枝元悠大「オリガミの街」(「よいこのanon press award 2023」優秀賞作品)
15歳以下を対象にしたSF作品コンテスト「よいこのanon press award 2023」の優秀賞受賞作品である、枝元悠大「オリガミの街」を全文掲載いたします。
◆あらすじ
◆審査員による講評
オリガミの街
オリガミという物がただのパルプの寄せ集めであった時代というのは、もう二百年は昔のことになる。
その頃のオリガミというのは破れやすく、耐水性に欠け、何より動かなかった。
手元には、一枚の白くツルツルとした紙がある。軽く触るとたちまちに折りたたまれ、六角形のパイプとそこから生えた四角いグリップ、つまるところごくありふれた拳銃へと姿を変えた。何のことはない、脳からのバイナリデータを受け取ったオリガミが、その内部の可塑性アクチュエーターを駆動したのだ。
手に持ったそれを軽く二、三度振り、それから、やはりライフルにすべきだったかと思い直した。取り回しが良いのはこちらだが、いかんせん機関部のサイズが小さい。極端な話、今ここで虎や大鷲が現れたらこれではどうしようもないのだ。尤も、取り回しがライフルの比ではないほど面倒な大型ドローンを普段から侍らせている奴は多分居ないし、即席で折り出して足音も出さず奇襲できるやつは更に少ないだろうが。
「まぁ、襲われたら適当にその辺の床か壁使えばいいか」
そんな考えの元で、俺は歩を進めた。三ブロックばかり進んだところで少し足を止め、グミをばらりと箱から取り出した。雑に口に突っ込むと、黄色い合成グミの甘酸っぱさしかない味が口いっぱいに広がる。香料は付ける気が無かったのか、それともこれでも付いているのか。まぁ、配給のロボットに聞いても、マトモな答えを得られた試しはないのだが。
ひとまず、ここらで地図を確認しなければならないだろう。視界に広域マップを広げ、それから依頼にあった位置情報を突っ込む。と、たちまちにAIがルート検索を黄色い矢印で表示した。
「遠いな……スズメでも出すか」
スズメ。一対の可動翼で羽ばたき、鉤爪で登場者を保持する飛行型ドローンの一種だ。由来は地球に昔いた炭素系の生物だとか何だとか。果たして、本当にこんな無機質で角張った直方体もどきが飛んでいたのだろうか。いや、多分違うだろう。
貴重なものを鞄にねじ込む。携帯端末、エネルギーパック、グミ、そして古びたロケットペンダント——は軽く撫でて、迷った末に首にしっかりとかけておくことにした。脳内で大まかな折り図を組む。足は箱の真ん中あたりから二本の板をベースに、翼は板を二回内向きに折って歪曲させておく。折り出されたら更に細かく鉤爪を折っていく。慣れたもので、ものの二十秒ほどで形が出来上がった。軽く引っ張り、分離しないことを確かめる。
鉤爪にしっかりと体を通し、足で強く地面を蹴る。と、白い一枚の翼が斜めに空を切り、それから大きく羽ばたいた。
みるみるうちに地面が小さくなる……訳ではない。高度は一五メートルかそこらが限度だ。そもそも、廃墟となった高層建築物が建ち並ぶこの街で数百メートルの高度を出しても、危険なだけでメリットはないのだ。
効率重視の箱型建築(文字通り、窓もないほんの十数手で折れる箱だ)で形作られた森を、隙間を縫うように飛行する。そうこうしていると、ほんの数百メートル先に一際目立つ広い区画が見えてきた。その一部分だけビルが崩され、代わりに巨大なオリガミが歪に組み立てられている。
その更に平べったい部分でチカチカと赤い誘導灯が光っているのが見えたので、俺は羽を静かに傾けた。
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「やぁやぁ、ようこそ私の家へ」
依頼人は大きな声でそう言った。家、というのはどうにもこの廃墟一歩手前の剥き出し建築をいうらしい。ガラクタの山に、妙に小綺麗なワンピースを着た女性。なんともアンバランスな構図である。
俺は差し出されたサイダーのボトルを一口飲み、それから本題に入ろうと話を切り出した。
