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自分にとって最高の相談相手を探そう

「どうしよう。。。」

何かに悩んだとき。
何かを決められないとき。

どうして良いのか途方に暮れて、誰かに相談してみたり、占い師を探してみたり。


自分以外の、頼れるべき誰かの意見を探そうとする。


でもこれは、実はとっても不思議な行動になる。

だって、その結果を受け取るのは、誰かではなく自分自身なのに、何故

自分自身の意見
を見つけずに、
誰か他の人の意見
ばかりを採用しようとするのだろう。


自分のココロと相談する



私たちは小さな時から、自分のココロを偽ることを覚え込まされてきた。


これ食べたくない

→無理してでも食べなさい


行きたくない

→無理してでも行きなさい


それには興味がない

→無理にでもやりなさい


そして、それができないと評価をうけられない落ちこぼれ扱いをされるという恐怖を叩き込まれる。

身に覚えがある方が殆どなのではないだろうか。


だからいつしか、自分のココロが出している答えにはフタをして、評価をうけられるようなものを探し出して答えにしようとする。

そんな行動が癖になり、無意識にそれしかできなくなってゆく。

世間的に立派とされているあの人が言うから、そうする。
みんながやっているから、そうする。
吹聴されているから、そうする。


そうして、無難と思われる答えを見つけて、落ちこぼれの恐怖を回避しながら生きてゆく。


そうして生きているあなたは、表面的には立派にやっているような気がしているけれど、ココロの奥深くには、自分自身に抑え込まれて封印された、ほんとうの想い、自分自身にとっての答えが存在していることも無意識には知っている。



それが、原因不明の苛立ちや悲しさの正体になる。



自分自身のほんとうの答えって、そんなにも封印しなければならないほど、いけないものなのだろうか?
その答えはこうだ。


本当は、苦手なものやキライなものは、その人にとって必要ないもの。

無理して食べたらアレルギーになったり、無理して行ったらとても傷つくことになったり、無理にやってもダメ出ししかされなかったり。

心当たりがある方、とても多いのではないだろうか。


これまでそれが正解で、良いと思っていたことなのに、実はそのことが自分を苦しめていた。
そんなことが、たびたび起こっている。


この話を読んで、

ふーん

としか思わなかった人にとっては、この話は無用の長物なのだろう。

けれど、

「だって!」
「でも!」

と、反抗心や怒りがもし湧いたのだとしたら。


その話は、後にあなたのココロにとって宝物になる可能性を秘めていると思う。


もしも、何かに悩んだとき。
相談する相手が、自分自身のココロなのだとしたら。


きっと、人生から後悔の二文字が消えてゆくような気がする。

仮に、ほかの人に何か意見をもらったとしても、盲目的に採り入れるのではなく、それを参考にするかしないかを自分自身のココロでハッキリと選べるような、そんな感覚があれば。


自分の最高の相談相手はきっと、自分自身のココロなのだろうと思う。


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