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愛の礫ALIVE3

❁⃘ 61 *̩̩̩̥*

ときどき
だれかの記憶がまぎれて
自分のことがわからない
そう
思いこんでいるだけで
ほんとうは私かもしれない
私は私なのか
それともだれかなのか
すこしばかり自信がない
いま
呼ばれた気がする
おそらく私の名を


❁⃘ 62 *̩̩̩̥*

石段に腰かけて
ずっとあなたを待っていたら
濃い影になってしまって
貼りついたまま
動くことができない
それでも
ときどき黒猫が来て
ひなたぼっこをしていくけれど
どのくらい待ちましょう
たとえば
あともう二千年


❁⃘ 63 *̩̩̩̥*

手のひらのなかで
ちいさなためいきが揺れやまない夕暮れ
ずっと彼方から
雨の匂いがする
こんな日は
遠ざかるレインコートを思いだす
いつまでも果たされない約束のように
憎しみもまた
激しい愛のかたちかもしれない


❁⃘ 64 *̩̩̩̥*

自らを燃やすことでしか
ぬくもりを伝えられない
真夜中
ろうそくの炎を見つめていると
私のほうが揺れているように思える
ひとりきりのつもりでいたけれど
ふり仰げば
ひとつくらい盗んでも
気づかれないような星空


❁⃘ 65 *̩̩̩̥*

それから
と投げだされたまま閉じる物語みたいに
穏やかな光に貫かれ
終わりを迎えられたらいいのに
花なのか恋なのか
それとも
いのちそのものの終わりなのか
それから

きっと
誰かがみている夢のつづきだ


❁⃘ 66 *̩̩̩̥*

今日のことばは
今日のうちに
いつのまにか
風に吹かれていくはずなのに
行き先のないいくつかが
手のひらのなかでうずくまる
火をつけてみても
燃えのこってしまうので
あとはただ
ぎゅっと
握りしめてみるしかない


❁⃘ 67 *̩̩̩̥*

見つめあうまなざしは
こんなに近いのに
あなたの瞳の奥には
そこしれない海がひろがっていて
きっと岸にはたどり着けない
つないだ手のぬくもりが
ふっと消えそうな夕暮れ
たしかめるように
あなたの名を呼びたくなる


❁⃘ 68 *̩̩̩̥*

もうすぐ世界が終わるので
美しい音楽が聞きたい
それはあなたがくちずさむ
遠い昔に覚えた愛の歌
やさしいひかりに包まれて
あなたの愛がこだまする
もっと美しい音楽を聞いていたい
もうすぐ
最後の夕陽が落ちるので


❁⃘ 69 *̩̩̩̥*

あまりにも急いで
陽が沈んでしまうと
影たちも迷子になって
あわてて誰かの足もとに飛びつく
私もいつだったか
知らない影を連れ帰リ
靴を脱ごうとして
驚いたことがある
だから
それからは少しだけ
玄関は開けてある


❁⃘ 70 *̩̩̩̥*

サラダに添えられた
ミニトマトの赤が
鮮やかすぎて目を奪われたあと
コーヒーのおかわりを
もう一口だけ飲んでみる
幸福な食卓にはいつも
食べきれないほどいのちが並ぶ
私もいつの日か
どこかに並ぶのかもしれない


❁⃘ 71 *̩̩̩̥*

誰もいなくなった
真夜中の遊園地で
観覧車が回っていることがある
きょう乗せた人たちのことを
思い浮かべ
月の光がまぶしく散る
黒い海を見つめながら
行ったことのない
遠い南の島のことを
こっそりと夢にみている


❁⃘ 72 *̩̩̩̥*

見あげた樹から
思いがけず枯れ葉が舞って
左の手に落ちてきた
一枚のいのちの終わりに
ただ通りすぎるだけの
私が選ばれたのは
ほんの偶然だったろう
乾いた軽さに触れた薬指の爪に
夕陽の赤が
ひっそり灯っている


❁⃘ 73 *̩̩̩̥*

立ちつくす真冬の桜のしたで
うずくまって幹を抱きしめると
あなたの匂いがよみがえる
耳をあてれば
梢をわたる風が聞こえる
とぎれない乾いた旋律をみちづれに
まぶしい青にあこがれながら
あなたの夢が縫いすすむ


❁⃘ 74 *̩̩̩̥*

書き終えたページの裏側には
真新しい余白がひろがっていて
あしたのにおいが
ほんの少しこぼれてくる
私の名前で綴じられたノートは
一度きりしか書けはしないが
あしたを埋めるインクが
美しい色でありますように


❁⃘ 75 *̩̩̩̥*

おやすみなさいを言ったひとに
おはようを告げられる朝
まぶしすぎるほどの光と
パンとミルクと
柔らかなほほえみさえあれば
よろこびを感じられる
重ねた指先をつたう
あなたのぬくもり
たしかな今を刻むいのちがある


