顔面に大火傷 1:博士の普通の愛情
陶芸家のトキちゃんの個展。きらびやかなオープニングパーティにはたくさんの人が来ていました。彼女は高校生の頃から陶芸の道に進みたいと言っていたのですが、まさかこんなに立派な陶芸家になるとは思っていませんでした。私は展覧会に行ったり画集を見たりするのが好きなのですが、自分で何かを作ろうと思ったことはなく、ただただ趣味として眺めているのが好きなのです。
おじさんたちが大勢でトキちゃんを取り囲んでいるところから離れた、ギャラリーの入口あたりに知っている顔がありました。ノブオです。トキちゃんと私の共通の友人であるノブオはビールの入ったプラスチックのカップを片手に近づいてくると、唇をゆがめながら彼女がいるところを見つめて、「ああいうの、何て言うか知ってるか」と言いました。
「芸術風俗店、って言うんだよ」
「何それ、嫌な言い方だね」
「あのおっさんたちは芸術なんかにこれっぽっちも興味はないんだ。自分にとっては『はした金』の数百万円で、若くて貧しくて可愛い女の子の作品を買い、応援してくれてありがとうございますと言わせたいんだけなんだよ」
「そんな人ばかりじゃないと思うけど」
「まあ全員ではないけどさ、ほとんどがそうだよ。同じキャリアの男の陶芸家がいても彼らは見向きもしない。若い男なんか応援したって面白くないからね」
「そういうものか」
「金を持っている奴らっていうのは金の使い途にうるさいんだ。自分にとって得がない目的にはたったの一円だって使わない。だからこそ金持ちになれたんだろうけど」
「そうなんだね」
「トキちゃんは可愛いからパトロンはこれからもっと増えるだろうけど、問題なのは『彼らは私の才能を評価してくれている』って勘違いを絶対に認めないところなんだ」
「厳しいねえ」
「本人は実力だと思っているから他人からいくらそう言われても納得しないだろうけど。極端な話だけどさ、トキちゃんがもし窯の火で顔面に大火傷を負ったとするよね。そしたらあのおっさんたちは全員、一瞬でいなくなるよ」
「ひどいことを言うね」
「おっさんたちは芸術には何も興味がないって言っただろ」
「ギャラリー・ハラスメントっていう言葉を聞いたことあるけど」
「あれもそうだな。展覧会に来ては女の子の作家にセクハラまがいのことを言う、ってやつ」
「冒涜だよね。作品が可哀想だよ」
「トキちゃんは俺たちの大事な友だちだろう。だから、守りたいんだ」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。