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肥満

健康診断に行った時に、医者に言われた。

「貴方本当に太ってますね」
「はあ・・・体質でして」
「ふむ。と言って、筋肉量は十分あり骨格は見事なものだ。関節症などの問題は全くありませんな。普通これだけ太っていれば、内蔵にも色々と問題が出て来るものですが、全くの健康体だ。いやこれは驚きだな」
「それも良く言われるんですよ。嬉しいような悲しいような・・」
「いや、これは素質・・才能ですよ!」
「えっ」
「どうです?適材がいたら紹介してくれと、ある企業から云われてるんですがね。貴方なんかピッタリだ。報酬は弾むそうですよ」

そう言って医者は一枚のパンフレットを差し出した。

パンフレットにある住所は、オフィス街の裏にある小さなビルの階段を登った所にあった。
「佐藤遺伝科学研究所」という名札がドアに掛かっている。
呼び鈴を押し、用件を告げると美人女性が出てきた。
よく見ると女性は、『ホログラム』と呼ばれる、空間に映し出されるバーチャルな映像だった。
AIによる会話アルゴリズムによって、自動化されたシステムなのだろう。
応接室に案内されソファに腰掛けると、雑用人形アンドロイドがお茶を持ってきた。
ホログラムの女性も向かい側に座った。

「本日は、お越しいただき有難うございます。今回は、お客様の遺伝子を提供して頂くという事で宜しいでしょうか」
「構わないのですが、私の遺伝子に価値があるものでしょうか」
「とんでもない。お客様の遺伝子は本当に価値があります。あらゆる業界・産業を問わずに大きな需要があります。その高い栄養吸収効率を持った胃腸、体重を支える強い骨格、完全な健康体。お望みの価格でお引き取りさせて頂きます」
「というと、一月分の給料くらいにはなりますかね。実は少しカードで借金をしてしまって、参ってるんですよ」
「フフフ。そんなものではありませんよ。昔、石油王と云われたお金持ちがおりましたが、彼らよりもっと多くのお金を手にするでしょう」
「本当ですかっ!まさか私の遺伝子にそんな価値があるなんて」
「本当です。ご納得されましたら、その書類にサインを頂きたいのですが」

その瞬間、AIによるホログラムのはずの女性の目が妖しく光った気がした。

それから暫くは何も起きなかった。
巨額の大金を手にした私は、会社を辞めて世界を旅して回っていた。
数ヶ月後帰国して、久しぶりにテレビを点けたら驚愕した。
相撲番組だったのだが、全員が私の顔と瓜二つ、いや私そのものだった。

「それにしても強いですね日馬関は・・おっと失礼今のは高頭岩かな?いやいや貴乃龍でした。大変失礼しました。」
「最近は皆同じ顔をしていますからね。誰が誰だか本当にわかりませんよ」

解説が苦笑交じりにボヤいている。

「これだけ太っていても皆足腰が強いですからねー。どうなっているんでしょうか。聞く所によると、クローン技術によって量産されたそうですがね。いやーこうなると相撲もお終いかもしれませんね。ハハハ」

自分の遺伝子がまさか相撲力士に使われるとは思わなかったが、巨額の報酬はこういう事だったのか。
気分が悪くなってきたので、チャンネルを変えた。

「遺伝子操作により新種の豚が作り出され、豚肉の出荷量が通年の3倍になりました。教授、これはどんな豚なんでしょう」
「はい、実はこの豚は元は人間の遺伝子から作られています。栄養吸収の効率が良く。健康であらゆる病気や怪我に強いのです」
「夢のような豚ですが、人間の遺伝子を元に作る理由は何だったのでしょうか」
「この遺伝子型がまさに奇跡のようなものでしてね。今では遺伝子の種族変換技術も向上しているので、こういった事も可能なのですよ」

ニュースを見ていると益々気分が悪くなった。
こんな所にもどうやら私の遺伝子が使われてしまったのか。
世の中は一体どうなるのだろう・・。
またチャンネルを変える。
恐ろしい事にどの番組でも私の『肥満遺伝子』が使われていた。

「女子高生に大人気!今流行りのぽっちゃり女子」
「新種フォアグラが回転寿司に登場」

冷や汗をかきながら、チャンネルを変え続ける。

どうやらこの番組は、私の『肥満遺伝子』に関するものではなさそうだ。
その番組は、近隣の独裁国家のニュースだった。
「民主主義」という名前が付いていても、完全な独裁体制の元にミサイルを開発し、脅しのために定期的に我が国の海域に落としてくる。
どうやら独裁者が急死したために、トップが交代したらしい。
画面に新たな独裁者の顔がアップになる。
滑稽な髪型と非常に太った男の顔は、まさに私であった。

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