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推理を楽しむ警察小説・短編集│読書感想「可燃物」米澤穂信
美しい文章、キレのあるセリフ、
緊張感に手を汗握り、すぐに次の文章を求めてしまう。
そして、鮮やかな結末。
これは、面白い。
最初の一編から、のめり込んだ。
ここで描かれるのは謎めいたトリックのみに留まらず、犯行に及んだ経緯や、関係者への聞き込み、警察内の争いなど、至るところに人間ドラマが滲む。
読み応えのある短編が5編。
終わってしまうのが勿体ないと思うような読書体験だった。
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「可燃物」
著者:米澤穂信
出版社 : 文藝春秋 (2023/7/25)
発売日 : 2023/7/25
単行本 : 280ページ
余計なことは喋らない。上司から疎まれる。部下にもよい上司とは思われていない。しかし、捜査能力は卓越している。葛警部だけに見えている世界がある。
群馬県警を舞台にした新たなミステリーシリーズ始動。
🏆️2023年「このミステリーがすごい!」第1位、「ミステリが読みたい!」第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」第1位
✒警察小説、本格ミステリ、凶器のない殺人、交通事故、証言の不自然さ、バラバラ殺人、連続放火、立てこもり事件
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実際の警察は、こういう地道な仕事が多いのかもしれない。
こんなミステリー小説は初めてだった。
そりゃあ、いつでも連続爆弾魔や有名な殺人鬼を相手にしているはずもないけれど、小説や映画では、どうしてもそんなイメージが先行する。
この短編集は、最初の一編こそ「雪山の殺人事件」「消えた凶器」とミステリらしい題材だけれど、その後はだんだんと「人間」を描く方向に導かれるように、普段はミステリに登場しない事件が描かれる。
殺人事件も交通事故も連続不審火も、捜査で明らかにするのは「関わった人間の考えたこと」だ。
どんな現象も、様々な人の思考が混ざりあって結果を生み出している。
「人が集まれば、悪意がなくても事件は起きるんだろうな」読みながら、つい、そんな風に思ってしまった。
この作品は警察小説でありながら、しっかりと推理できる本格ミステリでもある。ヒントが散りばめられ、少しずつ真相に近づきながら「ピタリと当てることができるか?!」と勝負するミステリーの醍醐味が楽しい。
そのうえで、どのお話も切り口が異なり、様々な人の気持ちを探ることで、今度はそんな角度の物語になるのか!という驚きがあった。単なる驚きのトリック集ではない、味わい深い短編集だと思う。
どれも面白かったけれど、読後感が違う5編なので、もしも「この話は苦手」と感じても、ぜひ次を読んでみてほしい。
それぞれのあらすじは、以下の通り。
崖の下・雪山の殺人で消えた凶器は
ねむけ・交通事故を目撃、どちらが信号無視?
命の恩・山林の遺体は何故バラバラだったのか
可燃物・連続するゴミへの放火の謎
本物か・ファミレスで立てこもり事件が発生。犯人は前科持ちの男。
こうして見るとミステリ色も強いけれど、所々に警察の体質なども垣間見え、そこに、この作品ならではの面白さがある。
主人公である葛警部は、特殊能力や派手なキャラ付けは無いけれど、じっくりと深い部分を探る、鋭い探偵役。
自分でも「なぜ葛警部に魅力を感じるんだろう?」と首をかしげてしまったのだけれど、「きっとセリフの鋭さが好きなんだ」と納得した。
簡潔で、感情を排除したような、けれども芯を食ったセリフに、最後までグイグイ引き込まれていた。
もっと、このシリーズを読んでみたい。
あまり派手ではないから、映像化はしないかもしれないし、エンタメ作品としては推しづらいけれど、地味にしっかりと面白い。
こういうのが、いいんだよ。
心の中のミステリ好き井之頭五郎(イメージ)も、満足そうに頷いている気がした。
この作品はAudibleで聴きました。落ち着いた男性の読みが心地良い。
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