「ひとまず、依頼の詳しい内容を教えて欲しいのですが」
「ああ、そうだね。いや、中央のカウンターに投稿できる文字数の関係で、詳しいことが載せられなかったんだよ」
このステーションでは、仕事は中央政府が収集/分配する。つまりは人工知能が、だ。
ただ、こんな感じで使い勝手の悪い点も多い。今回もその煽りをもろに食らったという訳だ。
安全な事務仕事だと思っていたらハーネスなしで宇宙船の整備をさせられる、なんてこともザラである。どんな仕事が待っているのか、と思わず身構える。
「依頼は単純、私が今から渡す展開図を折って欲しい。察せるとは思うけど、大型建築物のね」
「これですか……っと、うわっ」
白地が見えるか見えないかというほどの複雑な線の引かれた展開図に、思わずそう呟く。しかも、一つだけではない。ユニット工法で作られている様で、計三十個強の展開図フォルダが散らばっている。
「なるほど、だからホールドが必要だったんですね」
「そ、手やらチンケなソフトやらで折ってたら一生終わらないだろう?」
グミの最後の一個を口に放り込む。同時にホールドエンジンを起動し、高精度モードに切り替える。
「それじゃあ、取り敢えず第二棟から」
「ああいや、後棟からやってくれ」
俺は不思議に思った。
中棟からならわかる。この建物は概略図を見る限り中棟の周りに他の棟がくっつく様な型をしているから、途中変更の可能性を考えればその方がいい。しかし、なぜわざわざ後ろから……?
「……ジェネレータの機能が死んでしまっていてね、私の命も残り僅かなんだ」
この街では一応送電線が生きていることになっているが、それは建前だ。実際には、核融合炉が無ければたいていの人は数日で低体温か何かで死を迎える。
「僕が遅れたらどうする気だったんですか?」
「君は時間通りに来ると評判だったからね」
「……そりゃどうも」
事実たどり着いたのだから、もはや何も言えない。
「取り敢えず、機関部だけ作っていきますね」
「ありがとう……命の恩人だよ」
融合炉の点火レーザーに試運転用の電力を流し込む。線形コイルに閉じ込められた重水素プラズマが瞬間的に数億度に達し、たちまち超高温の熱核融合反応を始めた。
押し出されたプラズマはその運動エネルギーを電力に変換し、その電力でまた新しいプラズマが加熱される。反応速度は秒間百回前後。FRC式核融合炉としては一般的だが、これは妙にサイズが大きい。というか、普通の民間炉はトカマクかヘリカルが大半のはずだ。
「あー、あったかい」
熱運動操作機構が早速動き始めたようで、周辺の温度が二十五度に固定される。この分なら、暫くすればこのビル自体の機能も回復するだろう。
「しかし、この核融合炉って昔の軍艦とかに使われてたタイプですよね。いくら何でもオーバースペックじゃ」
「まぁ、多くて困ることはないしね」
「それは、まぁ、そうですね。この後は外壁と装置類から作っていきますか?」
「あ、できればコンピュータを優先してくれると有り難いね」
「分かりました」
淡々とした会話の後に訪れるのは、静寂だ。オリガミの設計図の手順を考えて立体に組む作業が黙々と遂行され、オリガミの擦れる小さな音だけが空間を満たす。やがて、そんな静寂に耐えかねたかのように依頼人はこう声を上げた。
「……自己紹介しないか?」
「え、でもプロフィール画面に名前は載ってますよね」
「いやそれはそうだけれど、ほら、好きなものとか」
「あー、なるほど」
クライアントの依頼には最大限従わなければいけないし、何より特に断る理由はない。
「えーっと、改めて。僕の名前は舘文章です。年齢は十七歳で、好きな食べ物はレモン味のグミ。他は……あ、趣味は特にないです」
「レモン味のというと、あの合成食品か。ああ、私は有沢知子。年は二十二歳。好きな飲み物はサイダーで、特に三本矢の意匠がついてる遺産品は格別だ。趣味は折り紙制作、よろしく」
「オリガミ?」
思わずそう聞き返す。少しして、失礼だったかと思い直して訂正を加えた。
「ああいえ、オリガミを趣味にしている人はあまり見たことがなかったもので。友人から少し見聞きしたことはあるんですけどね」
