【宮津・天橋立周遊】豊受大神と真名井御前
ずっと行ってみたかった眞名井神社。
ご祭神は伊勢神宮 外宮に鎮座する豊受大神なので、元伊勢としても有名。
丹後国一の宮・籠神社の奥宮となります。
公式HPによると外宮ができたのは、倭姫さまが伊勢に天照大神を遷宮してから500年も!あとのことだったんですね。
元伊勢の側面とは別に、空海さんファンとしては、空海さんにとって大きな存在だったと想像される真名井御前のご実家(海部家)になるので、ずっと気になっていました。
真名井御前について知りたいと思っても、Wikipediaには出ていません。
名前が出ていたのは『神呪寺』(如意尼として)のページ。
33歳で亡くなっていることもあり隠れた存在というか、情報が少ない真名井御前。
1泊のひとり旅ですが、少しでも何かを知りたい、と思っていました。
【天橋立周遊きっぷ】
阪急高速バスに電話をして『天橋立周遊きっぷ』希望、を伝えて往復のバス席を予約。
土日なので、満席ではないけれどそこそこ混んでいました。
ちゃんと観光するのは初めてなので、傘松観光券は本当に便利でした!
阪急三番街から乗車の予約をしたバスは、行きは阪急高速バス、帰りは丹海高速バスになりました。
阪急高速バスのほうはフリーWi-Fiつきで、2時間40分程で到着!
あっという間ですね~。
【天橋立観光船】
個人経営の船乗り場がたくさんあってだいぶウロウロして、やっと観光船のりばを見つけました。
2階の甲板からエサをあげれるようになっていて、10匹近くのカモメが観光船を追いかけてきます。
鳥好きの私には、この観光船はサプライズ!
たくましく羽ばたく、カモメの翼がはっきりと。
こんなに近くで、飛ぶ様子を観察できるとは・・
トビも一羽だけ、大きな翼を広げて雄大に飛んでいました。
天橋立沿いを運行しているのですが鳥ばかり眺めているうちに、一の宮駅に到着。
【籠神社】
まず、歩いてすぐの籠神社へ。
6月なので、夏越の大祓の季節。
境内に入ると残念ながら、撮影は禁止。
参拝をしてから、天橋立を上から眺められる傘松公園へ。
観光券で往復のケーブルカーとリフトが選べるのですが、リフトはおすすめ!
特に下りが絶景で気持ちが良く、こんな景色を見ながら降ります。
母に抱っこされて、1、2歳の頃に乗った記憶がよみがえりました。
なぜか下に落ちてみたくて??楽しくなってあばれた記憶…。
母は、困っていたようでした!
リフトは片道400円、傘松公園は訪れたほうが良い場所です。
【成相寺】
観光券には傘松公園からの成相寺までの往復バスもついているので、さらにバスで登ってみました。
(※拝観料は別途400円。)
予想外に、龍さんがいっぱいのお寺だった真言宗の成相寺。
山岳宗教の修験場だったそうです。
仁王門は行きのバスでは通り過ぎてしまうのですが、かなり立派な造りでした。
みどころがたくさんあった、成合寺でした。
もみじが多いので、紅葉シーズンがさらに美しいのかも。
天橋立周辺は、家族連れでも楽しめそうな場所がたくさんありました!
【眞名井神社】
再び籠神社まで戻り、10分ほど歩いて眞名井神社へ。
伊勢神宮の外宮に鎮座するご祭神の豊受大神について、『産業、衣食住の神様。月神の一面をお持ちであり、天御中主神と同神であると伝えられる。』と籠神社公式ページに記されています。
豊受大神が宇宙最高神ならば、太陽神の天照大御神が近くに遷宮を希望したということも、理解しやすいように思います。
境内の由緒書には、さらに別名を『国常立尊』の記載もあったので、ちょっとびっくり。
山を登るイメージを持っていたのですが、住宅地を抜けた川沿いにありました。
すぐそばのユースホステルに宿泊するので、まずチェックイン。
神社は隣なので、夕刻に参拝してご神水をいただいてきました。
今回は(今回も?)早朝参拝がメインです。
天気予報では曇りだったので朝日を祈りながら就寝しましたが、朝6時頃はまだ曇り空。
着替えていたら光が差してきたので、大喜びで参拝に向かいました!
夕刻は絶えず人が来ている感じでしたが、早朝は誰もいない。
こちらの神社は、狛犬ではなく狛龍さん。
こちらの狛龍さんは、なんだかイメージと違って明るい!
お目めがなんともいえず、かわいい~!
