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満員電車

ドアが開くと同時に、いつものように背中から乗車して中の人間を押しやるように乗り込む。とても人間が入り込めるスペースなど無いはずなのだが、押せば何とか入れてしまうのだから不思議だ。
もう40年も毎日、満員電車に乗っている。いつになってもこの不快さには慣れる事はない。タダでさえ狭く暑苦しい車内にスーツとネクタイで乗り込み、押し合いへし合いしながら片道1時間も揺られる様は、地獄そのものであった。ところが、この国の人間にはそれが至って日常ときている。
(頭のおかしい奴らだな)
斜め後方のサラリーマンが押してくる。隣の女の化粧の匂いが強い。若い頃は、女の尻と接触しただけで参ったものだ。電車が揺れる度に、圧力が高まり態勢を崩される。学生の音楽がうるさい。老人の加齢臭、いや死臭とも言える匂いがすさまじい。多分、俺も相当臭うようになったのだろうな。考えてみると、40年もこんな生活を続けているのか。都心に中古のマンションを購入し、子供もようやく大学を卒業していよいよこれからという訳だが、その先に明るい展望が見えてくる事はない。妻とは全く口をきかない。俺は一体、何のために生きているのだろうか。
延々と下らない事を考え消耗しながら、目的の駅に着くころにはワイシャツは汗で滲んでいた。

ホームに駅員が二人いた。
乗客を見送るように立っていたが、誰もいなくなると話し始めた。
「今日でいよいよ最後ですね」
「ああ、政府が発表した大都市交通網再整備法、俗に言う満員電車規制法がいよいよ明日から施行されるからな」
「既に代替の交通手段も用意され、政府主導で建設しまくった高層マンションも都心には溢れている。満員電車なんて何の必要性もなくなったというのに、まさかこんな事になるとは」
「専門家に云わせると、トラウマの一種なんだそうだ。尋常ではないストレスに晒され続けた結果、そのストレスが無い状態に不安を感じるらしい。満員電車中毒というわけだ」
「しかし、一回10万円もする満員電車乗車券を買うとは誰も予想していなかったでしょうね」
「全くだ。半ば話題作りとしてやった最後の一ヶ月の企画だったが、完全に成功してしまったわけだな」
「ええ、実は私も最後に乗ってみたくて応募したのですが、抽選で落ちてしまいましたよ。ハハハ」
「甘いね。私はオークションで買ったよ。100万円まで値が釣り上げられていたが、最後だからね。帰りの電車に乗るつもりだが、どうせだから終電に乗るつもりだ」
「終電ですか。そりゃ地獄でしょうね」
「ああ、どれほど凄まじいものになるか。今からワクワクして仕方がないよ」

※この作品は、「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

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