嘘ではない。そもそも自己紹介で「趣味」などと言っておきながら、自分を含めて胸を張って語れるそれを持った人に出会った覚えはほとんど、一人を除いてはないのだから。
「確かに今となっては有名ではないけど、これでも江戸時代から続く伝統的な遊びさ」
エド——江戸か。今から三百年余り前の中世後期日本の呼び名だと、どこかで読んだような気がする。
「ですが、江戸時代には電気は通っておらず、工業も発達していなかったと聞きます」
「ああいや、今の工業素材を兼ねたアレではなくて、普通のパルプ——植物繊維でできた紙だよ」
「紙……」
動力繊維も入っていないし、バッテリーもチップもない。おそらく、物資の乏しい昔ならではの素朴な遊びだったのだろう、と勝手に想像した。
今となっては映像作品が巷に溢れているが、流石に五百年も前となれば存在しなかっただろう。
「ところで、その友人と言うのは君と同じく技師かい? そうなら名前を知っておきたいんだが」
「それが……」
俺は思わず胸元のペンダントに目を落とす。最後に、いや最後の顔を見てから三年は経ったはずだ。依頼人も何かを察した様で、「あー、すまない。悪いことを聞いたね」と言った。
「いえ、もう整理はつきましたから」
「それならいいんだが……」
実際のところついたかは分からない。が、そうだとしておこうと思う。でなければ、いつまでも進めない。
中断していた作業を進める。天板を構成する三重のミウラ折をしっかりと折り込み、スムーズに動くように折る。しかし、こんな所までも事実上一枚で折れているというのだから凄まじい。普通はもっと多くの部品に分割して作るものだが、それは耐久性の低下と表裏一体だ。その点、この家はオリガミ本来の耐久性に近しい性能を持つだろう。
「おーい、少し作業を中断しないかい?」
「いいですけど、何か——」
依頼人が持ってきたのは身の丈ほどはあろうかという巨大な竜だ。
「うわっ!? 何ですかコレ」
思わずそう問いかける。
「龍神3.5、二十一世紀前半を代表する折り紙さ」
「コレ……もしかして、全部一枚折りですか?」
彼女は静かに頷いた。俺は驚愕する。鱗の一枚一枚までしっかりと折り出されたそれをどう折ればいいのか、俺には逆立ちしたって作れそうにない。
「凄いだろう、一年かかったんだ。他にはほら、これはカブトムシで、これは悪魔」
「凄いですね。しかし、何故作ろうと?」
思わずそう聞いた。
「強いて言うなら、楽しいから、かな」
「楽しい……うーん」
楽しいかどうかと言われたら、確かにそういう面もあるだろう。しかし、楽しみだけなら中央の人工知能がいくらでも作ってくれる。少なくとも、俺はそういう思いが拭えなかった。
「確かに、映画や漫画なんかは中央のコンピュータが際限なく供給してくれる。でも……それじゃつまらないんだ」
「と、いうと」
人工知能の作る作品はかなり多様で、もっと言えば個々人の感性を抽出し、それに応じて作成することさえできる。つまり、合う合わないの問題は存在しないのだ。
俺の疑問を察したように依頼人は答えた。
「何というかね、そりゃああそこの作る物は目の玉が飛び出るほど面白いよ。だけど、それは結局人の作ったものを受け取ってるだけなんだ。自分の思いをアウトプットし、何かを作る。そういうことが私は好きなのさ」
正直な所、彼女に完全に共感できたわけではない。だが、「人の作ったものを受け取っただけ」という言葉は自分に突き刺さったかのように頭の中に残っていた。
「ああ、変に時間を取らせてしまってすまない」
「いえ、私は依頼を受けた側ですので」
そういい、俺は作業に戻り、依頼人も何か新しく作業を始める。と、彼女は振り返ってこう言った。
「ああ、明日も少し時間をとっていいかい? やりたいことがあるんだ」
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この中棟は、上から見ると縦方向に長くやや尻すぼみな八角形の形をしている。
