよう。
 
 その女は惨劇に揺るがなかった。
 多くが死んだ。
 その女の家族も、親族も、数えるのが馬鹿馬鹿しいほどの「多く」その中には彼女自身が含まれてはいなかった。
 これは天啓だと、
 ここで生き残れたのは神がお守りくださったからだと彼女は信じた。馬鹿馬鹿しい話だ。あえて主観である私の言葉は挟まないが、しかし、あろう事か神ときた。
 神、そして愛。
 これほど見栄えがよいくせに、現実に何の影響も及ぼさないモノはない。信じるは自由だ。しかし助けを求めるなら不自由だ。
 この世に生を受けて足し算を覚えた辺りで人間は考えるだろう。曰く「なぜこの世は不条理なのか? 神はいるのか? 死とは何か?」人それぞれなどと誤魔化すのはしない。
 神がいたとして、役には立たない。
 ならば心の支えにしようという人間は多い。多いが故になのか、彼らは気づかない。
 心とは、誰かに支えて貰うものではないのだ。 人任せにしたツケを払わざるを得ない、あらゆる人間に降りかかる「不条理」という怪物は、いともたやすく心の支えを取り外す。
 なぜ私が。
 口にすることは簡単らしいが、答えを出すことは出来ないらしく、彼ら彼女らはあっさりと支えを捨てて、この世全てを恨み、こんな世界は違っていると声高に叫ぶだろう。
 だが、その女はしなかった。
 信じたからだ。
 意味はあると、生き残ったからにはなさなければならない使命があるのだと。
 馬鹿馬鹿しい。
 これが作品なら駄作も良いところだ。何にせよ女は「これは神が与えた試練である」と納得することで、愛と信仰と純潔と死の恐怖から逃れる心を会得した。
 人のため、人のため、人のため。
 聖者の末路はそんなものだ。だが、違ったのは物書きの一人が彼女に心を奪われたことだ。
 同じ物書きとして正直理解し難い出来事ではあったが、まぁその男は物書きとしても三流だったので、私のようにネジが足りない部分は極々一部であり、人間をやめてはいなかったのだろう。
 昔は良い作品を出していたようだが、現状は酷いモノだった。読者に媚び、メディアに媚び、媚びることで作品を売り出したら終わりだと、端から見ている私が思うほど、作家として落ちるところまで落ちていた。
 しかしそれでも心があるのなら、愛か恋かはしらないが、人に思いを抱くことはあるらしい。
 その男は聖女である女に心奪われたのだ。
 しかし現実は残酷だ、女は「人間を愛するから」と断った。

 愛は愛されることを望む欲望だ。

 神はすがりつくための道具だ。

 死はさらなる旅路だ。

 たかがその程度のことにすら気づかなかった、いや私が察していないだけで他の答えを出したのかもしれないが、甘酸っぱい物語、つまりは駄作と言うことだ。
 愛、神、そして死。
 これほどつまらない題材もない。共通点がある以上、簡単に答は出せるだろう。
 答えに懊悩する若者の物語というわけだ。あんともチープでつまらないがしかし、関わるのが他でもない邪道作家、この私で有れば結末も変わってくるモノだろう。
 悲劇か喜劇か、いやどちらも見せ物という点では同じだろうが。
 では、語りだそう。
 人間に出せる答えは知れている・・・・・・・・・・・・自分自身の確固たる意思で答えを作り、道しるべにしなければならないという共通の問題だ。
 答えは出たか?
 まだ出ないと言うなら始めよう。せいぜい苦悩しろ読者共。作家は読者を導き、騙し、語り、そして道を示すのが仕事だからな。明かりを忘れるな、準備は良いか? さぁ
 
