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採用の精度を高める、定着まで見据えたアプローチ
採用は、企業が持続的に成長し続けるための鍵となる重要な要素です。そのゴールとして真っ先に思い浮かぶのは、優秀な人材を見つけて入社につなげることかもしれません。しかし、採用の価値はそれだけに留まりません。入社後もその人材が企業で活躍し、長く貢献し続けてもらうことこそが、より大事なゴールとなります。
近年、人材の価値が高まる中、必要な人材を獲得することがこれまで以上に難しくなっています。そんな中、せっかく採用した人材が早期に離職してしまうことは、企業にとって大きな損失です。だからこそ、採用の精度を高めることが重要な課題となっています。
そこで今回は、「採用の精度」をさらに高めるために、採用活動のプロセスに留まらず、その後の活躍にも目を向けたアプローチについて書いていきます。
採用の精度とは何か
「採用の精度」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。「採用すること」自体をゴールとする場合、無駄な時間やコストをかけずに人材を獲得することが、採用精度が高いと考えられるかもしれません。
しかし、採用のゴールを「人的資本経営」の観点から考えると、少し違った視点が必要です。人事戦略に基づいて人員計画を立てた場合、採用のゴールは単に人を獲得することではなく、人員計画の中で生じた「穴」を確実に埋めることにあります。採用直後の段階では、その「穴」を埋められそうな人材が見つかったに過ぎず、実際に適切に埋まったかどうかは、時間をかけて見極める必要があります。
この「定着まできちんと見られているか」という点が、採用の精度を測る上での重要なポイントです。この視点については、以前「採用のKPIをどう考えるか」というnoteを書いた際にも触れました。
つまり、ここで言う採用のゴールとは、「採用した人材が、人員計画作成時に期待した要件を満たし、戦力として立ち上がっている状態に至ること」を指します。そして採用の精度とは、「そのゴールを実現するために、採用活動の段階で的確なスクリーニングが行われているか」にかかっています。
なぜ採用の精度が上がらないのか
定着をゴールとした採用の精度向上が重要であることは前述した通りです。しかし、採用の精度を上げることは決して簡単ではありません。採用精度向上を困難にする要因には、以下のようなものがあります。
採用が追うべきKGIが「入社者数」どまり
部門の壁による課題の切り分けの難しさ
分析に必要なデータの不足
採用が追うべきKGIが「入社者数」どまり
採用活動が評価される指標として、「何人採用できたか」が重視されることが多いのが現状です。入社者数という数字は成果として非常にわかりやすく、特に採用難易度が高まっている昨今、必要な人数を確保することは確かに評価に値します。
しかし、せっかく採用した人材が定着せず早期に退職してしまうのは、非常にもったいないことです。たとえば、100人採用して1年で半数が辞める場合と、80人採用して1年で10人が辞める場合では、どちらが良い採用でしょうか。
多くの人が、後者のほうが良い採用だと考えるでしょう。つまり、採用は単に入社者数を追うだけではなく、定着率やその後の活躍度合いも考慮した評価が必要です。
ただここで考えたいのは、早期退職の理由が必ずしも採用時の見極めだけに起因するわけではない、という点です。この点については、以前書いた「採用のミスマッチはなぜ起こるのか」のnoteでも触れました。
要するに、早期退職の原因は採用担当者の見極めだけではなく、現場での受け入れ体制にも課題がある場合があるということです。そのため、早期退職が発生した際には、「採用のミスマッチ」と「現場の課題」を明確に切り分ける必要があります。
しかし、この切り分けを行おうとすると、新たな課題に直面することになります。
部門の壁による課題の切り分けの難しさ
採用の担当部門と、現場の受け入れを担う部門が別であることは少なくありません。この場合、両部門がそれぞれ異なる目標やコミットメントを持っているため、間に「部門の壁」が生じることがあります。
例えば、早期退職といった問題が発生した場合、採用担当者は「現場の受け入れ準備が不足していたのではないか」と考え、一方で現場の担当者は「そもそも採用の段階で人選を誤ったのではないか」と指摘することがあります。このように、お互いに責任を押し付け合う空中戦が起こりがちです。
では、なぜこうした空中戦が発生してしまうのでしょうか。それが次の課題に繋がります。
分析に必要なデータの不足
早期退職や定着の課題を分析するには、定常的な従業員の状態を把握するデータが必要です。現在、最も有効とされているのはパルスサーベイですが、これを導入している企業はまだ少数派です。他にも、定期的な1on1の記録やセンサーデータを用いたデータ収集方法がありますが、一般的に普及しているとは言えません。
結果として、オンボーディング期間中に何が起こっているのかは、関与している一部の人事やマネージャーが感覚的に把握している程度で、データとして記録されていないケースが多いのです。そのため、早期退職といった事態が起きても、データが不足しているため、振り返りの際に空中戦が発生し、課題の切り分けが進みません。
