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自分にフィットする仏教を考えた結果@2023/2/18

どうも!おっさんでございます。


はじめに

私は、キリスト教とか、イスラム教とか、ユダヤ教とかの解説書も、ちょっと読んだことはあるものの、やはり、自分には、宗教の中では、なんやかんやで、仏教が一番フィットしそうな気がしてて、でも、仏教の宗派にも色々あって、どれがフィットするのかよく分からないって思ってました。そこの所を宗派ごとの違いを考えることにより、検討して行こうかなと思います。仏教については、まだ、本とか全然読んでないんですが、ネットでググったり、YouTube見たりして、頭ん中を整理した程度の話です。

初期仏教

日本に伝来する前の、インドで、仏教が始まった頃の仏教です。そこから、あれこれと洗練されてきたり、場合によっては、本来はなかったものがくっついたりして、今の仏教になっているんだとは思います。私が聞いた話では、釈迦は「苦行では悟りには至らない」ということに気付いた所から仏教が始まってる、とのことです。だから、やたらと、厳しい修行をするような仏教は、本来の仏教とは全然違う、あさっての方向に行っちゃってるやつだと思われます。一応、ここはアタマに入れておきたいな、と。

部派仏教

初期仏教の後の時代の仏教で、上座部仏教と大乗仏教に分かれた時代の仏教です。

上座部仏教

上座部仏教では、出家して修行することが重視されます。出家できない人はお布施をすることが大事になります。現在、東南アジアでメジャーなのは上座部仏教です。

大乗仏教

良い行いにより、全ての人が救われる、という教えで、一般人向けの傾向が出て来ます。

日本の仏教

日本の仏教の系譜はこんな感じです。

南都六宗

これは奈良時代に仏教が最初に伝来した頃からある宗派です。これは、上座部仏教と言ってよいやつで、主に、仏教の研究をしてた僧たちなど、一部の人たちが学んでいたものです。

平安二宗

平安時代に伝来したやつで、いずれも大乗系です。

真言宗

天台宗と真言宗は、時期は近いんですけど、天台宗のほうが、時期が先です。でも、真言宗を先に説明したほうが、説明しやすいので、先に真言宗行きます。

真言宗は密教の色彩が強い点が天台宗と違うようです。密教とは何か?っていうのを調べたところ、長々書いてて分かりづらかったんですけど、密教の対義語が顕教らしいです。顕教の意味は割と単純で、「秘密にせず、公然に(明らかに)説かれた教えのこと」だそうです。密教はその逆ってことですね。つまり、密教は、おそらく、スパっと言えないってことなので、曖昧模糊としたものなんだろうと思います。もうちょっと前向きに言うと、修行を通して、世界の真理と心身が合一することで、そのうち気付くでしょう、みたいな、そういう話なんじゃないかと思います。

天台宗

最澄が伝えた仏教で、主な経典は法華経です。この天台宗を起点にその後の全ての日本の仏教が展開したと言って良いようです。天台宗を勉強した僧がその後の各宗派の開祖となっている、ということです。

で、天台宗のほうが、真言宗より、先に始まってるんですけど、天台宗では、最澄は、それほど密教のことは勉強できてなかったので、それほど積極的には密教的な部分については、紹介されてないわけです。それもあり、天台宗では、密教も含め、幅広く紹介してるってことだと思います。だから、色々勉強するには天台宗のほうが、都合が良くて、それもあって、こっちのほうが、その後の仏教の起点になってるんじゃないかと、勝手に想像しました。

鎌倉仏教

上の図で赤いチェックマークを付けたやつです。ちなみに、黄檗宗(おうばくしゅう)というのは、江戸時代のやつで、臨済宗から派生した系譜のようです。

鎌倉仏教では、より、一般人に普及して行けるようにアレンジされたもの、という意味で、共通しているようです。

禅宗

鎌倉仏教のうち、禅を重視するやつですね。ただし、禅宗という名前の宗派は無いそうで、一緒にしないでくれ!と当人たちは言っているようです。

いずれも、禅をするスタイルのやつですね。

臨済宗

「坐禅を組みながら、師の与える問題を1つ1つ解決しながら(公案問答)、悟りに到達すると説く。政治に通じ、幕府の保護と統制を受ける。」だそうです。こういう性質なので、公家、京・鎌倉の上級武士、地方有力武士に広まったそうです。

曹洞宗

「ただひたすら坐禅を組むこと(只管打坐)で悟りにいたることを主眼とし、世俗に交わらずに厳しい修行をおこない、政治権力に接近しないことを説く。」だそうです。地方の中小武士・農民に広まったそうです。