 物語の幕を上げよう。

   1

 私は神の家にいた。
 恥ずかしげもなく神と愛と説教を垂れ流すこんなところに、私がいる理由は単純だ。
 作者取材である。
 愛というモノが真実「この世の幸福」であるならば、とりあえず見て調べておかなければという判断からここへ来た。
 ステンドグラスは礼拝堂を神々しさで埋め、光に満ちた神の聖域を演出していた。だからといって神がご加護をくれるかどうかと言えば、そうでもないだろう。用は説得力の有る無しだ。
 その女の祈りは儚く、そしてそれらしかった。 それらしく、聖女のように見え、そしてまるで祈りが届いているかのように見えた。見えるだけで、この女の経歴から考えれば、見捨てられたといって差し支えないのだが。
 金の髪は聖女のイメージを彷彿とさせ、白く潔白な修道女としての姿は節制を主とする人間の見本のようだった。人間の正しい在り方を前進で表現しているように見て取れた。
 私から言わせれば、そんなものは価値のないモノでしかないのだが・・・・・・万人の正しさの基準ほど曖昧ですぐに変わり、かつ役に立たないモノはない。
 だが、圧倒されたのは事実だ・・・・・・どんな在り方であれ、極めれば人間、それ相応の雰囲気を放つのだろう。
「お待たせしました」
 振り向かずに祈った姿勢のままで、そんなことを女は言った。シャルロット・キングホーンという名前、キングホーンというのは地元の貴族の名前らしいが、まぁ私からすれば貴族であろうが義賊であろうが同じに見える。
 問題はただ一つ、金になるかだ。
 違った、作品のネタになるかだ。
 人間性など、どうでも良い。そんなモノの判断は偉そうな公僕にでも頼んでおけばよい話だ。
 とはいえ、この女の人間性は、世間的には棄権しされているから殺しではなく破壊の依頼が綿足に舞い降りたのだろう事を考えると・・・・・・・・・・・・いや、その話はまた今度だ。
 作者取材のため。
 大抵のお題目はこれで何とかなる。
「取材の依頼を申し込んだものだ。とりあえず、話を聞かせて貰って良いだろうか?」
「ええ、構いませんよ」
 そういうと、恐らくは普段信者たちが祈りを捧げるために座っているであろう横長い椅子に、座った。私は無神論者ではあるが(神と何回も取り引きしておいてどうかとは思うが)存在自体はともかく、その有無はともかくとして、別に敬ってはいないので、少し間をあけてもたれ掛かるように座った。
「だらしないですよ、神の御前です」
「それについては、今更どうしようもない話だ」「・・・・・・?」
「なんでもいい。話を聞かせて貰いたい」
 そうは言ったものの、何を聞こうか?
 物語に流れのようなものがあるならば、この場では何か、今後の壮大な前振りを聞くのだろうが・・・・・・何度も言うが、私は主人公ではない。
 この世に物語があったとして、せいぜい語り手に過ぎないだろう。そうでなくては作家などやってはいられまい。
 何かセクハラじみたことでも聞いて惑わせようかと思ったが、やめた。ふん、そうだな。
 ここは珍しく王道でいこう。
「恋人がいるという話だったが」
 そう切り出すと、彼女は飲もうとしていたらしい紅茶を吹き出した。私が座っている間にわざわざ二人分、持ってきて先に飲もうとしていたらしいが、しかしそれは台無しとなった。
「どうなんだ? 神に身を捧げつつ、他の男とも縁を持つというのは。女という生き物は恐ろしいよな、神ですら男で有れば手のひらの上だ」
「いません」
 彼女はそう言った。そして「居てはいけないのです」とも。
 元々、大した興味もないのに私がここに来た理由は、主にそれが原因だったからな。
 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬと言われるが、しかし馬のいないこの惑星ならいくらからかっても何の咎もないはずだ。
 あったとしても、知らないが。
 だから追求することにした。
 神は愛を肯定しても、恋は否定するのか? それは物語のテーマになるし、傑作を生む肥やしになるだろう。などと教会の中で考えているのだから、今更神におべっかをつかったところで仕方有るまい。
 だから聞くことにした。
「それは何故だ? 成る程神を愛することは汚れがなくて美しいのかも知れないが、しかし美しくあるために個人の幸せを食いつぶすような存在を神などという、大仰な名前で呼べるものか?」
