高梨ひばり

文化人類学を専攻、今は生活困窮者支援NPOのシェルター〈 かなりや〉(仮名)で働いています。このシェルターは、安定した住まいを失い困窮状態にある方を、できる限り受け入れてます。こんなシェルターが各地に広がればいいなと思っています。

高梨ひばり

文化人類学を専攻、今は生活困窮者支援NPOのシェルター〈 かなりや〉(仮名)で働いています。このシェルターは、安定した住まいを失い困窮状態にある方を、できる限り受け入れてます。こんなシェルターが各地に広がればいいなと思っています。

最近の記事

架空学生との対話②モノと実践

優秀な学生さんがシェルター<かなりや>に見学&体験に来たという想定での架空対話の第2回目です。①はこちら。  https://note.com/birdsareplaying/n/n6a0d0152d492 対話は③に続くことになりました。むぅ。 入所者:(共用洗濯機の前で)蓋しても水が出てこないんですぅ。 スタッフ:あーコレかぁ。たぶん蓋の接触不良だと思うんです。いつもこうなるんスか? 入所者:いえ、3回に1回くらいかなぁ。 スタッフ:オンボロでごめんなさい。蓋のここんと

    • 架空学生との対話①「専門性」の論理

          優秀な学生さんが<かなりや>に見学&体験に来たという想定での架空対話です。架空なだけあって、率直なうえ察しのよい方で、とても助かりました。対話は次回に続きます。 学生:<かなりや>さんって、「どんな人でも、できるかぎり」受け入れるシェルターってありますけど、よくわからないのですが。 スタッフ:かもしれませんねぇ。 学生:たとえばどんな人たちが入るんですか? スタッフ:年齢でいうと…胎児もいれれば妊婦から90代まで。性別でいえば、男性、女性、性的少数者。世帯人数でい

      • 虚構fictionと機能function

         最近、自分のオマワリ警察嫌いを猛省している。  私はオマワリ警察官が大嫌いだった。物陰に潜み、いたいけな原付の交通違反を待ち構える権力の手先の卑怯者に見えていたからだ。しかも天気のいい昼間にしか出てこない。「ケッ!あいつら、虫とおんなじ時間帯にしか出てこねえじゃねーか」とさえ言っていた。     自分に見えている現象だけを軸に「国家の暴力装置」という枠組をそのまま目の前の相手に当てはめ、思考停止していたのだ。警察は官僚的に組織化されていて、とてもたくさんの警察官がそのなかに

        • 地べたのナラティブ

           福祉界への転職を考えていた頃。踏ん切りがつかず悩んでいたら、ツレアイに言われた。  「福祉って簡単じゃないでしょ。差別しない自信、あるの?」     ーーない…っス… 構造主義的アプローチ  そこで必死で考えた。  差別とは、既存の社会通念を自覚のないまま呑み込んで相手を見下し、しかもそれがまっとうだと思い込む態度や行為あたりだろうか。     自覚のないままやってしまうことを防ぐのは、とても難しい。  ――うーむ。どう防ぐか…  ある日、構造主義の考え方を応用するこ

          「気づく者」たち

           ある日、同僚のすずめが叫んだ。 「もーっ!私、目ぇ4つ使って仕事してるのに、なんでこんなに給料少ないわけーっ??」  …え?何それ。目ぇ、4つ…??  当法人では子どもの学習支援事業も実施している。困窮世帯の子どもたちが無料で通う塾のようなものだが、当法人の<かなりや学習館>(仮)では不登校はもちろん、外国ルーツの子どもたち、何らかの障害があるだろうとされつつも障害者手帳取得に至っていない子どもたち、さらには放課後デイサービスで「無理です」と断られた子どもたち、高卒認定

          「気づく者」たち

          各々其ノ所ヲ得

           相手からポロっとこぼれた言葉が、その本音をあまりに端的に表していることが、ままある。その一例が、私と同僚たちのあいだで時折想起され冗談のネタにされている、社会福祉協議会のある男性の言葉だ。 「どこの馬の骨かわからないNPO」  同僚が言われたと聞いて、当初は憤った。でもよくよく考えると、大変興味深い。そしてやがて、冗談のネタになった。 ドクサと象徴暴力  当時、生活困窮者自立支援制度の発足を機に、社会福祉協議会が困窮者支援に乗り出したところだった。私たちはそのずっと

          各々其ノ所ヲ得

          人権、環境、道具箱

           世に倣い、私もこの1年を振り返ってみる。  4月、人事異動の季節。新たに異動してきた方に、こう紹介された。  「こちら<かなりや>の高梨さん。この人ねえ、すごい道具箱持ってるんだよ!」  今年の私の「うれしかった大賞」は、この言葉に決定である。  本当は私のものではなくシェルター<かなりや>の備品だが、道具箱が私の「バディ」であることをわかってもらえたのが、とてもうれしかった。  私の愛する道具箱。  キミがそばに居ると、大抵の困難は乗り越えられる気がするんだ。  中

