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タキシードに身を包んだ俺が壇上に上がると拍手喝采が鳴り響く。 用意していたスピーチを読みあげながら、40年前のあの日を思い出していた。 「あの日、あの人にあの言葉をもらわなかったら今の自分はない」 ありきたりの言葉だが、人々はそもそも言葉など聞いていないのか、深く感動した体で俺に尊敬と称賛の眼差しを向けてくる。 隣の司会の男も、深く感銘した様子を見せながら進行を再開する。 「それでは、最優秀選手賞の飯村様からー」 *************************
健康診断に行った時に、医者に言われた。 「貴方本当に太ってますね」 「はあ・・・体質でして」 「ふむ。と言って、筋肉量は十分あり骨格は見事なものだ。関節症などの問題は全くありませんな。普通これだけ太っていれば、内蔵にも色々と問題が出て来るものですが、全くの健康体だ。いやこれは驚きだな」 「それも良く言われるんですよ。嬉しいような悲しいような・・」 「いや、これは素質・・才能ですよ!」 「えっ」 「どうです?適材がいたら紹介してくれと、ある企業から云われてるんですがね。貴方な
何もない部屋の中にモニターが一台置かれ、その前に男が座っていた。ごく稀に気紛れにディスプレイを見るが、ほとんどの時間はコーヒーを飲むか、本を読むか、携帯ゲームをするかといった暇つぶしに充てられていた。 男が監視しているのは人工知能、俗に言うAIと呼ばれるマシンの頂点であり、人間社会のあらゆる問題を解決し、制御している。AIによって社会は完全にコントロールされ、犯罪傾向のある者や精神異常者等は予め隔離され、治療を受ける。遺伝情報により、計画的に最適な配偶者が選択され婚姻する。
私は幼少より病弱で、成績も悪くスポーツも得意ではなかった。何一つ長所と言えるものはなく、当然だが女の子にも全くモテなかった。そこで、私は自分の子供だけは完全な人間にしようと考えた。 精子バンクと卵子バンクから特に優秀な精子と卵子を選び、さらにゲノム編集という遺伝子操作技術によって、IQや身体能力を伸ばし、あらゆる病気に対する抵抗性を高めた究極の人間。 人工子宮から生まれた私の子供は、まさに天才だった。 当時からすでにデザイナー・ベビーと呼ばれる、遺伝子操作による天才児は大
電気街の駅から少し離れた、裏通りの人気のない所にある古いビルの4階に俺の占いの館がある。 夜の8時を過ぎると、ここは僅かにある飲食店や風俗店を除き、開いている店はほとんどない。 歩いている人もほとんどいないのだが、朝までチラホラと客が来る。 自分で言うのもアレだが、俺は占い師として天才的だった。 特に宣伝した事もなく、テレビに出演した事も無いのだが、ネットの口コミや評判を聞きつけ、皆この薄汚いビルの一室を訪れる。 今日も最近買ったばかりの流行りの薄型ノートパソコンで、映画
レジ横のテーブルに小型の電気製品を置く。 女性店員が軽く会釈をして、バーコードを読み取る。 すかさず俺は、 「ちょっと待って、箱のこの部分に傷があるんだけど」 と製品を指差して言った。 女性店員は表情を一変させ、 「大変申し訳ありませんでした」 とテーブルにおでこをぶつけるような勢いで謝罪した。 俺はニヤリと笑いながら、 「この店はこんなモノを平気で売るような店なのか!」 と怒鳴りつけた。 周囲の客も俺たちに冷ややかな視線を送ると同時に、なるべく関わり合いにならないようにし
「はいパパ」 息子に渡された通知表を開く。 「またオール『5』か。お前は本当に優秀だな」 既に子供とは思えない鋭敏で知性的な顔立ち。良い成績を取ることなど当たり前で少しも得意にならない。高い金を出して日本一の私立小学校に入れたが、そこでも私の息子は群を抜いて優秀だった。 「これならK中学も余裕で入れるな。週末はお爺ちゃんの家でゆっくりするか?」 息子は「うん」と頷きながら、ハンバーグに手をつけた。 私の息子は、日本で初めて遺伝子操作によって作られた『デザイナー・ベビー』だ。