 少し躊躇したが、彼女は、
「私は、皆の期待をこの背中に背負っています。何億という信徒たちが、私に期待しているのですから、私個人の幸福を優先することは、神の教えに背きます」
 聖人、というものをご存知だろうか。
 教会の機構の象徴みたいなものだ。簡単に言えば国家が分かりやすい威光を求めるように、宗教だって分かりやすい「結果」自分たちの成果を欲しがるのは無理のない話だ。
 死後、2回も奇跡を起こさなければ認定はされず、本来は誰もが知る、聖人たちを称えるものだったらしいが、組織が大きくなり欲望が肥大していくに連れて、聖人判定はそういった人間たちの欲望にまみれていった。
 その聖人になる可能性。
 そんなものを内包する女がいれば、当然の事ながら期待はする。メジャーリーガーとして活躍するに足る実力を持つ若者に、まさか自身の幸せを優先して田舎で過ごせと教える奴はいないだろうと思う。
 これはそういう類の物語だ。
 だが、そんな目に見えない奇跡、居るのかも分からない神、その他大勢の人間の期待、そんな有るのか無いのか分からないものに、人生を左右される事があるという事実に、私は我慢があまり効かない人間だ。
 だから言ってやった。
「馬鹿馬鹿しい、神の教えという言葉を、言い訳に使っているだけだろう」
「・・・・・・何ですって?」
 おお怖い。
 女の怒りは手に負えない。相手が男であれば切り捨てれば済む話だが、相手が女ならあの世の果てまで呪われそうだ。
 男は怒りの元をすぐ忘れるが、女は日々の記念日から大昔の諍いの理由まで、全て忘れたりはしないからな。
「事実だ。そもそも、神の教えといえば聞こえは良いが、そも神が教えたからと言って服従する理由など人間にはない。仮に神がいたとして、人間では思いも付かない、素晴らしい教えを説いたとしよう」
「説かれました。その教えは脈々と受け継がれ、この遠い未来にまで聖書は存在します」
 それは正しい。
 しかし、間違っている。
 それを教えてやらねばなるまい。実に面倒ではあるが。
「我々は神の分身では無い。神がどれだけ素晴らしい結論を出そうが、能力的に優れた者が自分たちの結論を教えているだけだ。神が真に全能であり全知だったとしても、我々人間は従わなければならない理由などどこにもない。奴隷ではないのだからな」
「神は我々をお作りになった造物主です。そういう考え方は不敬ではありませんか?」
「何か悪いのか?」
「だって、それは・・・・・・」
 私はため息を付いた。
 宗教はこんな科学の果ての世界でも、あまり進歩はしていないのだろうかと。何の変化も無く遙か未来まで受け継がれたことは賞賛に値するのかも知れないが、だからといって、変化しないで良いわけがないのだ。
 変化しない宗教など、ただの化石だ。
 人間の意思で手を加え、いつか追い越した上で「人間の答え」を出さなければ意味がない。それも組織としてではなく、各々が個人として、その答えを出せなければ、神の教えは活かせていないのでは無いだろうか?
「例え神が全知全能だとしても、その答えを盲目的に信じて良いわけがないだろう。神が間違えるかも知れないし、絶対的に正しいとしても、それは神の目線から見た正しさだ。我々人間がそんな事ばかり考えてどうする? 自分自身の心の答えが、結局のところ真実なのだからな」
 心があるのかどうかも私がこんな事を言うのは皮肉でしかないが。
 だが、神の答えよりも心の答えを優先するのが生き物の在り方ではないのか? 自身の心に嘘をついてまで貫くモノが、本当に正しいのか?
 一作家として気になる話題だ。
 私は私の作家としての業に従って、その答えを突き止めるべく、彼女に追求するのだった。
 が、しかし。
「今日はお帰りください」
 と門前払いを受けることになった。踏み込みすぎたか。何にせよおとなしく帰る(帰る場所など無いのだが、まぁ何処かに泊まろう)ことになった私を、その男は待ちかまえていた。
 貧相な男だった。
 背は低く、目は腐っている。
 だが、見覚えはないが私は知っていた。なぜならその男は私と違ってメディアに露出し、作品をデジタルな媒体で売りさばいている、所謂売れっ子作家、つまりはいけ好かない輩というカテゴリの人種であるという事を、私は事前の調査で調べ終わっていたからだ。