考え方は、臨済宗よりは一般向けですけど、厳しい修行をする、っていうのは、元々、お釈迦様が言ってた話「苦行では悟りには至らない」というのとは、ちょっと違って来てますよね。とは言え、曹洞宗側の言い分としては「お釈迦様の時代の苦行とはレベルが全然違う、こんなのは全然普通レベルです!」とか、そういう感じなんじゃないかと思います(勝手な想像)。まぁ、でも、現代人にとっては、それなりにハードルがありそうだと思います。

木の平べったい棒で、肩をビシーッ!ってやってるのは、たぶん、曹洞宗のイメージだと思います。

日蓮宗

「法華経こそが唯一の釈迦の教えであり、その他の経典は未完成もしくは誤りの法であるとして、題目(「南無妙法蓮華経」)唱和により救われると説く。辻説法で布教した。」だそうです。下級武士、商工業者に広まったそうです。

日蓮の主要著作が『立正安国論』という本で、法華経を大事にしてないと、国が危うくなりますよ、自然災害や、外国勢力に負けないようにするためには、法華経が大事ですよと、そういうことを書いてるようです。それもあり、日蓮宗系は、国家主義的な感じの色彩が強いようです。だから、戦前、戦中は、国粋主義とかと結びついて、割といいように利用されたんじゃないかと思われます。今で言うと、ネトウヨと結構近い気がします。

下級武士や商工業者って、自分たちで何かできるほどの立場ではないけど、ある程度余裕はあるので、その余ったエネルギーの持って行き場として、国家主義に行っちゃうと思うんですよね。大きなものの一部になった所を想像して、優越感に浸るとか、卑小な自己を忘れられる、みたいな感じです。まぁ、これはネトウヨか。。でも、日蓮系には、そういう傾向があるかもしれない、ってことです。

浄土宗

「法然が始めた宗派で、難しい教義を知ることも、苦しい修行も、造寺・造塔・造仏も必要ない。ただひたすらに『南無阿弥陀仏』を唱えることが大切だと説く。」だそうで、京の公家、武士、庶民に広まったそうです。

浄土真宗

「親鸞が、師である法然の教えを継承、展開、深化させる。一念発起(一度信心をおこして念仏を唱えれば、ただちに往生が決定する)や悪人正機説を説く。」だそうです。

浄土宗と違って、念仏をたくさん唱える必要はなくて、救いを信じる気持ちと、罪を自覚することが大事、っていうことですね。信仰が、より内面化されてるってことですね。

浄土真宗で言う「悪人」とは?

ここで言う「悪人」っていうのが何なのかというと、必ずしも、犯罪者とか重罪人という意味ではないようです。要するに、お肉を食べたりとか、仏教でよくある戒律を守った生活をしていない、一般の人ってことです。仏教で本来やるべきことをやれてない人ってことです。そういう基本的なこともできてない、どうしようもない者であることを理解しつつ、それでも救って下さるというありがたい話なんだと、そういうことが理解できている、というのが「罪の自覚」のようです。だから、キリスト教とかの罪とは全然違うと思います。

浄土真宗で言う「悪人正機説」とは?

「悪人こそが救われる」という意味だと説明されますが、それだと、誤解がありそうな気がします。私の理解では、2つあると思います。

1つには、悪人のほうが、どうしようもない状態で、仏にすがるしかないので、必然的に信心が深くなるので救われる、という意味があると思います。おそらく、こちらが通説だと思われます。

もう1つには、私の発想なんですけど、たとえば、数値的に言って、±0以上になれば救われると考えた場合、信心があれば、マイナス10点の人も、マイナス100点の人(=悪人)も救われるんですよ。で、この両者を救うには、仏様は、マイナス10点の人には10以上の助力、マイナス100点の人には100以上の助力をしてくださる、ということだと思うんですよね。そういう意味で、悪人のほうにたくさん、目をかけてくださっている、という意味で、「悪人こそが救われる」という意味だと思うんですよね。

日蓮正宗

日蓮正宗(しょうしゅう)です。創価学会とか、あと、うちにも勧誘で来てましたけど、顕正会(けんしょうかい)とかの母体になってる一派です。日蓮宗は、日蓮が死んだ後、弟子ごとにバラバラになったんですよね。その後、明治政府の指示でいったん日蓮宗として、まとめられたんですけど、何百年もバラバラだったのを無理矢理くっつけられたので、本尊や考え方がバラバラだったりとか、違う所も多くなっていたので、やっぱり、分かれたいって話になり、政府に何回も陳情して分かれることができた一派が日蓮正宗だそうです。

日蓮正宗では、本仏(一番エライ仏)が釈尊(釈迦)ではなく日蓮である点が、他の日蓮系と違うようです。日蓮の墓守をしてたとかで、最も、日蓮様が大好きな一派のようですが、他の宗派より自分たちが正しい!という感じで排他的な所があるようです。

