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潮風にのって

秋の朝は、面白い。

清々しくて、楽しくて、急に雨が降ったり、びっくりする。

一番早起きなニワトリの次くらいに目を覚まし、早番のカラス達と愉快な挨拶を交わしながらウォーキングへ向かう。

私は現在『パニック障害』を患っており、月に一度通院している。

この病気とも長い付き合いで、『くせっ毛』『丸顔』と肩を並べる、自分の特徴のひとつと数えられるくらいになっている。

担当医や薬剤師の方のアドバイス、また体重の維持などの健康上の目的もあり、もう随分と前から朝と夕方の散歩が日課となっている。

春夏秋冬、それぞれに合わせた格好をして、今日もまたゆっくり歩く。

このお決まりの散歩道は、私がまだ小さい頃、祖母に手を引かれて歩いた思い出の道でもある。

母はいろいろと厳しい人で、子供のうちは虫歯になるからと、甘い食べ物をあまり食べさせてはくれなかった。家の修理に来ていた大工さん達が休憩中に食べるお茶菓子の中に、アーモーンドチョコがたくさん入っていて、幼い私はそれがどうしても欲しくて食べたくて、用もないのに日焼けした大工さんの周りを何周も歩き回りニコニコしながら挨拶をしていた。
けれど誰一人としてそのお目当ての獲物を取り分けてくれる聖人はおらず、おせんべいやビスケットを、「ほら、これ食べんね?」と渡してくれる。
「甘いものは食べないようにしてるけん、大丈夫」
と、強がりを言いながらせめて隣にある綺麗な色をした飴玉でも取ってくれたらいいのになぁと、子供ながらに優先順位を決めながら、早く大人になりたいなぁ、大人はいいなぁと考えていた。

大工さん達の休憩が終わり元の持ち場へ帰ると、また大工仕事の音が聞こえる。私は目の前のバスケットの中のチョコと飴玉が気になってなかなかその場を動けなかったが、手を伸ばしてこっそりポケットに忍ばせる勇気も度胸もなく、心の中のか弱い悪魔はあっけなく良心に負け、くちびるをぎゅっと噛んで下を向き、テレビの部屋へと帰って行く。

いつの間にかうとうとしていると、祖母の呼ぶ声で目が覚めた。

「海岸に散歩に行こうか?ちょうど潮も引いた頃やけん、穴場にハゼがおるかも知れんよ」

私は祖母と手を繋ぎ、一緒に何か楽しげな歌を口ずさみながらてくてく歩いていた。雨の日は長靴を履いて傘を差し、晴れの日には竹の棒を持って振り回し、祖母に読んでもらった一寸法師の真似をしながら歩くのがとても楽しかった。

海岸では海鳥が楽しげに歌っていた。
青空も、澄んだ海も何もかもが美しく、そこは幼い私と祖母のかけがえのない遊び場であった。

「ほら!これば食べんね!チョコは少し溶けたばってん、まだ美味しいけん、飴もいちご味とメロン味のあるけん、今日のおやつに食べなっせ」

そう言って割烹着の大きな魔法のポケットから、昼間私が密かに狙っていた憧れのお菓子が次々と溢れてきた。

「わぁ!ばあちゃん、ありがと!」

「お母さんには言わんでよかけんな。これはばあちゃんがあげたとだけん」

そう優しく微笑み、優しい魔法使いは、お散歩の度に不思議なポッケからお菓子を取り出しては頭を撫でてくれた。

ずっと後になって分かった事ではあるが、この二人の作戦を母は全てお見通しで、半ば諦めつつ心の中で笑いながら、いつもそのバスケットにお菓子を補充していてくれたらしい。

祖母は病に倒れて天国へと旅立つ瞬間まで、
「お菓子はばあちゃんとの秘密やけんな。またあげるけんな」
と、明るく少し小憎らしい表情を作って私の手を握ってくれた。
その手の温もりと、祖母のか弱い皮膚の感覚を、私は未だ忘れることが出来ないし、私が祖母と同じ歳になり、もし孫に恵まれたならばきっと天使のようだった祖母と同じ行動をしたいと心に決めている。
それが祖母へのせめてもの感謝の言葉になると思っているから。

私が小学生の頃になると、今度は母の後を追いかけながらこの道を散歩していた。
晩御飯の後、母は反射タスキを斜めに掛け、私にも子供用を用意し、懐中電灯を持って毎日歩きに出掛けた。腕を大きく前後に振り、背筋をピンと伸ばし、どうやら母なりのダイエットが一番の目的であったようだ。

母も祖母と同じようにいろんな話をしてくれた。

「人から何をされても、ありがとう!って言いなさい。それを言われて嫌な顔をする人はいないから。」

「自分からおはよう、こんにちはと、挨拶をしなさい。挨拶をされてコラって怒る人はいないから。」

「ウソをついたら、それをごまかすためにもうひとつウソをつかなければならない。だから最初に言う言葉は本当のことを話しなさい。」

「人を見た目で判断してバカにしたり、いじめたりしてはいけない。そんなことをしたら必ずいつか、もっとひどくなって自分に返ってくるから。」

「困った人がいたら、必ず助けてあげなさい。その時は自分は損をしても、誰かが見ていてくれて、後で自分に恩が返ってくるから。」

「大きくなって、お酒を飲み過ぎないようにしなさい。大酒を飲んで失敗する人はたくさんいても、成功する人はいないから。」

今にして思えばハッとするような、大人になって初めて役に立つような大切な教訓を、まだ小さい私に母はどんな気持ちで教えていたのだろうかとたまに考えてしまう。

小学校も高学年になる頃には、この道で母と一緒にマラソンの練習をしていた。私は短距離には自信があったけれど長距離はどちらかと言えば苦手で余り好きではなかった。それでも一学年二十数名しかいない為、必然的に学校代表となり、駅伝大会や陸上記録会に参加しなければならなかった。

