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旅の詩/苔むす森

苔むす森

捨てられた町にも苔むす
深い森に入る
利用するために植えられた木のように
自分の思惑とは違う目的のために息づく
ちっぽけな人間の幸せは
実はとても大きな幸せだった

詩人が井戸を這いずって汲み上げてきた水も
喉を潤してはくれない
巨樹の脇に落ちる清水の下に口をひらく
この肉体的な何か
所在ではなく過程として
私を離れず私を捨てない火が点っている

話すようにはばたく鳥のように
何も気づかぬ素振りで
昨日のことを忘れてしまっていい
ずっと続いてきたと思わず
今から始まると思えば
たいがいの山脈は越えていけるはずだ

旅に出れば
見たことのない風景や
妄想も見るだろう
その中に身をおいて思うのだ
大切なことは旅に出ることではなく
帰ることなのだと
みな同じ場所に帰るのだから
ゆっくりと歩ませてもらう

預言者たちよりも遠く芽吹き
苔むした古い古い靴
膨らんで背骨から消えたようだけれど
シャボン玉のようにはいかなかった
生きるものの命
双葉が光に応えている

倒木更新

1998年3月

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