[推し本]企業変革のジレンマ(宇田川元一)/ビジネスでの臨床医師のような趣
人事組織・業務変革コンサルティングに携わる職業柄、参考文献は目を通しますが、本書はありがちな変革方法論とは一線を画し、日頃からもやもや考えていたことが言語化されて腑に落ちるところが多々ありました。
みんな大好きコッター先生や三枝匡さんのV字回復ストーリーは明快ながらも「実際はちゃう」となる部分、そもそも前提が違うから、と至極当たり前な指摘に改めて視界がクリアになります。
そう、現実には、プロジェクトXのように崖っぷちから這い上がるドラマティックなストーリーがないことのほうが多いですし、もしそんなことばかりなら雇用も安定せず大混乱でしょう。
多くの企業で言われる変革の必要性、、、しかし事業当事者にとってはなぜ必要なのか、特に今日明日困らない、変えることに(短期的には)合理性がない、現状維持か少しずつ利益率が下がっていてもまだ差し迫ってはいないという、ぽかぽか温泉ガエル(ゆでガエルほどでもない)状態の中で企業変革を進めるのが最も難しい。絵にかいたような面従腹背、総論賛成・各論反対、、、私も様々な企業で見聞きしてきました。
なぜ変革するのか。
それは業績指標と顧客評価と外部環境の変化に常にアンテナを張って、それらのゆらぎに応答して企業活動を存続するためだと考えます。なので、大きな事故や障壁に直面してからの一過性のイベントではなく、恒常的に人と組織の仕組みに埋め込まれているのが理想的で結果的にコスパも高いでしょう。(ただしドラマ性はないので語り草になりにくいし、誰かの手柄にもなりにくい)
トップダウンだけではうまくいかないことの方が多いですが、うまくいくケースは、この”ゆらぎ”の構造や関係性が、目標設定という形であれ、組織体制という形であれ、戦略・業績コミュニケーションという形であれ、社員に伝わっていて、さらには何かしら社員が参加(=自分事化)しているという場合です。
組織は自ずと断片化し、それにより視野狭窄になり、表層的な課題対処しかできなくなる問題、分業するからこそ大きな事業が回せることとの裏返しでもあり、組織の存在価値、昨今の流行りでいうとパーパス、が問われるところでもあります。
本書で、ドラッカーが”経営の目的は顧客の創造”と置いたのは、人間には理性の限界があるからこそ顧客という他者(とフィードバック)を通じて自らの現実を刷新し、人々の社会参画の可能性を拓く実践としてであると解説されています。
確かにそうでなければある種宗教集団的になるところ、多くの人が経済活動に関わって社会を回していくためには非常にプラグマティックな目的設定で改めて慧眼だと再認識しました。
方法論が先行しがちな、あるいはトップダウンで上滑りしがちな企業変革を真に人を中心に捉え直し、当事者からのナラティブで考え、それにより自発性を引き出すのは、昨今の当事者研究やケアの論理と通じるところがあると感じました。
宇田川さんの視点はビジネスにおける臨床医師のような趣があり(中井久夫さんを想起します)、変革推進側にも確かな知性と謙虚さと粘り強さが求められると思いました。
宇田川さんの前作「他者と働く」でも経営学者の領域を超えて、心理学的な観点でなぜ他者は理解できないのか、それでも一緒に働くにはどういうアプローチが必要か説かれ、対話のあり方の示唆がありました。「企業変革のジレンマ」でも対話はキーワードの一つです。アカデミック過ぎず、人柄がにじむ温和で読みやすい文章なので、どちらもおすすめです。