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旅の詩

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まだ若い頃に書いた旅の詩です。note投稿にあたり、加筆しました。
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#旅

旅の詩/祈り2

旅の詩/祈り2

祈り2

対象を必要としないはずの
祈りの向こうに
くるくるまわる電飾の光背
ただ祈ることは難しい

ヤンゴン、
その中心にそびえるパゴダを背に
一歩外に出て
聞こえていたはずの首都の喧騒に気づく、
たった今まで
この背の方には
音も声もなかったと知る

ターヨーという村へ向けて
カローの町から山に入る
パラウン族と呼ばれる人々の住む、
ターヨーはマレビトの耳で太陽となった

日のあるうち
朝六時

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旅の詩/休息

旅の詩/休息

休息

シバ寺院の石段を登りつめ
腰かけて
ダルバール広場を見下ろしている
行き交う人を眺めるでもなく

風は吹いたり止んだりするが
吹く時はいい風が吹く

帆を下ろして
待っているのです
あなたが動き出すのを

「私は靴の修繕屋です」

捨てるつもりで履いてきた
FILAのスポーツサンダル
ちぎれたところをつないでもらった
縁ですか
まだ歩けるのだ

1997年8月

旅の詩/フーンズオンホテル

旅の詩/フーンズオンホテル

フーンズオンホテル

昼下がりの小道は人影もまばら
時折、ふたことみこと
ベトナム語が通り過ぎる

窓もドアも全開にしてベッドに転がり
メコン河畔で止まぬ音を数える

ボートのエンジン、
ファンの回転、
、 、 、

何もしないでいると
日本語さえも溶け始める
ここは
理解以前の場所
思考も止んで
私をさがすものもいなくなる頃
眠った

水シャワーを浴びて着替える
シャツを取り込みに屋上へ出ると

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旅の詩/黒い瞳

旅の詩/黒い瞳

黒い瞳

ナコンラチャシマ、快晴。
寺院の境内に積まれた廃材に腰を下ろし
鰐(ワニ)の旗のはためく、
赤と黄色の屋根の方を見上げている

子供たちの僧衣は出がらしの紅茶色。
煤(すす)で覆った 割れたガラスを
かわりばんこに空にかざして

もうこんなに欠けてしまった

こちらを振り向き
小さな掌に指で丸を描いて
その一部を塗りつぶして見せる
うん、と頷いて返せば笑顔になった

難しい駆け引きなしで

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旅の詩/蛍の光

旅の詩/蛍の光

蛍の光

声が
器官であるような明滅

捧げようと土から分かたれた花
咲いている、と言いますか

昨日まで
ペワ湖に注いだ雨
海に降れば
幼くして逝った人のようです

私は彼方から分化してきた
分割の果て
無数から一人となった
誕生の日
どんな代数によっても指し示されない座標
新しい名を願う

体に触れたことはあるが
こころに触れたことはない
耳には触覚があるが
言葉には触手がないから
火のついた

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旅の詩/from Vashisht

旅の詩/from Vashisht

from Vashisht

その子でもう三人目です
小指の外側にも指がある
赤いマニキュアもしている
指折り数えるカレンダー
つくるには十二本の指が必要だったはず
いいえ
翼への痕跡?
極東アジアの島国では多指症と名づけて
切り落とすそうです
十二進法の指をも切り捨てる
握り締める手を選んだ大勢の分別には
もはや翼に進化し得る足が
ありません

二階の部屋を出るとすぐ牛舎の屋根の上に出ます
右手

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旅の詩/光

旅の詩/光



旅をしたあとはいつも悔いている
確かめるために
もう一度同じ土地に立っても
あれは別れのような
ただ一度しかない出会いだった

午睡から覚めると時計に目がいく。
トゥンガバドラー川の畔で一日中
蝿をおっていても
何とも思わなかったのに

生きることを物語に要約してしまうことに逆らって
(「夜のラジオ」より)

谷川俊太郎の詩の中で一番好きな一行だが
さだめだからと言って微笑む未来は
物語だろ

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旅の詩/苔むす森

旅の詩/苔むす森

苔むす森

捨てられた町にも苔むす
深い森に入る
利用するために植えられた木のように
自分の思惑とは違う目的のために息づく
ちっぽけな人間の幸せは
実はとても大きな幸せだった

詩人が井戸を這いずって汲み上げてきた水も
喉を潤してはくれない
巨樹の脇に落ちる清水の下に口をひらく
この肉体的な何か
所在ではなく過程として
私を離れず私を捨てない火が点っている

話すようにはばたく鳥のように
何も気づ

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旅の詩/地蔵

旅の詩/地蔵

地蔵

昔、ある夜
デリーの安宿で
病んでベッドに埋もれていた
ヤモリがケッケッと鳴いた
ヤモリは蚊を食べて
目の前にウンコ垂れた
ボクはそのまま目を閉じて寝た

朝になって
目の前でアリが行列を作っていた
ヤモリのウンコを運び出していた
ヤモリにもアリにも感謝して
ボクはそのまま目を閉じて寝た

2016年

※1994年の思い出。