   2

私は結構な金額を寄付しているので、この程度では罰は当たらないはずだ。少なくとも、貰った金を返せない神とやらに、あれこれ言われる覚えもないだろう。
 それでも少年少女、少なくとも心がそうである連中に手を出せば、神の罰はなくてもあまり良いことはない。恋は盲目であり、愛は傲慢だ。
 つまりロクなモノではない
 ではそのロクでもないモノについて語ろう。
 愛について。私が言うと何とも滑稽だが、私が言うからこそ野説得力もあるはずだ。
 最近私が思うのは、例え、心の底から尊敬し、愛する者がいたとしてもだ。そのために自分が犠牲になったり、へたを掴まされたりする事を私は許容しない。
 そんなモノが愛だというのならば、愛とはただの搾取でしかないからだ。
 真実それが尊くて美しいのだとしても、絶対に認めてたまるか。自分自身を犠牲にして手に入る幸福などたかだかしれている。男も女ももっと強欲になるべきではないのか? 幸福を手に入れることに何かしらの制限やそのための代償が必要であるかのような風潮が人間の「正しい倫理観」にはあるが、正しさもどきのために犠牲になることで、人間が幸福になれるはずがないのだ。
 それは妥協でしかない。私のような非人間が諦めから選ぶ道と大差はない。つまり見た目幸せそうに見えるだけ、見栄えが良いだけだ。
 そんなもので満足してたまるか。
 だが、目の前の青年はそんなもの、そんな自己犠牲精神で満足、いやそれこそが正しい道だと信じ、自ら犠牲になり、満足しているようだった。 馬鹿な奴だ。
 我々はカフェで相席になり座っていた。私はコーヒーが高かったので勝手にチョコ菓子を持ち込み、ミルクを目一杯いれ、優雅なひとときを楽しんでいた。
 対して、その青年は違った。
 腐った目で世の中を見ながら、恐らくは私が何か少年少女の色恋沙汰を手助けしようと(私が人を手助けするのは大概が興味本位、あるいは作品のネタになるからだが)する事を拒むため、心の中で理屈をこね回しているのだろう。
 彼女のためにならないと。
 自分はここで断らなければならないと。
 馬鹿馬鹿しい。
 誰かのため、などというお題目そのものが自身の内から沸き上がった欲望ではないか。欲望に忠実なのは結構だが、それを勘違いして、つまりは世のため人のため、あるいは愛する女のために、自身を犠牲にするしかない、と思いこむ。
 自分はそんな道を選びたくはないのだけれど、仕方がない。それしか道はないと。
 頭の軽い奴だ。
 その頭には何が入っているのか。何も入っていない方がマシな中身しかなさそうだが。
「用件は何ですか?」
 そう、場を征するように言った。
 私はテーブルから落ち掛けたチョコに神経を取られていたので、あまり聞いてはいなかったが。 チョコを摘み、コーヒーで流し込み、幸せな気分になったところで面倒になってきたので、私はそのまま眠ろうかと思ったが、財布のこともあるし、とりあえず表面上は取り繕った。
「人を呼びだしておいてどうかと思いますよ」
 そんなかわいげのないことを言うので、私はチョコレートを摘み、コーヒーを飲んでから「この良さが分からない内は、まだまだお子さまだな」と言ってやった。その上で、
「ああすまん、私より年上だったな。確か、情報によると30代半ばだ」
 実際には亀もかくやというくらい私は長生きだったが、しかし樹木ではないのだから年齢など、どうでも良い話だ。
 つまり完全なる悪ふざけ、相手をからかうためだけの言動である。
「悪かったな、年長者、つまりは年寄りに対する礼儀がなってなかった。年を取った人間は敬わなければ失礼だからな」
