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3/25。世界はそれを“愛”と呼ぶんだぜ。

5:30起床。

天気は晴れ。





……。
……。
……。


「こわい、こわい」


泣かないで。
泣かないで。


こんなことばに、意味なんてあるのかな。


……。
……。
……。


「こわい、こわい」


世界は、こわいもので溢れているから。


それは、どうしようもないことだから。


だから、一緒にいれば、大丈夫だよ。





「君が死んじゃったら、どうしよう」


そういったのは、僕だったっけ。パートナーだったっけ。どっちもいいそうだから、忘れちゃったな。昨日のことなのに。


「君が死んじゃったら、僕も死んじゃうかも」


ああ、そうだ。これをいったのは、僕だ。じゃあ、さっきいったのは、パートナーだな。何で、こんな話になったんだっけ。なんちゃらウイルスについて、話していたのかな。


「でも、僕が死んでも、君には生きていてほしいな」


これをいったのも、僕だったな。パートナーがいなくなったら、自分もいなくなりたいくせに、自分がいなくなっても、パートナーにはそうならないでほしい、なんて。わがままだな。でも、僕がいてもいなくても、パートナーには笑っていてほしいな。……いや、それは強がりかな。できれば、パートナーには、僕のそばで笑っていてほしい。


世界は、どうなっちゃうんだろうね。最近、パートナーとそんなことをよく話す。もちろん、なんちゃらウイルスのせいで。僕らが住んでいる地域では、まだ感染者は確認されていないけど、時間の問題だと思っている。どうなっちゃうんだろうね、この世界は……。


でも。僕は思う。なんちゃらウイルスがあってもなくても、人は死ぬときには死ぬ。なんちゃらウイルスは、そのきっかけにすぎない。


なんちゃらウイルスで死んでも、インフルエンザで死んでも、交通事故で死んでも――それは等しく死なんだ。僕もパートナーも、次の瞬間には死んでいるかもしれない。それは、充分にあり得ることなんだ。だからこそ、パートナーがそばにいる一瞬一瞬が、とてもいとおしい。


「君が死んじゃったら、どうしよう」


それを訊かれたのは昨日だけど、それより前にも訊かれた気がするな。いや、そのとき訊いたのは、僕だっけ? それこそ、もう思い出せないけど。


「君が死んじゃったら、僕も死んじゃうかも」


きっと僕は、何度訊かれても、同じことばをくり返すだろう。


「だから、一緒に生きようよ」


今日も、君のそばにいたいから。今日も、君に生きていてほしいから。そのためなら、何だってできる気がするよ。……これを愛というのなら、僕は君を愛してるよ。





「僕だけが、鳴いている」

これは、僕とドッペルさんの話。もしくは、何か(を生む/が死ぬ)話。

連載中。


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相地
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