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御餅田あんこ
2020年5月24日 11:16
お題「鞄の中の折り畳み傘」で 鞄に折り畳み傘を忍ばせるようになって、もう二ヶ月になる。学校ではまだ一度も開いたことのない、秘密の傘だ。 下校を促すチャイムを耳にして靴を履き替えたものの、藍はしばらくエントランスの屋根の下に留まっていた。灰色に霞む空からは、雨がしたたかに降り注いでいる。 そろそろ梅雨入りだという。雨の頻度も増えていく。もう一本、傘を買うべきだと思った。教科書類は濡れると
2020年5月23日 00:48
『お題をもらって書く』より、「夜行バス」で 人の世の常として、この度、わたくしも長旅をすることとなりました。旅と申しましても、目的地まではバスが運んでくれるため、わたくしは乗っているだけなのです。 全ての乗客を乗せて街を出立いたしますと、あとはただひたすらに闇の中を進んでいくのです。土手道のような、闇の中に道だけがあるような景色の中をずっと走るのですけれども、はじめはそれを眺めていた乗客たち
2020年5月23日 00:12
『お題をもらって書く』より、「朝焼け」「涙」「ふたりきり」で 窓の外では次々と看板のネオンが消灯していった。 駅にほど近いこのバーは、朝六時まで営業している。以前一度、終電を逃してこの店に足を踏み入れてからというもの、エミは毎週末をここで過ごしていた。今は始発を待つためにというより、少しだけ上等な夢を見たいがために。つまりは、普段飲まないような酒と、日常から隔絶された空気感に酔いしれて
2020年4月25日 12:59
『お題をもらって書く』より、「たったひとりのおんなのこ」で 暗闇を少女は慣れた足取りで歩く。全ての窓が雪と氷に覆われ、建物の中には一切の光が入らない。少女が手に持ったランタンだけが、ぼんやりとした光を放っていた。 照らし出される壁面は書架だ。ここはかつての図書館であり、研究施設であり、地上が凍り付いてからはシェルターとしての役割も担っていた。だが、かつてここに逃げ込んだ人々、そしてここで研
2020年4月18日 20:55
『お題をもらって書く』より、「ばけもの」と「お鍋」で 薪の爆ぜる音を聞いた。人の往来の絶えた山道での事である。里人に扮した男は茂みをかき分け、音のした方へと進み、そこで枯れ木のような老爺に会った。老爺は道の真ん中で火に掛けた鍋をかき回しながら、男に気づいて顔を上げた。 ――見つけたり。 男は口角の上がるのを抑えながら、さも不思議そうな面をして老爺を見やった。ここに人がいるわけがない。こ
2020年4月18日 02:27
『お題をもらって書く』より、「やかん」と「ストーブ」で 泥のように眠り、刺すような冷気に目を覚ました。いつ眠ったのか、どれだけ眠れたのか、全く分からない。ただ、枕元に置かれた時計が、長年染みついた習慣通りに目覚めたのだと示していた。 美枝子は自分の体温で温まった布団から這い出して、髪を結い上げる。部屋中が凍てつくような空気に充ちている。目に見えるほどはっきりと、吐いた息が白く広がった。