さらに、定着を見据えた採用分析に取り組む企業もありますが、実際には課題が多いのが現状です。例えば、「採用時の評価」と「入社後初めての人事評価」を紐づけて分析する試みはよくありますが、これがうまくいくケースは少ないです。特にキャリア採用の場合、入社時点で期待される役割が多様であるうえ、前職の給与や経験が影響して期待役割が歪むこともあり、「入社後初めての人事評価」が必要十分な指標にならないことが多いのです。
採用と定着率の関係を見極めるためのアプローチ
採用における本当の問題点や、定着率に影響を与えている要因を正しく把握するには、データに基づく分析が不可欠です。そのためには、オンボーディング期間中にモニタリングし、データを収集・活用できる環境を整えることが重要です。
具体的には、以下のステップが必要になります。
オンボーディング成功の定義
定期的なモニタリング手法の構築
振り返りのための具体的な手法の考案
オンボーディング成功の定義
まず必要なのは、「どの状態になったらオンボーディングが成功したとみなせるのか」を明確にすることです。これは、定着や活躍の基準を設定することでもあります。
シンプルに考えると、オンボーディングの成功とは「一定期間後に採用時に期待されていた役割や成果を達成している状態」と定義できます。この一定期間については、試用期間(3か月程度)や半年、長くても1年以内が適切でしょう。1年以上が経過すると、オンボーディングよりも現場でのマネジメントや環境要因の影響が強くなるため、採用の範疇を超えてしまうからです。
一方で、採用時に期待していなかった領域で活躍するケースもありますが、これはあくまで偶発的な成果であり、採用活動そのものの再現性には繋がりません。採用の観点から見ると、重要なのは「期待していたことを達成できなかったケースを減らすこと」です。これを実現するためには、採用活動の精度を上げるためのPDCAサイクルを回す必要があります。
そのため、オンボーディング成功の定義には次の要素を含めると良いでしょう。
採用時に設定した役割・目標を達成しているか。
その達成が、試用期間や半年以内といった具体的な期間内に実現しているか。
これらの基準を設けることで、採用とオンボーディングの関係を明確化し、改善への取り組みを進めやすくなります。
モニタリング手法の構築
次に考えるべきは、オンボーディング期間中の状況をどうやってモニタリングするか、です。これには、定期的にデータを収集する仕組みを整える必要があります。
パルスサーベイなどは有効な手段の一つです。オンボーディング期間中、月1回など定期的にサーベイを実施します。本人のコンディションや、役割や目標の理解度、エンゲージメントなどの観点で設問設計をするとよいでしょう。
また、本人だけでなく、上司や同僚からもフィードバックを集める360°サーベイで行うのも良いでしょう。上司から見た本人の成長や適応状況や、同僚とのコミュニケーションやチームワークの状況などを把握します。
オンボーディング時のモニタリングの焦点として大事なのは、成果だけでなく認識の一致です。オンボーディングでは、単に業務スキルを習得して成果を出すことだけでなく、期待された役割をどれだけ理解し、実践できているかを確認することが重要です。また、自分がその役割を果たす理由(この会社で働く意味)について納得できていなければ、エンゲージメントが低下し、離職リスクが高まります。
振り返りのための具体的な手法の考案
もちろん、データを取るだけでは十分ではありません。そのデータをもとにした「振り返り」を通じて、オンボーディングプロセスや採用活動の改善に結びつける必要があります。そこで有効なのが「定期的なオンボーディング会議」と「オンボーディング期間終了後の振り返り」です。
定期的なオンボーディング会議
オンボーディング期間中の状況をタイムリーに把握し、現場や人事が連携して課題を解消することを目的に、定期的なオンボーディング会議を行います。
参加者は、現場のマネージャーやチームリーダー、HRBPなど人事部門の代表者、採用担当者です。会議では、収集されたデータを共有し現時点での状況を全員で確認することや、データに基づく課題を洗い出し対応策を検討すること、必要に応じて役割やサポート内容の調整を行うことなどをします。こうした会議を通じて、現場と採用担当者が一体となり、小さな課題を迅速に潰していくことが、オンボーディングの精度向上につながります。
オンボーディング期間終了後の振り返り
オンボーディングが終了したタイミングで、採用担当者と現場が共同でデータを時系列で振り返ります。そして、採用の要件と実際のオンボーディング状況のギャップを明確にし、採用時の面接評価や選考プロセスを見直し、課題を特定する。これにより、採用の精度が上がります。
こういった振り返りの会議を設計することにより、以下のような効果が得られます。
現場のオンボーディングプロセスがより効率的かつ効果的になる。
採用要件が現実に即したものとなり、ミスマッチが減少する。
定着率の向上により、採用や育成にかかる時間とコストが削減される。
まとめ:採用は長期的な視点での成功を目指す
採用活動は、単なる人材獲得のプロセスではありません。それは、企業と人材の双方が成長し、共に価値を生み出すための、戦略的な取り組みへと進化させるべきものです。
まずは小さな一歩として、データを集め、それを見ながら語り合う場を設けることから始めてみてください。そのプロセスだけでも、現在の採用やオンボーディング活動が大きくアップデートされるはずです。
また、人事データの活用や分析、指標の開発に興味を持たれた方、あるいは具体的な課題についてのご相談がある場合は、ぜひWorkTech研究所にご連絡ください。noteへのリクエストもお待ちしております!