棟をそこに四つ並べていくのが今日の作業だ。といっても、精々二つが限界だろうが。
「おーい、舘君。そろそろ休憩にしないかい?」
そう声が響いた。依頼人は午前中は設計や解析を行なっているが、午後は大抵休んでいる。もっとも、俺も同じような状態だが。
中棟に入ると、既に何か物が広げられていた。口に入れていたグミを喉の奥へと押し込み、それから話を始める。
「これ、オリガミですか?」
ビビットな色使いに変更されてこそいるが、現代でオリガミ以外の資材などあるはずが無い。
「ああ、その通りだよ。と言っても、無線接続を切っているんだけどね」
「それはまた、何故」
「手で折るためさ」
そういうと彼女は空中にあるアプリケーションを起動した。見慣れた標準Pビューアーだが、その表示は見慣れないローカルファイルを示す物だった。
「別に手を動かさなくてもいいんだが、やっぱり動かした方が作ってる実感が湧くだろうってね」
「これは……展開図、……いや、手順図ですか?」
見ると、一と書かれた箇所には十字に折るようイラスト付きで指示が、二、三と書かれた箇所にも同じようにイラスト付きの手順が記されている。
「折り紙を広めるためにね、こういうのを作っているんだ。一部は昔の掘り出し物もあるけど、大抵は私が作ったんだよ」
少しだけ得意げに彼女はそう言った。
「ささ、早速折ってみたまえ」
彼女ははにかんでそう言った。特に断る理由はないし、むしろ俺としても少し興味がある。
一枚の「折り紙」を静かに手に取る。質感はいつものツルツルした柔らかい物ではなくて、抵抗感と適度な硬さを持つ物だった。
十字に折り目をつけ、そこから正方形に折りたたむ。基本形だ。折り目をつけて、戻す。開いて、少し潰し、また戻す。
普段とやっていることは同じのように思えるが、その実まるで違う。これは、いつもよく見る機械的な建築ではない。意味と技巧が詰められた、言うなれば小さな芸術だ。
「どうだい?」
彼女の声で、自分が少しはにかんでいることに気づいた。誤魔化すように苦笑し、「楽しいです」と返す。
「そりゃあ良かった」
彼女は本気で安堵したかのような表情を見せた。
正直なところ、俺はこういう行動にあまり価値を見出せない部類の人間だ。だが、この作品には正しく価値があるものだと思わせる何かがある。
やがて、朧げながら全体の形が見えてきた。頭と尻尾、いつぞや作ったスズメモドキと違い、これは随分と生物らしい姿をしている。
「おお、初めてなのに大分出来がいいじゃないか」
「建築物を作るのと、注意する点は同じでしたから」
きっちり、正確に。妙なアレンジを加えず、十分の一ミリまで徹底する。それが、オリガミを折る時のコツだ。
そう考えると、ふと、自分の中で疑問が浮かんだ。
「でも、結局は模造品なのか……?」という疑問だ。
結局、これではAIから受け取るのと余り変わらないのではないのではないか。
「……それは……」
彼女は難しい顔をして考えだした。うっかり口に出てしまっていたようだ。俺はすぐに「すみません」と言った。
「いや、君の言葉ももっともさ。ただ真似るだけなら、映画を観るのだって同じさ。もちろん、作って楽しいという工作的な面はあるけどね。だから、何個も折って余裕ができてきたら少しアレンジして欲しい。ここにツノを増やそうとか、羽をもう少し大きくしようとか、そのぐらいでもいいから、何かオリジナルの要素を入れてみるんだ」
「オリジナル、ですか」
「そう、オリジナル。そうすれば、いつか自分だけの折り紙を作れるようになる」
模倣ではなく、創造。依頼人はそう言った。
「折り紙っていうのは、工業製品じゃないからね。想像を巡らせなきゃ」
というのが彼女の持論らしい。
それからも、俺は午前中にはオリガミを、午後は折り紙を折る生活を続けた。第二棟、第三棟と出来ていくにつれて、同時にカブトムシやお面などが部屋の棚に増えていった。
「ふむ、随分増えてきたね」
「そうですね」
棚を眺めつつそう呟く。既に、俺の物だけで十個余りが並んでいる。
「ビルの方もだいぶ出来てきましたし、後は後ろを少し整えるだけですね」