「やるからには真剣に、走るからには精一杯」というのが母の考えで、自転車に乗りながら私にいろんなアドバイスを投げかけてくれた。

「当日になればちゃんと本気を出すけん!」

と、力を抜いてだらけた走りをする私に、

「練習で力を出さない人が、本番で力を出せる訳がない。今そのスピードで走る人は、それがその人の限界だよ!」

と、青春ドラマのコーチのように厳しく思えた。


母はとにかく曲がったことが大嫌い、常に自分に自信がある人である。
「間違ったことさえしなければ、いつでもお天道さんを見上げていられる」
それが信条でもある。

私はある私立の高校に通い、一年生時は寮生活を送っていた。
クラスの仲間も、隣のクラスの同じ部活の友達も、それはそれはみんな大金持ちの家庭であった。

初めての三者面談の日、学校の駐車場には初めて目にするような高級外車が所狭しと並んでいた。
私の母は、中古の軽自動車でやって来て、停める場所が分からず警備のおじさんに誘導されなが見慣れぬ駐車場であたふたしていた。
私は母を迎えに行き、「お母さん、すごい車でいっぱいやね。お金持ちばっかりでびっくりするね」と、辺りを見渡しながらこそっと言った。

すると母は、

「なんね、別に車の展示会に来た訳じゃないんだけん堂々としなさい。あんたの成績とか今後の進路について話に来たんでしょ?主役は生徒のあんたでしょ?車とか別に走るならどうでもいいわ」

そう言って勇ましく教室に入って行ったのもいい思い出である。

舗装はされているが、何も変わらないなありきたりのこの道は、私と子供達が毎日歩いた道でもある。

夕食が済み、小さい娘が必ず言う。

「パパ、お散歩行こ!海岸行こうよ!」

息子はお気に入りのアニメに夢中だ。

まだよちよち歩きの娘と手を繋ぎ、近所の飼い犬のいる場所の前では怖がる娘を抱っこして、よく通った田舎道である。

海岸に着くと砂浜を走り回り、海に向かって小石を投げていると、

「パパー、パパー!おれも来たー!」

と、お菓子をもぐもぐ食べながら息子の登場だ。

水面に向かって波切りの練習をし、三段跳びが出来るようにと暗くなるまで子供達も熱心である。

一日の勤務をしっかりと終えた美しい西陽にさよならをして、今度は近くの広場の街灯付近へカブトムシ採りへ向かう。

私も同じように小さい頃、父と一緒にあくせく通った穴場スポットで、大型のヒラタクワガタや立派なミヤマクワガタ、褐色のモビルスーツのようなノコギリクワガタなど、まさに子供の私も父も歓喜する、宝の場所であった。

街灯に舞い、地面に落ちてくる大きなカブトムシを見つけ、息子が虫かごに入れていくのを見ていた娘は、まだはっきりと発音が出来ず、
「カートムシ!カートムシ!」
と笑ってはいるが、手では触れないようで少し怖がっていた。

そんな夕方から夜にかけてのお散歩の後ではビールの酔いもすっかりと覚め、汗びっしょりになって家路に着いた後は三人仲良くお風呂に入り、その後また息子に注いでもらう冷えたビールの美味しいことと言ったらこれまた比類なく、こんな幸せがずっと続けばいいなと父としては格別の時間であった。

あれはいつであったか、小さい息子が歩きながらがこんな事を聞いてきた。

「パパ、地球は丸いと?」

どうやら保育園にある図鑑で得た知識を確認したかったようだ。

「そうやね。大昔は平べったいお皿みたいな形とか、いろんな考えがあったみたいやけど、ある時偉い人が、地球は丸い形をしているって発見したんだよね。小学校に上がったら詳しく習うと思うよ」

「ふーん。それなら、もしこのままさ、真っ直ぐ歩いたら、元の場所に戻って来るってこと?」

「えっと、そうやね、そうなるね!なんかすごい発見やね!しゅんはパパには似てなくて理系、えっと世界の不思議な形とか数字が得意なのかも知れんね、パパびっくりしたよ」

※息子はやはりというか、御多分にもれずというか、私と同じ文系で理数が苦手である

人生は、時として「長い旅」に喩えられる。

それならば、全ての人は、幼い頃誰かに手を引かれ笑顔と希望を携え汗をかきながら歩いた道を、いつか再び歩くのだろう。

私はまだまだ旅の途中である。

いつか年老いて、祖母や母、子供達と歩んだこの道を人生の最後に歩く時、地位も名誉も何も要らないと言えば綺麗事だろうか。

懐かしい思い出と、残してきたであろう足跡さえあればそれだけで満足であると言うなら、それは強がりであろうか。

潮風に運ばれ、キンモクセイの甘い香りが広がっている。

秋の朝は面白い。

清々しくて、楽しくて、急に雨が降ったり、びっくりする。

少し小さくなった母の背中に向かって

「たまには一緒に散歩でも行かんね?」

と、今度誘っていようかなと思う。

天国のばあちゃんも妻も、一緒に笑ってくれるだろうか。

母と眺める秋桜も、またいいものだ。










#朝のルーティーン

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ぞうさん。
私の記事に立ち止まって下さり、ありがとうございます。素晴らしいご縁に感謝です。