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文色みち【ショートショート集】

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私が書いた約1000~2000文字前後のショートショート(掌編小説)をまとめておくマガジンです。
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記事一覧

夢物語り【#ショートショート】

夢を見た。 でも、どんな夢だったのか。まるで覚えていない。それでもなぜか“夢を見た”という事実だけは、はっきりと覚えているの。 この感覚を誰かに話しても、きっとわかってもらえないだろう。――他人の夢の話など、最もつまらないものなのだから。 ただ、わたしにはたった一人だけ、わたしが見た夢の話に耳を傾けてくれる人がいた。 ただ、笑ったり悲しんだりはしない。 「おもしろかった」って、一言ぐらい欲しいと願っても罰は当たらないはずよね。 夢のことを語る度に、わたしの心は重く

眼鏡【#ショートショート】

眼鏡をかけていると、よく言われるのが「頭よさそうだね」という言葉。 単純な発想で、学者や研究者に眼鏡をかけている人が多いからなのだろう。 しかし、眼鏡をかけているのは、ただ単に視力が弱いから。物をよく見たいから。 頭がいいように見せたいからではないのだ。 つまり人に見られることを意識してかけているのではなく、『人をよく見よう』としてかけている。 その根本的な違いに理解を示してくれない私の友人がある日、こういった。 「お前、眼鏡外した方がかわいいじゃん」 そう言っ

アオすぎる彼【#ショートショート】

透き通るようなアオい空。 この空を眺める度に、別れを告げられたはずの彼のことを思い出してしまう。 あの時の彼は言った。 ――僕は、空が嫌いなんだ、と。 なぜか、その言葉だけが私の心に今も棲みついている。 彼と出会ったのは、今日とは真逆。車軸のような雨が降る夕刻だった。 山に囲まれた田舎で暮らしていた私は、屋根のあるバス停でいつ来るかわからないバスをベンチに座りながら待っていた。すると、雨粒の隙間を縫うかのように彼は颯爽と姿を現した。 「急に降ってきましたね」 全身びしょ

恐怖が木霊するとき【#ショートショート】

僕は小さなころから怖い物知らずだった。 知らない人には平気で声をかけるし、見たこともない虫も素手で捕まえられる。お化け屋敷にも一人で入れるし、ホラー映画も好き好んで観ていた。 学校行事などの肝試しも、驚かす側が拍子抜けするほどに僕は驚かない。リアクションが薄いといわれればそうなのかもしれないが、人より特別とは思ったことはなかった。 そんな僕がたった一度だけ、恐怖を覚え、脳裏に焼き付いている記憶がある。 小学生のころだ。僕が学校から帰宅すると、一軒家である我が家の様子が

執事の勤め【#ショートショート】

私の名前は、白銀純一。今年で三十路を迎えます。 幼き頃から財閥である黒金家に仕えてきた私は、執事としての職務を全うしてきました。特にお嬢様であられる黒金香純様とは2つほどしか年が変わらず、大変おこがましい話ではありますがその成長を間近で拝見させていただけたこと、誠に嬉しく思っております。 香純様は幼き頃から美しく、ご両親から蝶よ花よと育てられ、その愛情を多く受け取り立派なお嬢様となられました。 始めは煙たがっていた習い事も、通い続ける内にその天賦の才を目覚めさせ、誰よりも

着ぐるみを着た彼【ショートショート】

「ねえ、今日の夜どうする?」 「ん、う~ん……どうするか?」 質問を質問で返してくる時、彼は大抵ほかのことに夢中になっていて、私の話なんか全く聞こえていない時だ。 なんでも、最近配信されたゲームアプリに夢中らしい。私も誘われて始めてみたが、彼のように夢中になることはなかった。飽きっぽい性格だと彼には指摘されたが、そういうことではないと私は思っている。 彼自身が何かに取り憑かれたかのように、小さな画面に向かって目を光らせている。その姿はまるで少年のようだった。 そんな彼

グレーな薔薇色【ショートショート】

いつのまにか、薔薇色の青春を味わうことの無いまま僕は大人になってしまった。しかしそのことについて焦ったこともなければ、後悔したこともない。 ただ人生は長いようで短い。一度くらいそんな経験をしてみたいという気持ちは、心の片隅にあったのだ。 相変わらず僕は、行きつけの喫茶店のカウンター席で文庫本を片手に紅茶を口に運んでいた。 この街の喧噪から百歩ぐらい離れた深々とした空間。ここをプライベートルームのように利用していた。 だから、接客ということをほとんどやらないマスターが、唐

