「ヤクザときどきピアノ」鈴木智彦 を読んだ
「ピアノでこの曲を弾きたい」
この本は52歳の男性ライター鈴木智彦氏が一念発起、全く弾けなかったピアノのレッスンを受け、発表会でABBA「ダンシング・クイーン」を弾くという実話だ。
昨今はステイホームの影響で、電子ピアノの売れ行きがかつてないほど好調だという。ピアノは高度成長期には一般家庭にも「お稽古事」として浸透した。鈴木氏と同じ昭和世代の中には個人レッスンや音楽教室に通っていた人も多いだろう。
鈴木氏はミュージカル映画『マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー』を鑑賞中にABBAの「ダンシング・クイーン」が流れた時、ふいに涙が出たという。
この「体が音楽に包まれ」「雷に打たれるような」体験。音楽好きなら、きっと思い当たるはずだ。その上、楽器の心得がある人なら、好き、素敵だと感じたものはコピー(真似)してみようと思うことだろう。なぜなら、人は可能な限り理想の形や表現を、自分の身体を通して再構築したくなるものだから。
鈴木智彦氏は広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌の編集部に入社、雑誌の編集長を務めた。現在はフリーライターとして暴力団関連記事などを執筆している。
「俺の語彙は裏・闇・黒」という三文字の裾野に偏っている」というだけに、いわば裏社会のプロフェッショナルだ。
優雅でエレガント(に見える)「ピアノ」や「音大生」とはニアミスはあったかもしれないが、クラシック音楽やピアニスト、音大生の世界にはそれおほど深く関わっていなかったに違いない。
最初はおじさんが「ゆるふわ系お嬢さまなピアノの先生」に困惑、珍騒動するかと思いきや、そこはヤクザ業界で百戦錬磨の鈴木氏。自分が快適にピアノを学べる相手「レイコ先生」にたどり着いた。さすがの眼力とサーチ力だ。
わたしは物心ついたころには、文字を読むのと同じように音符を読み、当たり前のようにピアノを弾いていた。楽譜が読めない、ピアノが弾けなかったころの記憶は、ほとんどない。また自分がどのようにしてピアノを「弾けるようになったのか」も、それほど覚えていない。
なので、全くピアノを弾けなかった著者が譜読みから始め、ピアノの技術を習得していくプロセスは、とても興味深かった。課題を乗り越えた時の快感を冷静にレポートしているのも新鮮だったし、「ピアノが弾けるようになる喜び」を追体験できるのも楽しかった。
それにピアノ講師の発言に、いちいち感動し、真剣勝負で渡り合っていく様子にも心を打たれた。普通の子ども相手のレッスンでは、ここまで感動や喜びを言語化して伝えてくれる生徒は少ない。講師も教えがいがあって理想的な生徒ではないか。コワモテのおじさんだけれども、ものすごく真面目に練習してくるし(笑)
スポ根ピアノ道
「人を殺したことのあるヤクザが特別なオーラを放っているのに似ている」
そう、そうなのだ!
ピアノ講師も音大生も「ゆるふわエレガント」に見えても中身はアスリート。これは男女ともにだ。肉体を鍛え上げ、精神を研ぎ澄まさなければ良い音楽は生みだせない。音楽界において、スポ根、職人気質の人間は圧倒的多数を占める。
「練習すれば、弾けない曲などありません」
レイコ先生は鈴木氏に対して、ていねいだが歯に衣着せない物言いをする。それに、決してごまかしたり媚びたりしない。彼女の見た目は「ゆるふわ系」だろうし、幼児相手のレッスンではアニメ声でしゃべっていたそうだ。音楽家には割合、多くみられるのだが「時と場合と相手」を見極め演じられる「役者タイプ」なのだろう。
ああそうか、やはり自分で曲を弾くということは、その曲の美しさを自分の中に取り込めるということ。自分の肉体を通して作曲家の脳と心にアクセスすることもできる。それは時空を超えて、何百年も前のヨーロッパに飛ぶことも可能なのだ。
この一文を読んで「楽譜が読めること、楽器が弾けることのありがたさ」を嚙み締めた。同時に音楽を学ぶにあたって並々ならぬバックアップをしてくれた家族と、多くの教えを授けてくれた複数の恩師に、感謝の気持ちでいっぱいになった。
書くことと弾くことの共通点
著者は「通し練習」と「通し読み」に共通点があるという。「通し練習」ばかりしていると、曲の前半と後半で仕上がりに差が出てしまう。文筆の仕事でも似たような事態が起きる。「書籍のような長文を書く時は、どうしても最初の部分を多く読み返すことになってしまい、前後で文章の完成度にバラツキが出やすいのだ」と。これはよくわかる。
そして何より頷いたのはレイコ先生の
「練習しないと弾けないの。弾ける人は練習をしたの。難しい話じゃない」
だ。
「弾く」を「読む」に変換すると
「読まないと書けないの。書ける人は読んだの。難しい話じゃない」
そういうことだ。
練習量に比例して上手くなるスピードは増し、頂上に近づく確率は高くなる。このことはピアノだけでない。勉強でもスポーツでも、何事においても同じなのだ。
何事もデキる人間は、他人の何倍も努力している。
レイコ先生の言葉はどれもストレートでパンチがある。これも印象的だった。
なんでも「やればできる」と思い込むこと。「根拠のない自信」は最も強いと言われるが、まさにその通り。何でも思い込むことで突破できてしまえることもある。それは、たぶん「無意識のうちに、そうなるように行動してしまう」ことが良い結果に繋がるのだろう。
おじさんのピアノレッスン体験記を読んだつもりが、なぜか一編の映画を見たような気持ちに。ピアノが弾けることで、音楽を深く味わえることを再認識できてよかった。同時に、いくつになっても新しいことへ挑戦し続ける勇気も湧いてきた。
わたしは人を殺したことはないし(当然だ)特別なオーラもない。けれど、自分探しとか自己実現とかより今度はヤ〇ザ、取材してみようかな(笑)
音楽は人生を豊かにする。
引用:「ヤクザときどきピアノ」 鈴木智彦 著
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