❁⃘ 76 *̩̩̩̥*

黙ったままでいると
私のなかに
いくつもことばが降り積もる
一日の終わり
ひとつひとつ
たしかめるように
暮れていく空に放ると
ちいさく燃えながら散って
見あげれば
ひそかな願いみたいに
新しい星座が並びはじめる


❁⃘ 77 *̩̩̩̥*

私のなかにひろがる
ひとつの遠さに
あなたが手のひらを差し入れる
柔らかなぬくもりは
どこか懐かしい
手を重ねてみると
あなたのほうがもっと果てしない
交わるふたつの遠さは
静かに溶けあい
やがて光る永遠になる


❁⃘ 78 *̩̩̩̥*

空にひろげた果てしない五線譜に
あなたの投げた音符が散って
新しい季節がはじまる
降りそそぐメロディと
握りしめたひとつぶのかなしみ
たったそれだけで
きっとどこまでも優しくなれる
ほら
また風がたつ気配がする


❁⃘ 79 *̩̩̩̥*

このままもう少し
抱きしめていられたら
ぬくもりの意味について
語ってあげられるかもしれない
それよりも黙ったまま
じっとしていればいいかしら
海鳴りの聞こえる午後
漆黒の闇のなかで光る
青い地球を思い浮かべる


❁⃘ 80 *̩̩̩̥*

からだのずっと奥に
降りやまない雨があって
ずぶ濡れになってみたい
そう思うことがある
なにも見えない激しい音のなかを
ひたすら歩きたい
それでも今は
背中を丸め
傘を握りしめたまま
通りすぎることしかできない


❁⃘ 81 *̩̩̩̥*

指が
かたちを憶えていて
あふれる陽ざしのなか
あなたをたどりはじめる
ときめきもよろこびも
すべて忘れはしないけれど
記憶はいつも透き通っていて
空の青ばかりまぶしい
やさしさとかなしさは
なぜか少し似ている


❁⃘ 82 *̩̩̩̥*

あなたとの関数は
いつも双曲線になって
どうしてもグラフが描けない
わざと間違えて
答え合わせで困っていると
あなたが正しく描いてはくれるけれど
空の青に消える飛行機雲のように
せめて
あなたに届く放物線なら


❁⃘ 83 *̩̩̩̥*

降りしきる雪を
救急車のサイレンが切り裂く
クリスマスキャロルが
家路への足を急がせる
エナメルのコートが
肩をぶつけて行き過ぎる
切ないめまいのなか
遠くで誰かが叫んでいる
助けてほしいと
きれぎれの声が呼ぶ


❁⃘ 84 *̩̩̩̥*

あなたの胸に耳をあてると
遠い海鳴りが聞こえる
ずっと昔
すべてのいのちがまだ
潮の満ち引に揺れていたころの
記憶かもしれない
できるなら
このまま手足を丸め
ほんの少し猫背になって
ぬくもりのなかで眠りたい


❁⃘ 85 *̩̩̩̥*

あちこちで扉の閉まる音がする
すっかり日も暮れてしまったのに
どこに帰ればいいのだろう
鳥たちがいっせいに
はばたきを止めるように
音をたてて扉が閉まる
しかたがないから
大きなはさみで
夜空を切り抜くしかない


❁⃘ 86 *̩̩̩̥*

光になれたら
だれより早く
あなたのもとへ行けるのに
なにより強く
輝かせてあげられるのに
まっすぐ迷いなく
どんな暗闇のなかでも
恐れることはないけれど
あまりにもまぶしくて
きっと
あなたは私を見つけられない


❁⃘ 87 *̩̩̩̥*

公園の隅に
ちいさな椅子が置き去られている
古くなってぼんやりはしても
腰かけたひとたちの
ぬくもりは忘れられない
今夜も
冷たい月の光にぬれ
名前も顔も知らないけれど
通り過ぎたたくさんの
背中の夢をみている


❁⃘ 88 *̩̩̩̥*

背中を覆っていたつぼみが
今朝いっせいに開いたので
服が着られない
指からも
するする蔓が伸び
手も洗えない
しかたないので
まぶしい陽を浴び
ゆっくり光合成をしながら
あなたとの約束に遅れる言い訳を
考えてみる


❁⃘ 89 *̩̩̩̥*

産んだばかりの卵から
もう海がかえって
潮の香りをさせている
まぶしい陽を浴びて
やがて
ちいさな細胞が
ゆらゆら漂いはじめるにちがいない
そのあとはしばらく
待たなければならないので
新しい星座でも
考えてみる


❁⃘ 90 *̩̩̩̥*

ことばも
枯れ葉のように散るなら
美しい炎で燃やしてやりたい
風の歌を聴きながら
あざやかな光を放ち
空の高みへと舞う
燃えつきたあとは
送り火が行方を照らすから
迷わず
遠い夜空に還って
きっと消えない星になる


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青山勇樹
あなたの心に、言の葉を揺らす優しい風が届きますように。光と戯れる言葉のきらめきがあふれますように。

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