夫婦のルール【ショートショート】

私たち夫婦にはいつつのルールがある。 ひとつめは、嘘をつかないこと。 嘘と言っても、冗談や嬉しいサプライズとかなら良い。その境目は相手に禍根を残すか残さないか。その案配が難しいと思うかもしれないけど、私たち夫婦にとってちょっとした刺激は興奮剤でもある。 ふたつめは、感謝を忘れないこと。 何かをしてもらったりした時は必須。毎日の習慣的なことで、当たり前となってしまったことであれば尚のこと、感謝の言葉は必要なのだ。食事を用意したり家事をこなしたり、お互いに感謝し合えば不満は生

ドライフラワー【ショートショート】

一年ぶりに田舎にある実家に帰ってきた。 二階にある自分の部屋は学生当時のまま。母がそのままの状態で残しておいてくれたようだ。物の位置は変えずに掃除は隅々まで行き届いている。 一階のリビングから笑い声が聞こえてきた。 実家には父と母、そして三つ年下の妹がいる。自分だけが家を出て東京で一人暮らしをしていた。 部屋の中で懐かしさに浸っていると、一カ所だけ自分の記憶にはない物が存在しているのに気づいた。 学習机の上に花束。ドライフラワーだった。 それを手に取り眺めてみる。

日向水のような悪知恵【ショートショート】

 今年からぼくが通う小学校に新しく赴任してきた大蔵先生は、とても堅物な人でどの児童に対しても心を開かず、怒ると鬼のように怖かった。 男子児童に対しては拳骨を食らわすこともしばしば。そんな大蔵先生に対して、ぼくと友人の海斗はなんとか仕返しができないかと日々考えていた。 そんなある日、海斗が良いことを思いついたとぼくに話してきた。 それは大蔵先生が通勤で使っている、自慢のスポーツカーのフロントガラスを汚して困らせてやろうというもの。どのようにして汚すのか。そこがポイントだと海斗

写不真【ショートショート】

「ねえ、これ見てよ」と、眉間に皺を寄せた彼女が一枚の写真を渡してきた。 そこには、彼女とその友達が仲良くカメラに向かってポーズを取っている。背景はどこかの水辺だろうか。 しかしその写真を見て、僕は単純に「楽しそうだね」と言葉にすることはできなかった。それには理由がある。 彼女の不穏な表情を見ていたからだ。 自分の思い出を共有したいというなら、こんなに不安げな表情はしない。渡されたこの写真に原因があるのだろうと理解できるが、いったいこれのどこにその原因があるのか。 「こ

蘊蓄を傾ける彼【ショートショート】

気がついたら夜空には、星が輝いていた。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。 「ねえ、観覧車乗ろうよ」 「え、……まあ良いけど」 大学の同級生である彼と付き合って初めてのデート。大きな観覧車で有名な遊園地に遊びに来ていた。最後はあれに乗る。私はそう決めていた。 観覧車乗り場には数組のカップルと親子連れが並んでおり、私たちは列の最後尾に並んだ。 列に並んでいると、隣りにいた彼が唐突に言った。 「そうだ、観覧車の起源って知ってる?」 「観覧車の? 知らない」 そ

眠れぬ仮の美女【ショートショート】

十二時を過ぎていた。 眠れない。この蒸し暑さに加え、見えない恐怖に怯えているせいで、心臓が耳元にあるようだった。 喉が渇きを覚え、重い身体を起こした。 寝室からキッチンのあるリビングに向かう。電気を付けるのもおっくうに感じ、薄暗い中、自分の感覚を頼りに歩みを進める。 寝不足のせいか、頭がくらくらする。胸も苦しい。全身が痺れているようにも感じる。 髪の毛がぼさぼさになっていても、いちいち気にしていられない。 キッチンにたどり着くと、お気に入りのコップを探した。コップはす

ゴミ拾い【ショートショート】

ふと歩みを止める行為というのは、大抵あまり良い兆しではない。 純子が日課の散歩途中でふと歩みを止めたのも、視界の端に異様な光景を捉えたからだ。 羽虫が群がる街灯の下に、小学生ぐらいの少年が俯きながら座っていたのだ。 当然最初は見間違いだと思った。錯覚や思い込みである方が、一瞬の緊張で終わる。しかし、その少年はまやかしでも幽霊でもなく、確かにそこに存在していた。さらにその少年のいた場所が、ゴミ捨て場であったことが、余計に純子の恐怖心を煽った。 「ぼく、一人?」 恐る恐る