【チーム】day46_2024/3/2
今日は、チームについて…
自分なりの考えや経験をまとめたいと思う。
とても個人的な見解に留まるが、今後またチームについて考えたときの
自分の参考にもなればいいなとも思う。
これまで小学生のころから、チームのキャプテン等を担ったり、
スポーツの指導者として監督を務めたり…
自分がリーダーでなくメンバーであったりと…
様々な経験をするなかで、いつも迷い・答えにはたどり着いていないが、
考えを凝らしている
この「チーム」という存在に、時間を使って思考を巡らせたいと思う。
チームとは
まず、チームとは何だろうか。
ということから考えたいと思う。
・スポーツのチーム
・仕事をするうえでのチーム
・ゲームをするうえでのチーム
世の中には様々なチームが存在する。
状況やその言葉を使う人により、
チームという言葉の意味は異なるとは思うが、
私は「チーム」とは
「共通の目的や目標に向けて協力する集団」
だと考えている。
上記3つの例に関しても、
・スポーツ:競技での勝利
・仕事:プロジェクトの達成
・ゲーム:ゲームの攻略、勝利
という目的が存在している。
この目的を達成するために、
メンバー同士で協力したい、お互いを補完しあう集団が
チームだと私は考えている。
一方、同じような使われ方をする
「グループ」
という言葉も存在する。
私が思う「グループ」とは、
それを構成する個々人の
・属性
・趣向
・思想
等が同様の集団であると理解している。
チームはいずれかの方向に向かって進む存在である一方で、
グループは人の集団を一定の定義で切り取った存在であるとも思っている。
いわゆる、時間軸で切り取った存在であるとも理解している。
端的にはひとつのくくり、といったら正しいだろうか。
このグループが同じ方向に向かって協力・補完しあう存在に昇華
した場合、その集団は「チーム」になるとも考えている。
・同じ年齢、地域(属性)の人間が
・同じスポーツ(趣向)をやっており、
・勝利を目指す(思想)という目的・思想が加わることで
集団は、チームとして昇華すると考えている。
ただ、
・同じ年齢、地域(属性)の人の集まり
・同じスポーツ(趣向)をやっている
だけでは、チームというわけではなく、グループ(ただの集団)
だと思う。
そこに思想という方向性が加わり始めてチームとなる。
一方、思想が同じでもそれもまだグループだと思う。
・勝利を目指す(思想)
という考えを持っているという共通点だけでは、
それはただ同じことを考えている集団なだけであって、
目的や目標に向かう集団とは言えない。
同じ方向に進む体を成していないから。
とまあここまでが私の
「チーム」「グループ」
に関する考え方だ。
どちらが正しいとかはない。
ただ、この後の問題提起のためにも、
この二つの概念に関して整理しておきたかった。
なぜ、チームに関する話なのに、
グループに関することまで上げているかというと…
「チーム」と呼ばれている集団や
「チーム」であるべき集団の中には、
「グループ」でしかない存在が多いと私は考えているからである。
まあ、いつもモヤモヤしている言ってもいいだろうか。
この集団は、「チーム」といいつつも、
特に思想や目的・目標もなく
ただ同じことをやる・同じ場所に集まっているだけの「グループ」
じゃないのか?
と考えたる機会が多々あるからである。
それはそれでいいのだが、そうであるのであれば、
「グループ」として振舞うべきだとも思ってしまう。
とまあ、この話はこの辺りにしといて…
このような疑問符を持つ理由というか、本題に戻ろう。
では、「チーム」に必要なものはなにか?
ということを自分なりに考えると
・共通の目的、目標(思想とも重なる)
・リーダーと役割
のこの二つであると思う。
チームに重要な要素
・共通の目的、目標(思想とも重なる)
・リーダーと役割
この二つが、チームには欠かせない要素だと私は考えている。
以下がその理由だ。
共通の目的、目標
これがあって、初めて「チーム」という体を成すと私は考える。
これは、先ほどの「チーム」「グループ」
の比較で語った部分と重なるが…。
ただの集まりではなく、同じ方向に向かうには、
方向=目的・目標が同じである必要がある。
もし、この方向性が異なる人間が集まっているのであれば、
その場合は、
・グループとして、何かを目指したりしない
・チームを解散させる
・同じ方向を向かせチームとして成立させる
のいずれかしか、手段はないと思っている。
もし仮に、全く異なる方向を向いた人間を「チーム」として
強引に組成して同じ方向に進めようとする場合は、
その集団に属している人間はみな辛い想いをすると思う。
野球のチームがあるとしよう。
そこには、
・ある程度同じ属性(年齢や地域)
・野球をする(趣向)
の人たちが集まっている。
ただ、そこに集まる人たちは
①野球で全国1位を目指したい
②野球を楽しくやりたい
③野球で人と関わっていたい
と、それぞれ異なる
目的・目標=思想
を持っていたとする。
そうなると恐らく、
①もっと本気で取り組みたいのに、周囲は適当で物足りない
②自分は楽しくやりたいだけなのに、何を熱くなっているのか…
③みんなと集まれたらいいのに…しんどい想いはしたくない
等々、皆異なる負の感情を抱くと思う。
こうなると、皆辛い。
そしてこの状態だともう「チーム」としては機能しない…
というかそもそも「チーム」ではないと思う。
そのため、
①・②・③それぞれの人たちで集まって、
「チーム」「グループ」を組成しなおす方がよっぽどいいとは思う。
ただ、そうはいかないから難しい。
ただ現実としては、上記のようなパターンは多く発生しているように思う。
よほど最初から方向性が明確な集団でないと、
絶対に異なる思想の人たちの構成になるし、
簡単に集団をつくりなおすことはできないから。
それに、同じ方向性で集まったチームでも、
どこかのタイミングで思想が異なることも大いにある。
・会社の組織
・高校の部活動
・少年スポーツチーム
それぞれの場面で、皆が皆同じ方向を向い状態で集まる訳ではない場合が多い。
そして、社会という大きな単位ではことさらだ。
・甲子園常連校
・日本代表
・ベンチャー企業(規模の小さい)
└最近は面接とかでもビジョンへの共感等を意識するベンチャーも多い
・少数精鋭の厳しい組織
のように、明確な方向性のチームに人が参加する場合は例外だが、
構成するメンバーの人数が多くなるほど、異なる思想の人が集まる可能性が高くなる。
じゃあ、
・解散させるか
・グループを分けてしまう
ということでいいじゃないか。
といいたいところだが、やはりそんな簡単な話ではない。
・思想の異なるスポーツチームのメンバーを脱退させる
・会社の部を離散させる
・思想の異なる社員を解雇する
等々すればいい話だが、そうはいってないのが現実だ。
日本では特に許容されずらい。
正直なところ、「チーム」として成り立たせるために、
上記のような対応をするのが正解かもしれないなと思うこともある。
ただ、それでは思考が止まってしまうので、どうすれば
異なる思想のメンバーが集まった状態から
「チーム」に昇華させることができるか?
