絶望偏差値
「今日から安楽死法が施行されます。これにより―」
朝食をとりながら見ていたニュースで、そんな事を言っていた。
増えすぎた人口の抑制策として、世界的に安楽死を認める動きが高まっていた。
そして、遂に我が国でも「安楽死法」が施行され、一定基準を満たせば誰でも苦しまずに死ねるようになった。
死のうかな
会社に行く準備をしながらふと思った。
結局、会社には行かずに死ぬことにした。
スマホでググってみると「安楽死センター」というのが各自治体に設置され、そこで申請すれば死ねるらしい。
センターに行くと長蛇の列ができていた。
こんなに死にたい人が大勢いるのかと、自分一人ではないのだと思って少し楽になった。
申請後二時間ほど待たされ、カウンセリング室に案内された。
黒いスーツを着た男がデスクの奥に座っており、
「私は絶望調査官です。貴方の担当になります」
と言った。
私は男のデスクの前に置かれた、小さなシングルソファに腰掛けた。
「なぜ死にたいのですか?」
男が単刀直入に聞いてくる。
「面白くないからですよ」
「面白くない、と」
男が目で追っている液晶ディスプレイには、音声による自動入力でこの会話が記録されている。
家族や恋人などの人間関係、健康状態や借金の有無など、一通り人生の悩みに関わる問題を聞かれた。
「貴方の絶望偏差値を算出しましたが『39』ですね」
「絶望偏差値?」
「ええ、貴方の人生をデータ化してAIに診断させた結果です」
「その数値は一体何なのですか?」
「絶望偏差値が60未満ですと安楽死申請は出来ません」
それから私は、絶望偏差値を上げるためにありとあらゆる努力をした。
まずは酒を飲み不摂生の限りを尽くして不健康になり、借金もした。
会社も辞めて自堕落になり、友達もいなくなった。
そうして再び申請に行った。
「おめでとう御座います。絶望偏差値『67』です。申請を受理します」
「これで安楽死させて貰えるんですか?」
「いえ申請は60以上で可能ですが、まだまだ偏差値を上げなくてはいけません。『80』以上でないと安楽死の実行対象にならないのです」
「80ですか!?」
「ええ、何しろ人の命を断つわけですからそれくらいの重みはありますよ」
「はぁ」
「明日から絶望負荷トレーニングが始まりますので、今日はもうお休み下さい」
男が言い終わると、ドアが開き係の人に宿舎へと案内された。
朝から猛烈なトレーニングが始まった。
今までの失敗や嫌な思い出を何度もノートに書き、それを発表する。
聞いている方は、これでもかという程に発表者を罵倒し嘲笑する。
24時間お互いを罵り否定する事を強要され、逆らう者は申請却下として退場させられる。
部屋にはゴキブリが無数にいて、寝ている時に口の中に入ってくる。
風呂に入る事も許されず、ヒゲも剃れずという生活を続けた。
ある日、教官に呼ばれた。
「おめでとう!絶望偏差値『83』だ。これで君も一人前の実行対象として死ねるぞ」
そう言われ、私は感極まって泣いた。
一度でもこれだけの試練に耐え、乗り越えた事があっただろうか。
ここには、一緒に辛苦に耐えた仲間も大勢いる。
教官達も私を死なせるために、一丸となって戦ってくれた。
(今はとても充実しているな)
そう思った時、教官が持っていた絶望計測器からアラームが鳴った。
「あっ絶望偏差値が『45』まで低下したぞ」
私は心底絶望した。
※この作品は、「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
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