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言葉以前に惹かれて離れられない -ルイーズ・ブルジョワ展(森美術館 -1/19)

 某日、六本木ヒルズ。

 ルイーズ・ブルジョワ展へ。

 心待ちにしていた。



「お蔵入り」にする前に

 ルイーズ・ブルジョワの作品はどこか強く惹かれていて(というか、好き嫌い以前に目を離せないなにかがあって)、六本木ヒルズの蜘蛛の作品タイトルがお腹に卵を抱えた蜘蛛「ママン」であることを知ったときに「やっぱり」と思った。

 展覧会がはじまってすぐ鑑賞し、9/29のキュレーターズトークも観覧した。そこで「好き」の理由がいろいろ腑に落ちたわけだけど、その「好き」という感情はとても複雑で、言葉になる以前でとまってしまっていて、うまいコメントができない。

 書きかけのnoteを放置してはや10日。このままお蔵入りになる前に、せめて写真だけでもアップしておこうかなと思い、編集を再開した。


ルイーズ・ブルジョワとは

 ルイーズ・ブルジョワとは? 展覧会概要から、一部抜粋する。

ルイーズ・ブルジョワ(1911年パリ生まれ、2010年ニューヨークにて没)は、20世紀を代表する最も重要なアーティストの一人です。70年にわたるキャリアの中で、インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画など、さまざまなメディアを用いながら、男性と女性、受動と能動、具象と抽象、意識と無意識といった二項対立に潜む緊張関係を探求しました。そして、対極にあるこれらの概念を比類なき造形力によって作品の中に共存させてきました。同上

同上
かまえる蜘蛛 2003年
ブロンズ、茶色く磨かれたパティナ、ステン レス鋼 270.5×835.7×627.4 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)

 既述のとおり、キュレーターによるトークイベントにも参加した。


第1章 私を見捨てないで

 会場に入り、目にする第一作が本作だ。

隠された過去
2004年 布、木、ステンレス鋼 226.1×76.2×76.2 cm
個人蔵(ニューヨーク)

ブルジョワは一生を通じて、見捨てられることへの恐怖に苦しみました。

「私を見捨てないで」と題した本章で紹介する作品群は、この恐れが、母親との別れにまでさかのぼることを示唆しています。ブルジョワは両義的かつ複雑性に満ちた「母性」というテーマのもと《自然研究》をはじめとする作品を制作する中で、母と子の関係こそが、将来のあらゆる関係の雛形になるという確信に至りました。

また、彼女はかつて「わたしの彫刻はわたしの身体であり、わたしの身体はわたしの彫刻なのです」と語りました。ブルジョワの作品群には人体の断片のイメージが度々登場しますが、そこには不安定な精神状態や、精神の崩壊の象徴や兆候が表わされています。

同上
家出娘
1938年頃 油彩、木炭、鉛筆、キャンバス 61×38.1 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)

 結婚してニューヨークに移り住んだのちに、ブルジョワは芸術活動を開始する。

ライト・プロジェクション

 ライトプロジェクション(本展だけでなく、ほかの国のブルジョワ展でも用いられる手法だという)のメッセージとともに展示されるさまざまな作品には、どこかふしぎな、否、不穏な雰囲気が漂う。


良い母、出産、母性

 フェミニストたちから熱烈に支持されたものの、ルイーズ・ブルジョワ自身はフェミニズムアーティストは名乗らなかった。

 しかしその作品は、女性性、セクシャリティに切り込んだものが多い。だから目が離せなくなる。

良い母
2003年 布、糸、ステンレス鋼、木、ガラス 彫刻とスタンド:109.2×45.7× 38.1 cm
展示ケース:196.9×106.7× 86.4 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)

 下は、第三子の出産をテーマにした作品。

無口な子
2003年 布、大理石、ステンレス鋼、アルミニウム 182.9×284.5×91.4 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)



カップル、セクシャリティ

 性愛というものに、肯定的なのか否定的なのか。展示中盤の作品にはその両方が複雑に交じり合い、あたかも観る者自身が試されているようだ。

カップル
2003年 アルミニウム 365.1×200×109.9 cm
個人蔵(ニューヨーク)


カップル2004年
布、糸、ステンレス鋼、木、ガラス 彫刻:58.4×80.6×48.3 cm
展示ケース:196.9×130.2×146.4 cm
所蔵:前澤友作コレクション(千葉)


「胸と刃」


第2章 地獄から帰ってきたところ

 ここからが、精神面での暗部への旅となる。

第2章「地獄から帰ってきたところ」では、不安、罪悪感、嫉妬、自殺衝動、殺意と敵意、人と心を通わせることや依存することに対する恐れ、拒絶されることへの不安など、心の内にあるさまざまな葛藤や否定的な感情が作品をとおして語られています。人間の頭部を象った《拒絶》はその一例です。
ブルジョワは、彫刻を創作することを一種のエクソシズム(悪魔払い)、つまり望ましくない感情や手に負えない感情を解き放つ方法だと信じていました。素材に抗って作業することが、攻撃的な感情のはけ口になりました。
また、彼女は精神分析を通じ、自らの作品の多くが父親に対する否定的な感情から生まれたということを理解しました。インスタレーション作品《父の破壊》では、横柄で支配的な父親の像を食すことで復讐を果たすという幻想を表現しています。この独創的な作品は彼女の芸術活動の一つの頂点であり、波打つ抽象的な風景から、より性的に露骨な身体部位の表現まで、1960年代から1970年代初頭にかけて彼女がフォルムや素材で探求してきたことの集大成ともいえます。