          人権、環境、道具箱

          福祉現場の/で言語学

           問題1 : 下の文章の(  )に適切な言葉を入れ、文章を完成させなさい。   プチトマトを(          )。  カッコ内には何が入りうるだろう。  食べる、買う、植える、育てる、摘む、洗う、切る、つまむ、干す、ほおばる、枯らす…  そのあたりだろうか。  だが我が職場、シェルター<かなりや>では、異なる回答も成立する。   プチトマトを剥がす。    どうでしょ? 福祉現場の/で言語学  日本語ネイティブの一人として、「プチトマトを剥がす」は文法的には間

          福祉現場の/で言語学

          敗戦前後、むき出しの時空間

          伝えづらい「楽しさ」  シェルター<かなりや>は、外部からはそれなりにシビアな現場と映るようだ。  法制度上は無料低額宿泊所で、困窮状態にあり安定した住まいを喪失した人のための入所施設である。障害者、高齢者、母子世帯はじめ複数人世帯、未成年、DV被害者、刑務所出所者等々、いろんな人が利用する。しかも、他の施設では対応できないとされる人が多い。     当然、いろいろな人と出会うし、日々いろいろなことが起きる。想定外の苦難に遭っている人に出会い、一緒に泣くこともある。想定外

          敗戦前後、むき出しの時空間

          「ソーシャルワークの暗黙知」のほうへ

          「いや高梨さん、何か独自のやり方があるんじゃないですか?」 「ごめんなさい、本当に、自分でもわからないの」  ウソではない。  でも、口にできなかった思いもあった。  ――だって、記述の方法論がどこにも用意されてないじゃない。  ――仮に私が言語化を試みたら、あなた、わかろうとしてくれる?  先日、認知症発症を「発見」された単身生活者の初期支援について問われたときのことである。どんな風にやってるんです?と訊かれ、最初は説明を試みた。「まず覚えてもらうため、週1~2回は訪問

          「ソーシャルワークの暗黙知」のほうへ

          無低批判と福祉オリエンタリズム

          はじめに  無料低額宿泊所、通称「無低」。一般的には、住まいを喪失し、生活保護を申請した困窮者が利用するとされる、知る人ぞ知る施設である。ここ15年ほど、メディアや研究者、活動家から「貧困ビジネスの温床」と問題視されてきた。直近ではこんな記事がネットにあがっている。  記事によると、カーテンで仕切られただけの2段ベッド、定員10人の部屋を。利用料を払うと、毎月手元に残るのは4,000円未満。門限は午後5時。起床や入浴の時間も決まっており、食事も交替制、15分ほどしかないと

          無低批判と福祉オリエンタリズム

          「実践」、「プラクティス」、そして希望

           いまだに私は「社会福祉の常識」がわからないので困っている。何歳になっても私にとっては名古屋弁が母語であるように、社会福祉よりも文化人類学のほうが認知的な母語になってしまうのかもしれない。  いま少し困っているのは、「実践」という言葉の意味である。文化人類学や社会学では「実践」の指す2つのニュアンスが区別されてきたが、社会福祉で「実践」が語られるとき、どちらを指すのだろう?と戸惑うのだ。 実践とプラクティス     2つのニュアンスのうちのひとつは、古代ギリシャのプラーク

          「実践」、「プラクティス」、そして希望

          あぶない<エビデンス・ベースド・X>

           生活困窮者自立支援の事業では、毎月報告書の提出が義務づけられている。はぁ、面倒くさい。制度スタート前から厚労省は「全国一律の帳票」を使うと明言している。全国一律でデータを取りたいんだな、数字だけほしいのね、とは思っていた。  ところが先日、厚労省のデータ分析報告を見つけて少し固まった。  エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング。根拠に基づく政策策定。  そのために検証するのは「就労者数や増収者数を増加させる効果」だけ。利用者がどんな風に感じたかとか、支援者が何をどうし

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          現場とアカデミアの裂けめ

           社会福祉の世界に入って15年ほどが経った。日々感じていることなどを、雑ではあるものの、記してみる。初noteである。ひゃあ。  社会福祉の世界では「実践と学問」の関係がしばしば問われる。2014年に国際ソーシャルワーカー連盟(International Federation of Social Workers :IFSW)が採択した「ソーシャルワーク専門職のグローバル定義」ではSWを「実践に基づいた専門職であり学問(a practice-based profession

          現場とアカデミアの裂けめ