やはり朝の光は良いですね~。
竹林に囲まれていて、ずっと川が流れる音が聞こえている素敵な場所。
ここで、ご神水を入れて持ち帰れます。
伊勢神宮 外宮で大切に守られている、上御井神社の井戸に遷された伝承があるご神水。
すぐそばに車を止めて、大きな容器に水を入れて持ち帰る方も。
500mlのペットボトル1本しか持っていないので何度も行って、滞在中にたくさん飲ませていただきました。
こんなに気持ちよく晴れた朝だったのに、2時間ほど後には天気が急変して、雷が鳴るどしゃ降りに!
10時から社務所が開く日だったので、チェックアウトしてからまた行く予定だったのですが、30分程待っていたら、あっさり雷と雨はおさまってくれました。
(※社務所は普段は閉まっているので、公式HPで開設日の確認が必要です。)
雨上がりにも参拝できたことは、予想外。
無事、お札やお守りも買うことができました。
両脇に藤棚があり、絵馬の絵柄も藤。
『鬼滅の刃』にもよく藤が出てくるし、なんで?と思っていたのですが、藤は浄化の花になるそうです。
藤の花が好きで(noteプロフィール画像にもずっと使用)、姓にも『藤』がつくため、ご縁のある花と感じてきました。
眞名井神社のご祭神が藤の花に由縁があった、というのはちょっとうれしい。
撮影禁止の本殿には磐座がいくつか見えているのですが、奥の磐座は離れていて、漢字の表記もよく見えません。
縄文時代から祭祀が行われていた場所ということで、大切に守られているようです。
社務所の巫女さんに尋ねてみましたが、見た目以上のことはご存じないようでした。
これで帰ってしまってよいのか不安になっていたところ、籠神社で御由緒記が販売されているのを見つけ、最後の頼みの綱で購入。
その中に『空海と眞井御前に就いて』という記載が!ありました。
少しだけ、抜粋してまとめさせていただきます。
籠神社代々の神官海部氏の娘で、幼名は厳子(いずこ)、10歳から京都に出て六角堂で如意輪の教えに帰依し、修行をしていた。
天性のやさしさと美しさと、ただならぬ気品をただよわせたしなやかな女性で、20歳の時に淳和天皇(当時はまだ皇太子)に見初められ、第四妃に。
26歳で女官たちの激しい嫉妬に世の無常を感じ、宮中を出て出家。甲山(おそらく神呪寺)で、空海さんから如意輪の修行を修めて尼僧に。
このあと驚くことに、役行者の足跡をたどり大峰山に入り、21日間の修行を成し遂げたそうです。
現在でも女人禁制の険しい山ですが、“うわばみ”に食われて生きて戻れないと止められても、『うわばみは穢れた肉を好むもので、私の肉体には害を及ぼさない』と山に入って行ったそう。
反対した吉野山の僧も、修行を終えて戻った姿にこれは神女に違いないと驚き、肖像を役行者とともに祀ったということです。(その肖像を見てみたい!)
天皇に見初められるほど美しく聡明で、空海さんに守られたお姫様のイメージだったのですが、この話が本当だとすると勇敢で強く、行動力もある女性だったのかもしれません。
このあと御本尊として如意輪観音像を造ることを決め、空海さんが真名井御前をモデルとして、33日間をかけて如意輪観音像を制作したということですが、その間真名井御前は昼夜ずっと、真言を唱え続けていたそうです。
ふたりの関係はいろいろ想像されますが、空海さんと真名井御前の年の差は30歳ほど。(少なくとも空海さんは、敬愛の情を持っていたのでは?と勝手に想像。)
特別な想いがなければ、真名井御前をモデルにして如意輪観音を制作するはずはない、と個人的には思います。
子どもの頃から人々の救済という壮大な目的を持っていたことも共通しているし、強い女性だったとすると、弟子というより協力者的な、想像していたより対等な感じだったのかもしれません。
空海さんが高野山に入定するまさに前日、真名井御前は空海さんがいる高野山に向かって座り、真言を唱えながら亡くなったそうです。
入定前日に亡くなっていることは知っていましたが、空海さんは安心して入定できたのではないかと、思っていました。
でももしかしたら、身体の寿命もわかるのでしょうから、偶然ではなくてもっと深い意味もあったのかもしれません。
決して表に名前が出ることがない真名井御前ですが、今も空海さんと共に、人々を救うために動かれているのではないでしょうか。
ただの自己満足ですが、今回の旅で真名井御前像に少しだけ、近づけた気がしました。
【おまけ】
帰りは再び、天橋立駅から高速バスに乗車。
海鮮工房 はしだて物産さんでかにめし弁当(1,500円)を購入したのですが、注文してから詰めてくれるホカホカのお弁当で、車中で感動しながらいただきました。(節約旅なのでこれが一番の、日本海の幸だったかも!)
この日は不安定な天候が続いていたようで、丹波篠山あたりでまた雲行きが怪しくなり、前が見えないほどのどしゃ降り!
まわりの車は徐行運転をしていたけど、バスは慣れた感じで高速道路を走り、ほぼ時刻通りに帰れました。