イライラするのは、「子どもの問題」に手を出すから〜「大きなお世話」を手放そう
子どもたちが小中学生だったころの自分を振り返ると、〈大きなお世話〉ばっかりしていたなーって思います。
真っ先に思い浮かぶのが、公文式のプリント学習。
幼少期から何年も通っているのに、毎日プリントが習慣化しない子どもたちに対して、毎日のようにイライラしていたんです。
プリントをやるかどうかは、〈私の問題〉ではなく、〈子どもの問題〉なのに、ね。
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小学生のころは、
「プリントやった?」
声をかけてもかけても子どもたちが動かないことが、イライラの素でした。
中学生になると、週2回の教室日がイライラの素になりました。
(小学生のころは学童保育所のお友達と通っていたので問題なし)
白紙のままで持って行くのを嫌がった息子が、教室の時間になってから自宅でプリントを広げるからです。
スマートフォンを片手にプリントが進まないので、
「3日分の宿題をいまからできるわけないじゃない。
教室でやったら?」
私が声をかけたところで、息子は動きません。
教室が閉まる30分くらい前に家を出て行くまで、私のイライラは募りに募ります。
〔宿題をやらずに行くのが嫌なら、毎日やればいいのに。
中学受験を終えてすぐに、自分から通い始めた公文なのに、どうしてやらないんだろ?〕
って。
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子どもからすれば、「そんなん俺の勝手やし」だったでしょう。
私がイライラ・ヤイヤイするなんて、〈大きなお世話〉。
息子が中学受験の直後に「また公文をやる」と言ったのは、トロフィーがほしかったから。
その達成感を味わったあとは、
「なぜ公文を続けるのか」
という理由がなくなっていたのかもしれません。
にもかかわらず、
「あなたがやりたいと言ったんだから」
と私が縛っていたんだなーって、いまとなっては思います。
「もう辞める」
と息子に言わせない重たーい空気を、私がつくっていたんです。
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私が〈子どもの問題〉に手を出していたのは、
・それが母親である自分の仕事だと思い違いをしていた
・私が自分の人生を生きていなかった
のが原因だと思います。
「私は〇〇のために生きているんだ!」
というのがわかっていなかった当時は、〈幻の母親像〉を演じることに必死だったんでしょうね。
もしも私が、自分の人生を生きることに集中できていたら、子どもが何をしようと何をしまいと、
「あなたはあなたの人生を生きてねー」
とおおらかに構えていられたはず。
当時はできなかったことを、いまは楽しみながらやっています。
いつのまにか、私がやっていることに子どもが興味をもってくれるようにもなりました。
ありがたいことです。
私が電子書籍『私は私を生きていく』を書いたときには、発売前に添削までしてくれました。
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「大切なものを大切にしていたら、大切な人も大切なことを大切にできる」
と感じられるようになった私から、こんな言葉が生まれました。
「こういうことだったんだなー」
と思えるまで、ずいぶんと時間がかかったものです。
「こんなに遠回りしなくても大丈夫」
とお伝えできたらという想いで、私はコーチとして活動しています。
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もしもあなたが、お子さんのことでイライラすることがあったら、
「これって、私の問題?子どもの問題?」
と一呼吸おいて、
「そもそも、私が〈本当にやりたいこと〉は何だろう?」
とご自身に問いかけてみませんか。
「〈大きなお世話〉などやいている場合じゃない!」
と思えたら、イライラしなくなります。
まずは、『子どものために』と一生懸命になることをいったんわきにおいて、『素のままの私が本当に望むこと』を考えてみませんか。
きっと感覚が変わってくるかと思います。
愛する子どものために一生懸命がんばっているあなたが、軽やかな心で日々を過ごせますように♪
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御影石 千夏
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