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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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記事一覧

エレベーターの中で:博士の普通の愛情

マンションのひとつ上の階に大家さんの息子家族が住んでいる。居住者同士に何の交流もないのは新宿という場所柄のせいもあるだろう。僕が挨拶をするのはその家族の若いお母さんひとりだけだ。30代前半のように見える。もちろん年齢などの個人的な話題に踏み込んだことはなく、エレベーターの中で会ったときに「天気が悪くて嫌ですね」くらいのことをたまに言い合うだけだ。旦那は大家さんの息子で、管理人は管理会社から別の人が来ているので具体的な仕事は何もしていないはず。父親の家賃収入で暮らしているボンボ

ダサいと言われたら即死:全マガジン

「クリエイターは、ダサいと言われたら即死」という格言があります。だからみんな必死です。「ダサい」というのは「自分を持っていないこと」だという定義に私は賛同します。オシャレな展覧会を観に行くことも、最先端のファッションブランドを身につけるのも、彼らはダサいと言われて即死したくないからそうしているんでしょうが、すでに死んでいるんです。 似たようなコミュニティで「あの展覧会まだ行ってないの、マズいっすよ」みたいに言い合うのは至極恥ずかしい行為です。その手の人たちを観察していると、

フロア29(その2):博士の普通の愛情

ユウの彼氏であるシンジはボート部の先輩である栗崎と会い、ユウが勤めている会社の社長のことを知ったが、ユウから日々話を聞いているうちに「社長は油断ならない人物かもしれない」と感じるようになっていった。 土曜の朝。スマホを見ながらソファに寝ているユウが面倒くさそうに言う。 「昨日のこの写真は、同じ部署のみんなで食事に行っただけよ」 「それはわかるけどさ、ああいう高級な店に行った写真をインスタにアップするとね」 「シンジはそういうのを載せないほうがいいと思うんだね」 「だ

ウチヤマダフーヅ(株)の午後:博士の普通の愛情

購読メンバーの皆さんだけに向けて、コンプライアンスを無視した文章を書きます。 - - - - -  おい、お前の荒井注みたいな顔したお母さん、元気か はあ、元気でやってますけど、そういう言い方やめてくださいよ お母さんが会社に来たとき、本人の前で言っちゃってごめんな 社長、全然反省してないでしょ してない。反省嫌いだから。 ルッキズムが生む暴力にちょっとは関心持ってくださいよ 公の場では言わないから安心しろ そうじゃないんですよ。いつも言ってるから公の場でつい

フロア29:博士の普通の愛情

柴田社長と初めて言葉を交わしたのは入社して一週間くらい経ったころ、エレベーターの中だった。ひとりで乗っていたエレベーターに社長と若い社員が小走りで向かってくるのが見えたので、ドアを手で開けておいた。 「ありがとう。29階をお願いします」 若い社員が言い、私は『29』と書かれたボタンを押す。そこは社長と重役がいるフロアだということは知っていた。社長は40代後半で一度だけ会議室で会ったことがある。いや、あれは会ったとは言わないだろう。6人の新入社員が一列に並んで簡単な自己紹介

母を知らない子(解決編):博士の普通の愛情

保険会社の人が言います。 「この話、どういうことかわかりましたか」 「いえ、全然わかりません。ゆりこママという人は死んでいるんですよね」 「説明しましょう」

母を知らない子:博士の普通の愛情

保険会社勤務の知人が言っていました。 「犯罪というもののほとんどは、お金か男女関係が原因なんです」 ずいぶん前に聞いた話なので恋愛が「男女」に限定されていますが、愛憎の関係ということでしょう。犯罪とは欲望を具現化したものなので、人間の生きるうえでの原動力は、そのふたつに集約されていくのだと言えそうです。 そのふたつが重なることもあります。それが今回のお話で、保険会社勤務の知人から聞いた不思議なストーリーです。 北海道のあるベッドタウンにごく普通のファミリーが住んでいまし

顔面に大火傷 1:博士の普通の愛情

陶芸家のトキちゃんの個展。きらびやかなオープニングパーティにはたくさんの人が来ていました。彼女は高校生の頃から陶芸の道に進みたいと言っていたのですが、まさかこんなに立派な陶芸家になるとは思っていませんでした。私は展覧会に行ったり画集を見たりするのが好きなのですが、自分で何かを作ろうと思ったことはなく、ただただ趣味として眺めているのが好きなのです。 おじさんたちが大勢でトキちゃんを取り囲んでいるところから離れた、ギャラリーの入口あたりに知っている顔がありました。ノブオです。ト

ギャンブルの成功報酬:全マガジン(無料記事)

さて、自分にプレッシャーをかける意味で書きますが、『ロバート・ツルッパゲとの対話』の続編を出すことになりました。 『ロバート・ツルッパゲとの対話』(センジュ出版)に続き『カメラは、撮る人を写しているんだ。』(ダイヤモンド社)という写真の本を出したあと、似たような本を書くのはありえないと思っていました。しかし考えてみると、自分が書きたいことを好き勝手に書いたこの二冊の本は、それこそ「私自身を写していた」ことに気づきました。自分が考えていること、好きなこと、嫌いなこと、以外は書

恋愛ではない映画:博士の普通の愛情

恋愛映画を好んで観ることはあまりないのですが、いい映画だなと思ったものが、よく考えたら恋愛をテーマにしていたということはあります。 愛情のカタチが典型的でないものが好きなのかもしれません。「それって恋愛映画のジャンルではないでしょう」と言われるようなものもあります。でもそう感じたらそうなのです。『ガープの世界』はとても好きで、あまりにも色々なトピックが詰め込まれている映画ですが、私は恋愛の部分に一番共感します。『ビューティ・インサイド』は、相手が表面的に誰なのかすら重要では

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人を褒めること:全マガジン

平林監督が「褒めの重要さ」を書いていたのでそれに乗じて書きますが、これはかなり大事な議題なのにナイガシロにされていると思います。ナイガシロってアフリカの国立公園っぽい語感ですね。 私は自分の「ソーシャルメディア道」を30年近くかけて確立してきました。最初期は、htmlを<BR>なんて打ち込んで行替えして、ftpに手書きでアップするという、今では信じられないような方法で日記を書いていました。いわゆるSNSがなかった頃です。そこからmixiなどを経て今では色々なプラットフォーム

これ以上あなたと会話したくない:博士の普通の愛情

『若武者』という映画を観ました。結論から言えば、素晴らしい映画です。舞台は日本なのですが、北欧あたりの映画を観ているような気持ちになりました。ごく普通の街、暇を持て余した三人のどこにでもいるような若者。彼らはそれぞれ仕事を持ち、鬱屈した日々を送っています。遅ればせながら最近知った二ノ宮隆太郎監督の映画には華々しい雰囲気をまとった人物は登場しないことが数本観てわかりました。彼らは皆どこかに傷を持ち、先の見えない暗いトンネルの中で反響し続ける自分の叫びに怯えています。 『若武者

ソーセージカレー:博士の普通の愛情(無料記事)

中学の一年先輩に「ケンイチさん」っていただろう。この前、中野でばったり会ったんだよ。  ああ、いたね。「関西」というアクセントで「ケンイチ」。うちらの近所は宮坂と藤森姓ばっかりだからだいたい下の名前で呼んでたけど、なぜなんだろう、ガキの頃って名前を変なアクセントで呼ぶことがあるよね。 うん。で、ケンイチさんが彼女を連れていたんだけど、結婚したみたいだ。  それはめでたい。奥さんは美人だったかが聞きたい。 カレーの種類で言えば「ソーセージカレー」くらいかな。  どうい