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博士の普通の愛情

恋愛に関する、ごく普通の読み物です。
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フロア29:博士の普通の愛情

柴田社長と初めて言葉を交わしたのは入社して一週間くらい経ったころ、エレベーターの中だった。ひとりで乗っていたエレベーターに社長と若い社員が小走りで向かってくるのが見えたので、ドアを手で開けておいた。 「ありがとう。29階をお願いします」 若い社員が言い、私は『29』と書かれたボタンを押す。そこは社長と重役がいるフロアだということは知っていた。社長は40代後半で一度だけ会議室で会ったことがある。いや、あれは会ったとは言わないだろう。6人の新入社員が一列に並んで簡単な自己紹介

母を知らない子(解決編):博士の普通の愛情

保険会社の人が言います。 「この話、どういうことかわかりましたか」 「いえ、全然わかりません。ゆりこママという人は死んでいるんですよね」 「説明しましょう」

母を知らない子:博士の普通の愛情

保険会社勤務の知人が言っていました。 「犯罪というもののほとんどは、お金か男女関係が原因なんです」 ずいぶん前に聞いた話なので恋愛が「男女」に限定されていますが、愛憎の関係ということでしょう。犯罪とは欲望を具現化したものなので、人間の生きるうえでの原動力は、そのふたつに集約されていくのだと言えそうです。 そのふたつが重なることもあります。それが今回のお話で、保険会社勤務の知人から聞いた不思議なストーリーです。 北海道のあるベッドタウンにごく普通のファミリーが住んでいまし

顔面に大火傷 1:博士の普通の愛情

陶芸家のトキちゃんの個展。きらびやかなオープニングパーティにはたくさんの人が来ていました。彼女は高校生の頃から陶芸の道に進みたいと言っていたのですが、まさかこんなに立派な陶芸家になるとは思っていませんでした。私は展覧会に行ったり画集を見たりするのが好きなのですが、自分で何かを作ろうと思ったことはなく、ただただ趣味として眺めているのが好きなのです。 おじさんたちが大勢でトキちゃんを取り囲んでいるところから離れた、ギャラリーの入口あたりに知っている顔がありました。ノブオです。ト

ギャンブルの成功報酬:全マガジン(無料記事)

さて、自分にプレッシャーをかける意味で書きますが、『ロバート・ツルッパゲとの対話』の続編を出すことになりました。 『ロバート・ツルッパゲとの対話』(センジュ出版)に続き『カメラは、撮る人を写しているんだ。』(ダイヤモンド社)という写真の本を出したあと、似たような本を書くのはありえないと思っていました。しかし考えてみると、自分が書きたいことを好き勝手に書いたこの二冊の本は、それこそ「私自身を写していた」ことに気づきました。自分が考えていること、好きなこと、嫌いなこと、以外は書

恋愛ではない映画:博士の普通の愛情

恋愛映画を好んで観ることはあまりないのですが、いい映画だなと思ったものが、よく考えたら恋愛をテーマにしていたということはあります。 愛情のカタチが典型的でないものが好きなのかもしれません。「それって恋愛映画のジャンルではないでしょう」と言われるようなものもあります。でもそう感じたらそうなのです。『ガープの世界』はとても好きで、あまりにも色々なトピックが詰め込まれている映画ですが、私は恋愛の部分に一番共感します。『ビューティ・インサイド』は、相手が表面的に誰なのかすら重要では

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人を褒めること:全マガジン

平林監督が「褒めの重要さ」を書いていたのでそれに乗じて書きますが、これはかなり大事な議題なのにナイガシロにされていると思います。ナイガシロってアフリカの国立公園っぽい語感ですね。 私は自分の「ソーシャルメディア道」を30年近くかけて確立してきました。最初期は、htmlを<BR>なんて打ち込んで行替えして、ftpに手書きでアップするという、今では信じられないような方法で日記を書いていました。いわゆるSNSがなかった頃です。そこからmixiなどを経て今では色々なプラットフォーム

これ以上あなたと会話したくない:博士の普通の愛情

『若武者』という映画を観ました。結論から言えば、素晴らしい映画です。舞台は日本なのですが、北欧あたりの映画を観ているような気持ちになりました。ごく普通の街、暇を持て余した三人のどこにでもいるような若者。彼らはそれぞれ仕事を持ち、鬱屈した日々を送っています。遅ればせながら最近知った二ノ宮隆太郎監督の映画には華々しい雰囲気をまとった人物は登場しないことが数本観てわかりました。彼らは皆どこかに傷を持ち、先の見えない暗いトンネルの中で反響し続ける自分の叫びに怯えています。 『若武者

ソーセージカレー:博士の普通の愛情(無料記事)

中学の一年先輩に「ケンイチさん」っていただろう。この前、中野でばったり会ったんだよ。  ああ、いたね。「関西」というアクセントで「ケンイチ」。うちらの近所は宮坂と藤森姓ばっかりだからだいたい下の名前で呼んでたけど、なぜなんだろう、ガキの頃って名前を変なアクセントで呼ぶことがあるよね。 うん。で、ケンイチさんが彼女を連れていたんだけど、結婚したみたいだ。  それはめでたい。奥さんは美人だったかが聞きたい。 カレーの種類で言えば「ソーセージカレー」くらいかな。  どうい

博士の普通の愛情

いつも思うのですが、なぜ世の中には恋愛のコンテンツがこれほどまでに溢れかえっているのでしょうか。 『博士の普通の愛情』というマガジンをつくったのはその謎に挑戦するためでしたが、まだまだ答えは出ません。今、書籍化のために書いている短編の中で恋愛がテーマのものがいくつかあります。コンビニの店員を好きになる話、メールのやり取りだけで進む話などです。 ウエストランド井口さんがM-1のステージで言ったように、恋愛の物語にはパターンがそれほどありません。服そのものは同じなのにフリル部

死んだフェラーリ:博士の普通の愛情

数年ぶりに知人と会ったのですが、冷たい結論を先に言ってしまうと彼と会ったことは、私にとって『時間の浪費』でしかありませんでした。誰かと何もせずに無為な時間を過ごす豊かさだってあります。いつも有意義な話をすればいいというものではありません。しかしそういう種類の無駄とは違って、自分とは関係ないネガティブな感情だけを背負わされた気がしたからです。 久しぶりに彼から連絡があって、近くのホテルのカフェに行きました。遅れてやって来た彼を見て驚きました。若い頃はスポーツ選手のような肉体の

ギャンブラーの本質:博士の普通の愛情

「いい歳をして、あなたの恋愛観は中学生並みですね」と女性から言われたことがありました。40代の頃です。自慢ではありませんがまだまだ中学生の恋愛観はしっかりと維持しています。 誤解されがちですが、感情の成分は年齢によって変化するものではありません。それに付随する立場とか世間体が変わっているだけです。その証拠に老人ホームで起きた恋愛がらみの事件などの話を聞くと、まさに感情も衝動も中学生並みです。歳を重ねたからといって同じなのです。 私が恋愛の話が好きではないのは、その動物的な

お知らせ:博士の普通の愛情

今、短編の恋愛小説を数本書いています。更新が滞っていて申し訳ありません。今のところ、コンビニの店員に惚れてしまう話、離ればなれに暮らしているふたりの話、熟年夫婦の海外移住の話、などが書けました。