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眠れぬ仮の美女【ショートショート】

十二時を過ぎていた。

眠れない。この蒸し暑さに加え、見えない恐怖に怯えているせいで、心臓が耳元にあるようだった。

喉が渇きを覚え、重い身体を起こした。
寝室からキッチンのあるリビングに向かう。電気を付けるのもおっくうに感じ、薄暗い中、自分の感覚を頼りに歩みを進める。

寝不足のせいか、頭がくらくらする。胸も苦しい。全身が痺れているようにも感じる。
髪の毛がぼさぼさになっていても、いちいち気にしていられない。

キッチンにたどり着くと、お気に入りのコップを探した。コップはすぐに見つかりそのまま水道水を注ぎ、喉を鳴らすように水を飲んだ。
喉は潤ったが、まぶたは中途半端に重いまま。どうやら化粧を落とし忘れたようだ。

すると、玄関の方から物音がした。

――だれ?

帰宅時の記憶が瞹眛だった。
玄関を閉め忘れたかもしれない。
夢現ゆめうつつの状態でも野生の勘か、誰かが部屋の中に入ってきたような気配を感じた。

息を潜め、その気配の正体を探ろうとした。
壁沿いに手を伸ばし、電灯のスイッチを押す。一瞬目を眩ますほどの光に包まれた部屋には、どこにも侵入者の存在はなかった。眩さとともに消えてしまったのだろうか。

――気のせい?

寝室に戻り、締め切ったカーテンの隙間から外を覗こうとしたが、怖じ気づいてやめた。
やっぱり気のせいだろうか。

今まではそんな便利な言葉で片付けてきた。しかし、いつまでも怯えて過ごす訳にもいかない。
こちらが下手に出ていれば、相手は余計に調子に乗ることもある。自分がしている現実を突きつけてあげなければ、わからないこともあるのだ。

意を決してスマホの電源を入れ、恐る恐る確認してみた。
映し出された画面には、同じ番号の着信履歴が無数に残っていた。
蟻の行列のように均等に並ぶ数字。その番号を見るのが恐ろしく、しばらくの間電源を消していたのだが、あの存在を目の前から消すには、スマホが必要だった。

すると薄暗くなっていた画面が突然明るく光り、そこに脳裏に入れ墨のように刻まれた十一桁の数字が表示された。

震えているのは、自分の手なのかスマホなのかわからない。

一度深呼吸をしてから画面をタップして、口を開いた。

「もう、これ以上つきまとわないで」

相手からの返答は無い。ただ、耳元では心音とともに気持ちの悪い荒い息づかいが聞こえていた。

「やめてって言ってるでしょっ!」

今度は叫び声にも似た激しい口調で言ったのだが、相変わらず反応はない。これもまた、同じことの繰り返しだった。

――仕方がない。

まさかタバコの煙みたいな存在の相手に、嘘偽りもなく自分をさらけ出す日が来るとは、夢にも思わなかった。でも、それも自分を守るため。

一度、コホンッと咳払いをしてからスマホに向かって叫んだ。

「いい加減、……俺の前から消えろって言ってんだろがぁ!」

叫んだ後、スマホの画面を見ると通話が切れていた。

なんだかすっきりとした気分だった。
カーテンを開ける。昼下がりの眩しい光が部屋の中に差し込んできた。

今日はいつもよりも時間があるし、エステに寄ってから仕事に向かおうかな。

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