創価学会

で、公明党ができてから、戦後に「国立戒壇」っていうのが、論争の的になりました。これは、国家が日蓮宗の祭壇を作るべき、っていう考え方で、まぁ、要するに、法華経を第一に考える日蓮宗のような仏教を国教にすべき、っていう考え方だと思われます。これが、日蓮さんの悲願である、ということです。でも、日本国憲法では政教分離の原則があるので、仏教を国教にすべきなんていうと、普通に違憲なわけですよね。「公明党さんは違憲なことを目指してるんですか?」と共産党に突っ込まれたわけですね。

ちなみに、共産党は、日本共産党に限らず、完全無宗教で、理論とか、科学とかが大事っていうのが、元々あるんで、公明党とは全然考え方が違うっていうのは背景としてあると思います。

で、その当時、創価学会は、日蓮正宗の中の信者のグループだったわけで、その当時、公明党のバックは日蓮正宗だったってことです。そういう状況で、公明党が潰されたら、そこまでの努力が水の泡なので、創価学会と日蓮正宗は「国立戒壇」とか言うのをやめるようにしたんですよね。

創価学会は、「国立戒壇」っていうのは、国っていう文字の旧字体の中身は「民」だし、日本国憲法下では、主権者は国民なので、国民に広く受け入れられた団体が祭壇を作れば、それが国立戒壇だろうという理屈をこねて、日蓮正宗に350億円ぐらい寄付して、独特なモダンな宗教施設を作ったわけなんですが、結局、その後、色々あって、日蓮正宗と揉めて破門されて、創価学会として独立した、という経緯ですね。350億円の建物は50億円かけて解体されたそうです。もったいない。。

ちなみに、創価学会の破門の部分ですが、正確には、日蓮正宗より創価学会のほうが大きくなってて、徐々に日蓮正宗に上納金を収めるのがイヤになって、独立したいなぁ、ってなってたら、逆に日蓮正宗から破門されたって流れのようです。

顕正会

順番を前後しますが、創価学会が破門される前に、先に、顕正会っていうのが破門されてます。「国立戒壇」は日蓮さんの悲願だから、そこをやめてたらおかしいだろうということで、日蓮正宗の、あるグループの人たちが創価学会と揉めた結果、日蓮正宗から破門されてできたのが顕正会ってことですね。その当時は、創価学会は、日蓮正宗に多額の寄付をしていたので、日蓮正宗から見たら、創価学会の機嫌を取ったほうがトクなので、それで、対立するグループのほうを破門したんだと思われます。

そう聞くと、顕正会のほうが筋が通ってるようなところはありますが、割と勧誘とかやってて、トラブルになったりしてるケースもあるようです。Wikipediaに書いてました。

私の家にも、信者の女性が来てたんですが、チラシを見せながら、ずーっとしゃべってましたね。こちらが言葉をはさむタイミングが全く無いっていう感じです。完全マシンガントークです。それだったら、エホバの証人(キリスト教系の勧誘やってる宗教)とかのほうが、全然話は聞いてくれてましたね。まぁ、人によるのかもしれませんけどね。

顕正会の人たちは、国教が定まるのが、どういうことなのか、分かってないというか、よく考えてない、考えないようにしてる気がします。国教がもし定まるような国だったら、創価学会が国教になる可能性だってあるじゃないですか。それは一番イヤなパターンじゃないですか。そうならないのは、政教分離原則のおかげなんですよね。だから、政教分離原則のおかげで⇒顕正会が求めてるような「国立戒壇」っていうことが実現せず、言いたいことが言える世の中であるおかげで⇒「国立戒壇を目指す」なんて言うことが可能になってるわけですよね。

だから、逆に「政教分離原則」と「国立戒壇」は持ちつ持たれつという感じの関係で、顕正会がこの先もずっと存在していくための永久機関のように機能していると思います。

顕正会の上層部の人たちにとっては、「国立戒壇」っていうのが論争の的になったおかげで、自分たちが独立できて、新組織のトップになれて、むしろ、良かったんじゃないですかね。

この先も、「国立戒壇を目指す」と言いつつも、「国立戒壇」が実現したら、自分たちの存在意義がなくなってしまうので、逆に困ると思います。そういう立ち位置だと思います。

顕正会の勧誘員あるある

成仏した人は死んだ時に、顔が白いし、体重も軽くなるし、死後硬直もなくてむしろ柔らかいとか、逆に地獄に落ちた人は、顔が黒くなるし、体重も重くなるし、死後硬直でカッチカチになるとか、そういうことを言ってます。顔が白いか黒いかにかなりこだわってます。