「今日の君は一段と綺麗だ」 商社に勤めるイケメンの彼が私を見つめながら言った。 「いつもと変わらないわよ」 「前とは明らかに雰囲気が違うよ」 あの機械、やっぱり買ってよかった。 帰り際に彼から誘われた。 「今夜は、君の家に行っていいかな?」 楽しかったデートの夢が覚め、また忙しい日々が始まる。 今日はアメリカから得意先の担当が来る。その予定をスマホに入力し、頭からすっぽりとヘルメットのような機械を被る。5分もすると濃いめのアイラインと口紅で、いかにも外国人受けしそうな顔立ち
「今日から安楽死法が施行されます。これにより―」 朝食をとりながら見ていたニュースで、そんな事を言っていた。 増えすぎた人口の抑制策として、世界的に安楽死を認める動きが高まっていた。 そして、遂に我が国でも「安楽死法」が施行され、一定基準を満たせば誰でも苦しまずに死ねるようになった。 死のうかな 会社に行く準備をしながらふと思った。 結局、会社には行かずに死ぬことにした。 スマホでググってみると「安楽死センター」というのが各自治体に設置され、そこで申請すれば死ねるらしい
一人の男が店に入ってきた。 「唐揚げを一つ下さい」 「はいよ」 カウンターの奥にいる店の主人が応える。 数分後、ジューという音と共に肉を揚げる匂いが店内に広がる。 「この店の唐揚げは美味いって評判なんですよ」 「そうですか。そりゃありがたい事で」 「肉が違うってね。でも唐揚げに美味い肉なんてあるのかな?何か特別な肉を使ってますか?」 「どこにでもある普通の肉ですよ」 「ふーん」 男はカウンターの端にある新聞に目をやる。 「またこの辺りで行方不明者が出たそうですよ。最近多いな」
自動ドアが左右に開き、白衣を着た老人が入室してくると、中にいた若い医者が頭を下げる。 「さて、いよいよ我が国で初めてのAIによる完全無人手術が行われるわけだが、準備はどうかね?」 老人が慇懃な態度で尋ねると、若い医者が答えた。 「はい教授、いつでも始められます」 「そうか。ではすぐに始めたまえ」 男が胸の前で手を十字に切ると、ホログラムと呼ばれる、空間に映し出される映像が現れる。 そして、映し出された入力システムに何度かタッチすると、ガラス張りで見下ろせるようになっている手術
「人類とAIによる世紀の一戦が、今始まろうとしています」 司会役を務める若い男が、演技的な興奮を見せながら煽り立てる。 隣には美人の女性と、恰幅の良い老人がニコニコしながら立っている。 「人間側は、全世界のネット投票による多数決で指し手を決めます。対する将棋のAIは、高性能パソコン1億台分の計算能力を有します。いそみん先生、このAIはどのくらい強いのでしょうか?」 『いそみん』と呼ばれる老人は、加藤五十三という名で、若かりし頃は天才の名を欲しいままにし、つい最近引退したばかり
「愛してる。結婚しよう」 三年も付き合った彼女に僕はプロポーズした。それと同時に、耳うるさいアラームが、手首に巻いている腕時計型のAI端末から鳴り響く。 ディスプレイを見ると『婚姻不可!』と表示されていた。 「やっぱり祝福されていないみたいね、私達」 彼女は言いながら、目にうっすらと涙を浮かべ遠くを見つめている。 配偶者最適化法、巷では『赤い糸』と呼ばれている法律が施行され、結婚相手はAIによって管理される事になった。 罰則はないので、好きな相手と結婚する事は不可能ではない
ドアが開くと同時に、いつものように背中から乗車して中の人間を押しやるように乗り込む。とても人間が入り込めるスペースなど無いはずなのだが、押せば何とか入れてしまうのだから不思議だ。 もう40年も毎日、満員電車に乗っている。いつになってもこの不快さには慣れる事はない。タダでさえ狭く暑苦しい車内にスーツとネクタイで乗り込み、押し合いへし合いしながら片道1時間も揺られる様は、地獄そのものであった。ところが、この国の人間にはそれが至って日常ときている。 (頭のおかしい奴らだな) 斜め後