ということに頭を使いたい。…面倒くさい頭だが。
それに、社会という大きい単位では、誰かを排除するということは
人権や生命への問題があるから、より複雑な話になるから…。
そこで私が「チーム」に大切だと考えるのが
「役割」だ。
リーダーと役割
「チーム」での役割でいうと、
やはりまず
リーダー
という存在が思い浮かぶ。
特に、異なる思想のメンバーが混じるチームでは、
リーダーが方向性を示したり、皆に思想を同じ方向に向かうように働きかけたり…そういった行動が非常に重要だ。
同じ方向性を掲げるチームにおいても、時間の経過に伴ってメンバーの方向性が違わぬように、常にチームをリードすることも重要である。
これは言うまでもなく、当たり前すぎると個人的には思うが、
これができているリーダーというのはそもそも少ない。
まあ正直、素質も必要だと個人的には思う。
リーダー研修というものも流行っているが、そんな簡単な話でもないと思う。
人の心を動かすには、言葉を発する人の心が重要だ。
人間は合理的でないと考えるのが合理的だと思うし、その合理的でない人間を…心を動かそうと思ったら、打算的なことばかりだは無理だ。
なので、一長一短のスキルや経験で身につくようなものでは人を簡単にリードできないと私は思う。その人の発する本気の言葉は、その人が刻んだ人生を映し出す。そういったことも含めた時間の過ごし方ができるかどうかが、
人をリードするに足るリーダーであるかを決めるのではないかと…個人的には思う。
なので、本当に素晴らしいと思えるようなチームというのが少ないのが現実なのだろう。
とまあ、リーダーが重要だという当たり前すぎる話をしたが。
そして、リーダーに加えて重要なのがフォロワーの存在だ。
このフォロワーをいかに作れるかが、チームの鍵になる。
リーダーに重要な資質は、皆を同じ方向に向かせるといったが、
それに加えて、メンバーに役割を与え、フォロワーとすることだ。
要は、自分はこの「チーム」の重要な一人だと。
そういった認識を持ってもらうことだ。
どれだけすごいリーダーでも、一人でチームを牽引し続けることはできない。
メンバーが皆で同じ方向に向いて・そして動く必要がある。
同じ船に乗った船員のようなものだ。
リーダー一人で航海できる船の大きさなんてのはたかが知れているだろう。
多くのメンバーを乗せた船ならば、メンバー全員に
「自分がこの船を動かしているんだ…自分にはチームとして目指す方向性に向かうための役割があるんだ」
という自覚を持たせることが重要だ。
そうすると、メンバーはみなフォロワーになり、お互いを補完し合う存在になる。
ただ船に乗っているだけでいいと思うメンバーがいたら、
それはもうチームのメンバーではなく、
「同じ船に乗っている(属性)だけのグループの一員だ」
そして、それが増えると船が沈む。
リーダーは
方向性を示すとともに、
メンバーに役割を与える。
その役割がチームという船が目指すべき方向に進むために重要な役割であると自覚させる、それが大切。
その際にリーダーが考えるべきことは多岐にわたるが…
今回は少し省力しておこう。(またどこかで整理したい)
本当の理想は、リーダーの指示がなくとも、
フォロワーが自然と増えていくような、そんな状態なんだろうとも思うが。
もしくは、チームと同じ思想の人を見極めて集めるということ。
この場合は、メンバー間の方向性が合致しているので、割と運営が楽なチームになると思うが、前述したように、そう同じ思想の人ばかりを集めるのは簡単ではないし、新しいことを始めようと思ったら、同じ思想の人はまだ少なかったりする。
なので、やはりメンバーをリードして同じ方向性に向かわせる力も重要だろうと、私は考えている。
最後に
同じ思想の人たちを集めることは簡単だ。
ただ、きっとそれは限られた範囲で天井を迎えるだろう。
なぜなら皆が皆、同じ思想を持っているわけではないし、
よりその範囲が広範になると…人数が多い集団になるほど、
違う思想の人が集まるからだ。
そうなったときに、異なる思想を持っている集団に
思想や方向性を提示し、役割を与え、
チームとして昇華させることができる、
そしてそのチームを成功に導くことができるリーダーがこそが
今求められていて、本当のリーダーなんだろうなと私は思う。
そして、そんなリーダーになるために必要なことを今後も
考えていきたいと思う。
日進月歩
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