同上
心臓
2004年 ゴム、ステンレス鋼、金属、糸、プラスチック、 木、段ボール 59.1×48.3×29.2 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)
どうしてそんなに 遠くまで逃げたの 1999年
布、ステンレス鋼、木、ガラス 彫刻:25.4×33×25.4 cm
展示ケース:177.8×60.9× 60.9 cm 所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)


部 屋 セル X(肖像画) 2000年
鋼、ガラス、木、布 194.9×122.6×122.6 cm
個人蔵(ニューヨーク)

「罪人2番」

 絶望的に高いくらいに聳え立つ扉。

罪人2番 1998年
塗料、鋼、木、ガラス、鉛、鏡 381×289.6×335.3 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)


「カップル」ⅣとⅢ

カップルIV 1997年
布、革、ステンレス鋼、プラスチック、 木、ガラス 彫刻:50.8×165.1×77.5 cm
展示ケース:182.9×208.3× 109.2 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)


カップルIII 1997年
布、革、鋼、木、ガラス 彫刻:71.1×180.3×99.1 cm
展示ケース:184×249×142 cm 所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)


「シュレッダー」

シュレッダー
1983年
木、金属、塗料、石膏 244.2×218.4×289.6 cm
個人蔵(ニューヨーク)


「地獄から帰ってきたところ」

 この章の終わりは、亡き夫のハンカチに施した刺繍。展覧会のタイトルでもある。

無題 (地獄から帰ってきたところ)
1996年 刺繍、ハンカチ 49.5×45.7 cm
個人蔵(ニューヨーク)


第3章 青空の修復

ブルジョワは自らを「サバイバー」と考え、自身の芸術が松葉杖や義肢のように機能することで様々な苦難を克服できたと信じていました。本展の最終章「青空の修復」では、彼女の芸術がいかにして、意識と無意識、母性と父性、過去と現在のバランスを整え、心に平穏を取り戻そうとしたのかに迫ります。たとえば、《トピアリーIV》と《雲と洞窟》は回復と再生の力を見事に表現しています。それは、ブルジョワが言うところの「芸術は正気を保証する」にほかなりません。

アーティストとして、自らの無意識の領域に直接アクセスできると信じていたブルジョワは、内なる性的および攻撃的なエネルギーや衝動を、芸術表現として昇華できると確信していました。彫刻をはじめとする彼女の作品は、人間の心理状態を象徴する表現であり、混沌とした自らの感情に秩序をもたらそうとする試みです。

また、ブルジョワは自身や家族の衣服など彼女の人生に関わる布を用いることで、過去を永遠のものにしようとしました。縫い合わせる、繋ぎ合わせるという行為は、別れや捨てられることに対する恐れを払いのけることを象徴すると同時に、一家のタペストリーの修復工房を営んでいた母親と自分を無意識のうちに重ね合わせていることの証でもあるのです。

同上

 さいごの章では、観ていて美しく、ほっとするような作品も増えてくる。

トピアリーIV 1999年
鋼、布、ビーズ、木 68.6×53.3×43.2 cm
個人蔵(ニューヨーク)
雲と洞窟 1982–1989年
金属、木 274.3×553.7×182.9 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)


 解説にもあるように、作品に頻出する「5」は、ブルジョワ自身の家族(夫婦、子ども3人)をあらわす。

青空の修復 1999年
鉛、鋼、布、糸 45.7×66×1.6 cm
個人蔵(ニューヨーク)


家族 2007年
グワッシュ、紙 59.7×45.7 cm(各、24点組)
個人蔵(ニューヨーク)


妊婦 2009年
グワッシュ、色鉛筆、紙 59.4×45.7 cm (各、6点組)
個人蔵(ニューヨーク)


花 2009年
グワッシュ、紙 59.7×45.7 cm(各、三連作)
個人蔵(ニューヨーク)



カップル 2001年
布 50.8×16.5×7.6 cm
個人蔵(ニューヨーク)


 蜘蛛も、「守る」姿に。

蜘蛛 1997年
鋼、タペストリー、木、ガラス、布、ゴム、 銀、金、骨 449.6×665.5×518.2 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)


作品と辿る、昇華のプロセス

 森美術館には、唯一、窓のある展示室がある。タワーの52階から、青空と東京の景色が望める部屋だ。

 その展示室の前には、

わたしの青空 1989–2003年
グワッシュ、水彩、インク、鉛筆、色鉛筆、 紙、木、ガラス、窓枠 70.5×58.4×15.9 cm
個人蔵(ニューヨーク)

 展示室には、

ヒステリーのアーチ 1993年
ブロンズ、磨かれたパティナ 83.8×101.6×58.4 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)

 キュレーターズトークでも、その意図が話題になっていたのだけど、これは、男性アシスタントをモデルとしており、(かつて女性のものとされていた)ヒステリーという固定観念に、疑問を投げかけるもの。

 そうした背景を知らずとも、作品は美しく、青空に映えていた。

 作家は自らの人生を、アートを以て言語化している。

 その中で迷いながら、観る者はおのずと自分の内面をも探索する。そして、作家とともに、心の奥底の傷からの、昇華のプロセスを辿るのだ。

意識と無意識 2008年
布、ゴム、糸、ステンレス鋼、木、ガラス 彫刻、スタンド:175.3×94×47 cm
展示ケース:224.8×167.8×94 cm
所蔵:イーストン財団(ニューヨーク)



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