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親の期待

「はいパパ」
息子に渡された通知表を開く。
「またオール『5』か。お前は本当に優秀だな」
既に子供とは思えない鋭敏で知性的な顔立ち。良い成績を取ることなど当たり前で少しも得意にならない。高い金を出して日本一の私立小学校に入れたが、そこでも私の息子は群を抜いて優秀だった。
「これならK中学も余裕で入れるな。週末はお爺ちゃんの家でゆっくりするか?」
息子は「うん」と頷きながら、ハンバーグに手をつけた。

私の息子は、日本で初めて遺伝子操作によって作られた『デザイナー・ベビー』だ。受精卵のある段階で、遺伝子変換のための特殊な操作を行う。知能や身体能力、健康と容姿、すべてが完璧な人間になるようデザインされた子供。何度かIQテストも受けさせたが計測不能。どんなスポーツをやらせても即座に飲み込み、音楽や絵画でも子供とは思えない才能の片鱗を見せた。しかも健康体で、顔立ちも綺麗に整っている。
『完全な人間』
それは病弱で取り柄がなく、苦労の連続だった私の悲願であった。

週末に息子と一緒に父の家に行った。都心から2時間程車でいった海沿いの観光地が、父が引退後に移り住んだ場所だ。チャイムを鳴らすと白髪の父がとても嬉しそうに出迎えた。父と息子は、映画を見たり様々なゲームをしたりして過ごした。夕食を食べ終えて息子が寝ると、私と父は晩酌をしながら話を始めた。
「本当にあの子は賢いな」
「うん、父さんと同じくらい。いやもっと優秀かもしれないね」
「今だから言うが、お前は私に似ないで何をやってもダメだったなあ」
「全くね。だから俺は遺伝子操作までしてあの子を天才にしたんだよ。でもやはり正解だった。あの子は頭が良く何でも出来て、おまけに健康でイケメンだ。神に祝福された子供だよ」
「そうだなぁ・・」
そう言って父が遠くを見るように考え込む。
「どうかしたのかい?」
と私が訊くと、父は私の方を向いてこう切り出した。
「一つお前に言っておかなければならん事があってね」
「なんだい?」
「実はね、お前もあの子と同じように遺伝子操作で作られた子供なんだよ」
「なんだって!」
「30年前、アメリカでデザイナー・ベビーが作られ始めたのだが、お前はその実験で作られた子供なんだ」
「それにしちゃ俺は無能で不健康で、一つも長所がないじゃないか。何かの事故だったのかい?」
「いや、実験は完全に成功した」
「ではなぜ?」
「全ての能力が低く、不健康で容姿も最悪という人間を作る実験だったんだ。知っての通り、私は完璧な人間だからね。自分と同じ優秀な子供なんてつまらんとおもったのさ。お前は私の期待通りに、出来が悪く病気がちで最低の人間になってくれたな」

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