私としちゃ、たぶん、死んですぐは白くて、時間が経つとみんなエジプトのミイラみたいに黒くなると思うんですけどね。

黒人の人が顕正会に入ったら、絶対地獄に落ちるのかな。。そこもちょっと聞いてみたいですね。

体重が重くなるとか軽くなるとかいうのも変な話ですよね。質量保存の法則はどうした?ってなります。

こういうあからさまに非科学的な話をやめれば、もうちょっとまともな層にも訴求できると思うんですけどね。さすがに、こういうことを言われると、私とかだとドン引きしますね。もしかしたら、他の宗派でもこういう考えを持ってる人は居て、でも、勧誘をやってないので、知られてないだけなのかもしれませんけど。。

たぶん、顕正会の信者の中でも、家族が死んだ時に、白くならなかったとか、軽くならなかったとか、柔らかくなかったとか、そういうのって、あると思うんですけど、家族が成仏できずに地獄に落ちたと思われたら、恥ずかしかったり、悔しかったりするので、それで、他の人に言えてないだけなんじゃないかな。。

あと、功徳(くどく、ご利益)があった!っていうのを、すんごい強調してきますね。公営住宅に入れたとか、それも功徳らしいですよ。大学入試に受かったのも功徳だし、特養に入れたのも功徳、何でもかんでも功徳ですよ。「功徳があるからイイ!」みたいなのは、ちょっとお手軽ですよね。それよりは、旧約聖書のヨブ記とかみたいに、「いいことが無くても、これは試練であり、神様は存在する!」とかのほうが、宗教が人をつなぎ留めておく仕組みとして、無理が無く、うまくできてる気がします。「功徳があるからイイ!」みたいなことを言ってると、そのうち、いいことが続かなくなったら、人が離れていく気がします。一時的にでも、人を増やすために、景気のいいことを言いまくってる気がします。

また、保守主義の割には自衛隊のことは信用してないようです。有事の際は自衛隊は逃げるらしいです。だからこそ、仏法が大事で、仏国になる必要があるんだそうです。「いや、でも、顕正会の人も逃げるでしょ?」って聞いたら、「逃げてもしょうがないから逃げません!」だそうです。ホントかよ?って思いますけどね。

仏法さえあれば、関東を一発で吹っ飛ばすことができるロシアの核ミサイルも、台中戦争も、財政破綻も、ハイパーインフレも避けることができるそうです。

日本を守ることにかなり意識が行ってる気がしたので、「顕正会に外国人が入った場合どうなるんですか?外国人にとっては、日本がどうなろうと関係ないんじゃないですか?」って聞いてみたら、まずは日本を守ることが大事で、日本が仏国として、世界を導く存在になるのが究極の目標なんだそうです。なかなか壮大ですね。

日蓮系のまとめ

結局、日蓮系は、政治と結構、絡む場面があるっていうことですね。日蓮正宗系ではない、他の日蓮宗は、それほどでもないでしょうけど、マインドとしては、国がどうあるべき、みたいな視点は、持ってるってことですね。浄土系と違って、心のベクトルが自分の外に向かってる、ベクトルの起点が自分じゃなくて国家である、という特徴はありそうです。

結局のところ

全部見て行くと、浄土真宗が、現代人には、一番フィットしやすい感じがします。最も制約が少なくて、日蓮系とかと違って、国がどうとかいうより、人間の内面にフォーカスするような感じで、心理学とかともリンクしやすい気がします。

で、浄土真宗のエッセンスが詰まった本としては、歎異鈔(なんいしょう)というのが有名です。親鸞の死後に弟子が書いた解説書で、仏教や浄土真宗の間違った解釈を論破していくような本です。これの解説書は結構たくさんありますね。

私はまだ読んでなくて、その代わりに、NHKのこの番組なら、見たことあります。『100分de名著』の歎異抄の回です。何年も前に見たやつなので、結構忘れてますけど。。NHKオンデマンドで見れました。

浄土真宗のYouTuberについての注意点

私、ここの動画、

結構いいなぁ、と思って、2年ぐらい、たまに気が向いた時に見ていたのですが、注意点もあるようです。最近になって、こんな動画見付けました。

まとめると、菊谷さんのYouTubeの動画を見ること自体は何の問題もないそうですが、菊谷さんは、「浄土真宗 親鸞会」っていう宗派の講師で、「親鸞会」はWikipediaにも書いてますけど、トラブルを起こしてることもありますよ、っていう話でした。どういうトラブルなのかは、動画の中で言われてます。

ちなみに、この注意喚起の動画を出してる人は、瓜生 崇(うりゅうたかし)って人で、元親鸞会の講師で、今は、浄土真宗の大谷派の住職です。 大谷派は、浄土真宗の中で、本願寺派の次に大きい宗派で、信者数的にはほぼ同じぐらいで、割とメジャーなやつです。私は、なんとなく、大きい所がイイかなと思って、本願寺派と大谷派の違いを調べてて、この動画の存在に気付いた感じです。今のところは、迷いつつも、本願寺派がイイかな?という感触です。

以上です。
だいぶ、頭の整理になりました。

続編


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