「・・・・・・僕はそこまで年を取っていないし、むしろ周りには子供っぽいって言われる方ですが」
「そうか、老けているのは見た目だけか」
 ますます腐った目を黒くして、私を恨めしそうに見るのだった。面倒だから目潰しでもしてやろうかと思ったが、面倒なのでやめた。
 睨んだくらいで、いや相手が猛獣ならば別だろうが、どれだけ凄みのある人間でも、私のような非人間を眼力なんてモノで動揺させられると思うのは、正直どうかと思う。
 私はコーヒーを飲み、余裕の姿勢を崩さなかった・・・・・・感情豊かな人間ならばこの青年にはきっと、内面を見透かされたかのような恐怖、を感じるのかも知れないが、私にそんな情緒のある反応を望むのは無理がある。
 作品に活かすとしよう。まぁ、そんな感情豊かな人間が彼のような内面の腐った、自分を傷つけることに躊躇せず、他人の罪に対してごまかしを許さない癖に、自身の罪は背負い込む姿勢を見せる変人、つまりはハーレムモノの主人公みたいな優柔不断、判断基準が残念な男の登場など、そうそうあるものでもなさそうだが。
「それで、あの女とはいつやるんだ?」
「ぶほっ!」
 と、漫画のように吹き出した。残念な男だ。女に対してもそうだが、もう少し要領よく生きることを良しとすれば、人生楽だろうに。
 あるのか無いのかも分からない罪、そういった目に見えない罪悪感に人生を左右される人間というのは、全てを持っている癖に、それを手にする資格がないとか、なら資格を取りに行ってこいと言わざるを得ないような、うじうじとした戯れ言を繰り返し、自分は立派な人間ではない自分はそんな良い人間ではないと思いこむ。
 くだらない。
 こういう男の話を総合すると、要は「女を抱きたいけれどその勇気がない」ということを延々と遠回しに話しているだけなのだ。面倒な連中だと思う。
「・・・・・・僕と彼女はそう言う関係ではありませんよ」
 と、先んじて私が言った。面食らっているようで、つくづくチョロい内面しているなぁと思わざるを得なかった。
「で、どうなんだ? やるのか」
「原始人じゃないんだから、そんな欲望のままに生きてられませんよ」
「そうか、私は何をやるのか、具体的には話していないが、やはりあの女、お前の女で間違いないようだ」
「人間は誰かの所有物じゃありませんよ」
「妻であるなら所有物で、共有物だ」
「・・・・・・・・・・・・ぼくは結婚はしていませんが」
「そうなのか? なら、あの女が誰かに取られても構わないのだな?」
「それは」
「私がこれからあの家に行って、押し倒してしまっても構わないわけだ。あの女は泣くかもな」
 殺気というよりも、焦りが見えた。
 あるいは、本能的な反応か。
 ブラフだとバレバレであっても、この男は愛しの彼女が罵倒されたり、危機に陥るのが我慢できないのだ。だからこんな会話一つで動揺し、目の前の私を殺害するかどうか間で頭の中で話が飛躍している。
 忙しい奴だ。
「・・・・・・友達ですからね。無理に、というのなら当然止めますよ」
「友達ではないだろう。お前達は友ではない」
 言っては見たものの、具体的に何か考えがあったわけではない。友情など私も知らない。
「そんなことありませんよ。僕たちは親友ですから。彼女もそう公言しています」
 正直言うとこの程度の戯れ言、いやどんな戯れ言であろうが私に切り崩せないものなど無いのだが、焦らず行こう。
 変に恨まれて夜道で刺されてはたまらない。
「あの女にお前が言わせているだけだろう」
 だというのに、私はいちいち相手の心をえぐりそうな言葉を発するのだった。まぁ口に出てしまったものは仕方あるまい。