「ご苦労様。あ、後、いくつか君に渡したい物があるんだ。えーっと……」
そう言って依頼人は俺に背を向けた。
やるなら今だ、そう俺は考え、一枚のオリガミを取り出した。既に中央からの実行命令は降っている。数日間踏ん切りが付かず実行に移せなかったが、依頼が完遂される前までにはやらざるを得ない。
オリガミを折る。ここ数日間折ってこなかった、しかし俺にとっては何よりも馴染み深い形だ。
オリガミをやや震える手で軽く触ると、たちまちに折りたたまれ、六角形のパイプとそこから生えた四角いストック、つまるところごくありふれた拳銃へと姿を変えた。動きは一瞬、不意をつくのは何よりも簡単だ。
「動かないでください」
「……そんな気は、してたんだけどね」
依頼人は少し寂しそうにそう呟き、こちらへ振り返った。
「……貴方には、特区法第二条違反の嫌疑がかかっています」
特区法第二条——効率的な社会運営を掲げ、過度に非効率的な娯楽、中央のAIが作った物以外の娯楽を禁止する法律だ。権利問題や過激思想などを一挙に解決するために作られた、錆びた楽園の遺物。人間社会の人工知能への代替を進めた旧世紀の象徴である。
「手を挙げて、投降してください。今なら数ヶ月の禁錮刑、並びに製作物の破棄だけで済みます」
「残念だけれど、無理だ」
「……何故、ですか」
俺はうめくようにそう呟いた。
「折り紙は楽しいですよ、でも、命をかけるほどの物じゃないでしょう! AIの作ったものでそこそこ笑って生きていく——それじゃ」
ダメなんですか、という言葉を続けることはできなかった。喉が震える。依頼人は静かに首を横に振り、それから口を開いた。
「私には、できないよ」
「なんで……」
依頼人は一歩進み、それからオリガミに手を伸ばした。俺は反射的に銃の引き金を絞ろうとする。そこで初めて、腕は伸び、銃口が真下を向いていることに気づいた。
「私にとって、物を受け取るだけの生活なんてのは、死んでるのと同じなのさ」
「貴方も、ですか」
銃を握ろうとするも、うまく力が入らない。緩和剤を探そうとポケットに手を突っ込むと、一つのぺンダントが指に引っかかった。
「……それは」
「みんな、バカですよ」
俺はロケットを開き、そこにあった写真を見た。憎たらしくて、それでいて世界で一番愛らしかった親友——結局、最後までそれ以上にはならなかった——の顔。
「君の、友人なのかい?」
「アイツも馬鹿な奴でしたよ。芸術家になるだの喚いて俺をあっちこっち引っ張って、最後は自分の絵と一緒に警備ロボットに撃たれて」
言っていると、少しずつ涙が込み上げてきた。声が上手く出ない。
外から銃声が響いた。恐らく、警備ロボットが動向を見に来たのだろう。
この分なら、そう時間の経たないうちに本隊も到着するはずだ。結局、こうなるのだ。
「音が聞こえるでしょう? 抗っても勝てっこない」
「それは」
何か言おうとした依頼人の声を、外からの音が遮る。著しく音質が悪いが、かろうじて降伏を呼びかけていることだけがわかる。
今すぐに目の前の彼女を始末しなければ、俺の命の保証もないだろう。震える手で、再度銃を握りしめる。
「投降してください」
依頼人はそれには答えず、こう言った。
「断る。……君の友人も、そう言ったんだろう?」
「っ……」
その言葉に、銃を握る手が少し鈍る。
「最後に、一つ依頼をしていいかい」
依頼人のその言葉に、少し考え、それから静かに銃を置いた。
「……はい」
「ありがとう。このプログラムを、建物に適用して欲しいんだ」
俺は何も言わずに従う。何も言うことが思いつかなかったのだ。
『承認』
機械音声が頭に響いた。依頼人の方に視線でサインを送る。と、彼女はニッと笑った。
何故だろう、後数分もすれば殺されてしまうのに。ただ、それがなんとなく分かる様な気もした。
依頼人は手を前に突き出した。操作型アプリの標準起動を行っているのだ。彼女はさらに、声を明るく張り上げてこう言った。
「さて、反撃開始と行こうか!」
「へ?」
