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【読書】思考する機械コンピュータ by ダニエル・ヒリス


あらすじ

重要なのは機器ではなくコンピュータという考え方だ。第一人者が原理から説き起こし、並列処理や進化的アルゴリズムなど最先端の話題まで解説する必読の入門書。

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1.  概要

ダニエル・ヒリスの『思考する機械コンピュータ』(原題:The Pattern on the Stone)は、コンピュータの本質を明快かつ平易に解説した書籍である。本書は単なる技術書ではなく、コンピュータの仕組みを深く理解したい読者に向けて、その根底にある哲学と理論を、数式を使わずに言葉と図で説いている。

著者のヒリスは、MITでコンピュータサイエンスを学んだ並列コンピューティングの先駆者であり、Thinking Machines社の創設者でもある。本書では、コンピュータの基礎概念を物理学や数学と関連づけながらも、初学者にも分かりやすく平易な言葉で説明している。特に、ブール代数、チューリングマシン、並列処理、量子コンピュータなどの概念を、専門的な数学の知識がなくても理解できるように構成されている点が特徴的。

本書のもう一つの魅力は、コンピュータの仕組みを単なる技術的側面だけでなく、哲学的・思想的な観点からも考察している点にある。たとえば、「コンピュータは思考するのか?」「コンピュータにできることと人間にできることの違いは何か?」という問いに対して、人文科学分野の哲学者が、「人間は特別である」という結論ありきで議論を進めるのを戒め、論理回路などの原理原則に絡めながら考察する場面は、読者に深い思索を促す。

2.  「わかりやすさ」と「視点の広がり」

本書の最大の魅力は、「わかりやすさ」と「広がりのある視点」にある。

多くのコンピュータ関連書籍は、専門用語や高度な数学を前提としているため、一般の読者には敷居が高いことが多い。しかし、本書は比喩や具体例、視覚的に想像しやすいように図を駆使し、複雑な概念を直感的に理解できるよう工夫されている。たとえば、「コンピュータはなぜ計算ができるのか?」という疑問に対し、単純なスイッチの組み合わせから出発して説明するアプローチは、初心者にとって非常に有益である。普段コンピュータという、つるんとした滑らかな箱の中で行われている事象が、しっかり手触り感のあるものとして想像できるとうになる。

次に、視点の広がりについて。本書は単なる技術解説にとどまらず、コンピュータ科学の歴史や未来についても言及している。特に、並列コンピュータや量子コンピュータといった(1990年代当時の)最先端技術にまで話が及んでいる。これらの技術は、今日ではそこまで目新しいものではないかもしれないが、だからこのコンピュータサイエンスの歴史を初期の方から学ぶことができる。

また、ヒリスは技術の発展が社会や人間の思考にどのような影響を与えるのかについても考察しており、テクノロジーが持つ哲学的側面を考えさせられる。

3.  古い本だが、現在も価値を持つインサイト

本書が1998年に出版されたため、現在のコンピュータ技術の進展を踏まえると、一部の内容が古くなっている。特に人工知能(AI)の発展については、本書の記述よりもはるかに進んでおり、本書には「まだできていない」「難しい」と書いてある内容が、今日では普通に実現しているという箇所は多々ある。今日のAI技術に関する最新の知見を補完する必要があるだろう。

しかし、本書が説明しているのは「原理原則」「コンピュータの思想」であるため、記載内容に齟齬や誤りがあるわけでは全くなく、むしろ、原理原則に基づいたインサイトを提供している。


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