「お前はあの女にそう言わせ、そして今の関係を続けようとしているだけだ。そして、何だろうな・・・・・・お前は恐怖している。今の関係が崩れることは勿論だが、ふん、そうだな、自分のような人間が彼女と共にある資格があるのか? 彼女は自分自身を否定しやしないだろうか? と、そんなところか」
 おおむね当たっていたらしく、「あなたにいったい何が分かるんです?」とべたな台詞を返されるのだった。
「わかるな、作家に分からないことなど無い。人の心なんてパット見で分かる。お前の心などお見通しだ」
 実際にはこいつの心など別に視認しているわけではないのだが、少年少女の思い悩みなど大昔から変わらないものだ。考えるまで、心を読むまでもない話でしかない。
 だというのに、それを信じたのか納得したような顔で青年は落ち着くのだった。こんなチョロい男と一緒になってあの女は大丈夫だろうかと思ったが、まぁ男がだらしない分女はしっかりするものだろう。バランスは取れている。
「人に知られたくも無いことだけは知っている。それでいてその事実を突きつけ、金を巻き上げる・・・・・・それが作家と言うものだ」
「ぼくも一応、作家ですけど」
「そうだったな。昔は面白かったが最近はつまらない話をかいて大儲けしていると聞いたが」
 ほとんどやっかみ半分、悪ふざけ半分だったがしかし、またそれをまじめに受け止めて暗い顔をしているのだった。
「まぁいいじゃないか、売れてはいるんだろう」「確かにそうですけど、昔の方が面白いってのは聞き逃せませんね」
「そうなのか? 事実昔のに比べて、最近の話はドラマの台本なのか小説なのか、よく分からなくてつまらなかったが」
「メディア展開を考えると、愚直に小説を書いてもいられなくなるんですよ」
「ただ単に天狗になって、本分を忘れただけだろう。頭の中をメディア展開で一杯にしながら画策品が、傑作になるわけがない」
 などと、適当なことを言った。
 売れる作品と良い作品は違う。とはいえ私はその筋の専門家ではないし、傑作を書く条件など知ってはいるが、いるだけだ。
 結局のところ作品とは心を打つものではなくてはならない。私が言うと空しさすらあるが、とにかくだ。
 人生の半身を書くこと。それが作家の個性を出すと言うことなのだろう。
「じゃああなたには、傑作を書けるんですか?」「書けるな、そんなもの造作もない」
 と、答えたものの、そんなことは判断するのは読者であって、私ではない。まぁ自己満足であるという事を考えれば、私に傑作以外は書けないし書くつもりもないということになるのだろうか。 まぁどうでもいい。
 書けるに越したことはないが、作家である以上に一個人なのだ。読者共の判断など、金になればどうでもいい。
 逆に言えば、どれだけ傑作だと表されようと、金にならなければ空しいだけだ。
 邪道作家のこの私が、世のため人のため読者を勇気づけるために、作品を書くわけがないだろう・・・・・・そんなものはついでだ。私個人の幸福以上に大切なものなどあるわけがなかろう。
 そのあたり、この男は私とは真逆で、金や裕福さ、豊かさを得るに足る人間ではないと、モノはあるのに自身を肯定できず、私が毛嫌いする「世間的な道徳」に肯定される、あるいは認められることの方が、優先順位が高いのだ。
 贅沢な男だ。
 その他大勢のどうでもいい意見に、よくそこまで敏感になれるモノだ。暇であるからこそ、持つ側の人間だからこそ、持てる余裕と言うべきか。「あなたは、自分を肯定できる人なんですね」
 と青年、いや中年は言う。見た目は若いのだが、中身はさらにお子ちゃまだが、まぁどうでもいいだろう。肉体的な年齢も精神的な年齢も、若いに越したことはない、はずだ。
「自身を肯定することなんて簡単だろう」