突然床がひっくり返る。重力の方向を体がうまく捉えられない。少しして、この部屋自体が持ち上がっているのだと気づいた。
「なななななんですかこれっ!!?」
シースルーにした窓から見える景色はぐんぐんと上がっていく。オリガミにアクセスすると、駆動部を示す十数個の黄色い矢印が点灯していた。外観情報は作っていた時と同じ……いや、それよりも少しスリムになっている。左右の棟——足部分の空洞が減っているのだ。
「行けっ、ズワイ!!」
「ズワイガニっ!!? や、それより」
足元から金属の割れる音が断続的に響く。ロボットが次々に踏み潰されているのだ。
「たとえ敵わなくても、私は人生の全てを使って抗うさ」
「っ!!」
それが返答であるとすぐに気づいた。やっぱりアイツと同じだ、と思う。
「昔の人の言葉を借りるなら……そうだな、“どれだけ生きたかではなく、何を成したか”と言ったところだね!!」
その言葉が強く俺の心に突き刺さる。痛みはない、ただ熱いのだ。
「さて、新しく依頼がある。手伝ってくれ」
このままあの日から逃げ続けるか、それとも、アイツの後を追うか。ここにきた時から、心はすでに決まっていたのかもしれない。
「……勿論です!」
「よし、ひとまず足元にカメラを作ってくれ。アイツらが何処にいるかわからないんだ」
カメラの画像を中継すると、機械の残骸の中に僅かに蠢く物があった。
「それ潰せっ!」
「ひょえっ」
思わず変な声が出た。
「そらそらそらそらっ!!」
この建物、いや、ズワイはその巨体からは想像できない様な速度で街を闊歩していく。質量はビル一棟分にも匹敵するのだ、もはや止められるものは殆ど存在しないだろう。
破壊の限りを尽くす俺たちの前に、突然眩い光が立ち塞がる。
見ると、遠くに飛行艦の艦影がある。イオン放射が展開された電磁防壁に阻まれ、薄く広がるように弾けたのだ。
「やはり出てきたね。君、砲撃だっ」
「砲撃!? そんな機能が——」
あった。核融合機関の荷電粒子をそのまま撃ち出す機構が、名目上は冷却装置としてついている。
「シールドキャパシタへの電力供給がダウンしますが」
「構わん、やれ」
彼女は笑った。俺も笑った。
青色のイオンが空間を燃やし、数キロ先の船へ一直線に突き刺さった。
「あれ、一発で通りましたね」
「おおかた、反撃されるとは思ってなかったんだろうね」
彼女はいい気味だと笑った。
「さて、これから私は次の街を目指そうと思う。折り紙を広めるためにね。君にも、同行してもらいたい。どうだい?」
答えは分かっているだろうに。俺は大きく頷いた。
「勿論っ!」
二発目のイオン放射がビル群を溶解させ、進むべき道を指し示した。
円筒形の切れ目の先には、曇り一つない、太陽が眩く降り注ぐ青空が見える。
「うわっ、今度は三隻来てますよっ!」
「ええい、退却っ」
切れ目に勢いよく飛び込む。船は追ってこられない、建築物の破損回避を優先するからだ。
ペンダントを開き、太陽の光に掲げる。
「あ、サイダーグミっていりますか」
「ぜひ……って、三ツ矢じゃないかこれ」
それから、一枚のオリガミ……いや、折り紙を取り出した。
「いいのかい?」
「ええ、勿論」
折るのは簡素な折り紙。昔、親友が「折り紙を嗜んでいる友人から貰った」と言って渡してきた標準図表ファイルを開く。
「よっと、少し窓開けますね」
俺は大きく腕を振りかぶり、その折り紙を風に乗せる。
太陽を受けて輝きながら、その飛行機は大きく宙を舞って、それから何処へともなく消えていった。
◆著者プロフィール
授賞式の様子は、下記の記事をご覧ください。
*次回作の公開は2024年11月20日(水)18:00を予定しています。
*本稿の無料公開期間は、2024年11月20日(水)18:00までです。それ以降は有料となります。
*〈anon future magazine〉を購読いただくと、過去の有料記事を含めた〈anon press〉が発信するすべての作品をご覧いただけます。
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