 と答えたモノの、実際大した考えはない。そうだな、私の場合作品の品質よりも見る目のある担当に当たるかどうかを、気にする質だしな。
 まぁ、肯定しようがどうしようが、そんなもの結果が全てという気もするが。
 自身を信じる行為には、価値はあっても意味はないのだ。この男のように、自己満足がしたいだけなら話は別だが。
「自分を信用できないと?」
「ええ、自分なんて、簡単に移ろうものです。感情ほど左右されるものは、この自然界にはありません」
 面倒な思考回路だ。
「ならアドバイスをやろう。とりあえず信じるだけ信じて、ダメだったらまた次の策を考えろ」
「そんな適当な生き方できませんよ」
「なぜだ?」
「何故って・・・・・・無責任じゃないですか。自分を信じた結果、周りに迷惑をかけたら」
「お前は予言者ではないだろう。信じようが信じまいが結果は誰にも分からない。お前はただ単に成功しようが失敗しようがどちらでも応対できるように振る舞っているだけだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 図星だったのか心に刺さるものでもあったのか知らないが、天を仰ぐ、そう、カフェの中で妙な行動ではあるが、天井を仰いで、そしてつぶやくように男は言った。
「それの何が悪いんです? 最善のの方法を使うことの何が、悪いんですか?」
「悪いかどうかと言えば、この世に悪い行動など無い。そんなモノは後付けでどうにでもなる。問題なのはお前が自分を騙しながら要領よく生きていることだろう。悪くはないかも知れないが、まぁ個人的に見ていて不愉快だったのと、あとはお前の言う感情の移ろい、私の機嫌がたまたま良くなかっただけだ」
 実際、機嫌が良ければ適当に肯定していた可能性だってあるのだ。とはいえ、自分を信じるだけなら金はかからない。無料でできてそれなりに気分も良くなると言うのだから、損はない。
 そして私個人の損得勘定が合えば、そんな道徳的な正しさなど紙も同然だ。
 風が吹けば消える程度のモノでしかない。
「・・・・・・・・・・・・は」
 納得したのか、結論を出したのかは知らないが何かしらの形で答えは出たようだ。
「大体が、全てお前の自身の有る無しが原因ではないか。お前があの女を抱けばそれでつまらないハッピーエンドだ。つまらない恋愛がつまらない結末を迎えるだけだ。そうそう、言っておくと、私はあの女の始末を依頼されている」
「何ですって?」
 恐怖と怒りで顔をない交ぜにする。
 最初から言った方が良かったか。
「それも含めて、おまえ次第だ。私は面白い方につくからな、あの女を始末した上で、お前とあの女のくだらない恋愛に手を貸しても良い」
「どういうことです?」
「殺しはしない。私にお前が手をかすなら、そこは保証してやる。いずれにせよ断る理由はないはずだ。お前が断れば私はあの女を依頼通り始末する。お前が手を組めば私が手を貸し、生き延びた上で情報をごまかし、手を貸そう」
「どうして、いや、貴方の目的は何です?」
 そんなモノ決まっているだろうに。
「作品のネタ探しさ。作家だからな。それ以上に優先すべき事柄は、いまのところ私にはない」
「・・・・・・いいでしょう」
 言って、非人間二人は手を組むのだった。
 私が関わったおかげで、物語は歪み、恋愛モノからサスペンスホラーに、奇妙な方向へと結末を向かわせてしまった感は、否めなかったが。



2

3

4

5

6

7

8


この記事が参加している募集

例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!